2章 王立魔術研究府篇

【12幕】逃亡は挑戦への恐怖

 「ゼオン君!な、何なんすか、この請求書の山は」


 カリフが騒いでいる様子を、遠目で見ながら、ゼオンはのんびりとソファに座っていた。


 王立魔術研究府 アカデミア獅子の鬣。その研究室の一つ、考古学研究室。ゼオンが所属することになった研究室だ。


 王立魔術研究府 アカデミア獅子の鬣には、多くの研究室が存在するらしい。ゼオンは、説明をあまり聞いていなかったが。少なくとも、二十室以上、研究室がある。


 同じ学問でも、アプローチが違う。考え方、取組み方は教授次第。教授の数だけ、研究室があるらしい。


 人気がある研究室もあれば、そうでない研究室もある。カリフの研究室は、後者だ。基本的には、試験の面接で所属が決まる。目的、目標、性格など総合的に判断している。


『歴史を知りたい』


 ゼオンの目的が叶うのが、この研究室であった。迷惑者を押し付けただけ、という噂も広がっている。


 ロイドと、ダリアも一緒である。ロイドの目的は、ゼオンとほぼ同じだ。ダリアも、世界樹ユグドラシルに関する、研究を望んでいる。考古学研究室が、適切かは不明だが。この研究室なら、適切と判断したのだろう。


 他に一名、入室して3年目の生徒がいる。トラジェ・クエスタ。彼は控えめな性格で、おとなしいが、面倒見は良い。ゼオンも、いろいろと、王立魔術研究府 アカデミア獅子の鬣について、教わった。


 ドラジェは、遺跡調査が好きなのか、進んで調査に参加している。遺跡で発見される、古代遺物の収集が趣味らしい。


「ゼオン君!これは、さすがにやばいっす。研究室が、潰れるっすよ! 」


 ゼオンが、騒いでいるカリフを見ると、目がうっすら滲んでいる。心なしか、生気を吸い取られ、やつれた様に見える。


「何が、やばいんだ? 」


 ゼオンも、さすがに心配そうな顔をする。嫌な予感はするが、一応、聞いてみる。


「ゼオン君が、壊した魔導人形マナドール。今、何体目っすか? 修理費用が、ハンパないっす! あと、遺跡調査での食事費用、この額はなんすか! 」


 ゼオンは、カリフから目をそらした。首筋に、短剣を突きつけられたような緊張感が、ゼオンを襲う。


「あ、あの時の! 」


 ロイドが口を開こうとするのを、ゼオンは阻止しようとした。


「ロイド!お前も、共犯だろ」


 ゼオンは、ロイドと2人で、遺跡調査を行なった。本格的な調査が終わっている、練習に使われる遺跡だ。遺跡の調査方法など、手順を実地訓練で学べる。


 近くの街で宿泊した際、ゼオンとロイドは、夕食を食べた。あたり前のことだ。あたり前、だったのだが、食べた料理の量が、あたり前では無かった。いざ、会計となったとき、ゼオンはロイドと顔を見合わせ、凍りついた。


「足りないな」


「足りませんね。どうするつもりですか! 」


 お互いに、持ち合わせが十分であると、勝手に誤解して、ひたすら注文した結果である。困っていると、店主の男が話かけてきた。


王立魔術研究府 アカデミアの人かい? 遺跡に行ってたんだろ? 」


 王立魔術研究府 アカデミアの生徒たちが使うこともあり、この街では緊急の場合、支払いをツケにできると説明してくれた。


「恩にきる! 」


 ゼオンは、請求先をカリフにしていたのだ。今、カリフが騒いでいるのは、その請求書を見てのことだ。


「研究室費が……」


 カリフが、膝から崩れ落ちていく。ゆっくりと、静かに、糸の切れたあやつり人形の様だ。


 食事代は、カリフの研究室費、約半月分だ。魔導人形マナドールは、約半年分。ゼオンは、ここ数ヶ月で壊した数を、数えてみる。とりあえず、片手の指では収まらなかった。


 支給された研究室費を超えた分の出費に関しては、教授の自腹である。研究室費は、一般人の月収、二〜三ヶ月分である。


「わかった。俺が、責任を取る! ギルドの依頼を、バンバンこなして、稼いでやるぞ」


 ゼオンは、任せろと、周りにやる気を示した。尻ぬぐいは自分でやる。ゼオンの矜持の一つだ。


「これ以上、止めてくださいっす! 」


 カリフは、悲鳴を上げる。全ての、魂をかけての静止。ゼオンに、悲痛な魂の叫び声が届く。


「また、問題が増えるだけですよ! 」


 ロイドも、必死に止める。悪魔を封じると言わんばかりの眼差しが、ゼオンに突き刺さる。


「あの〜。僕が、引率します」


「流石だ! ありがとう、トラジェ! 」


 部屋のすみで座っていた、トラジェが声をあげた。ゼオンは、トラジェの手を握りしめ、激しく振った。絶妙なタイミングでの、助け舟。ゼオンは、首の皮一枚つながった気がした。

 

「トラジェ君が、引率なら……」


 カリフからの、トラジェへの信頼は厚い。ゼオンたちが入室するまで、二人で活動していたこともある。それだけではない。冷静沈着で、分析力に長けている。トラジェなら、ゼオンをある程度は、制御できると考えるのは妥当である。


「そうと決まれば、依頼を探すか! 」


 ゼオンは、いそいそと、出かける支度を始めた。ロイドと、トラジェを無理やり連れ出し、王都冒険者ギルドに向った。


「嵐が過ぎ去りましたね、カリフ教授」


「ダリアさん。大きな嵐になって、返ってこなければいいんすけど」


 研究室に、ため息が静かに響く。


 王立魔術研究府 アカデミア獅子の鬣の生徒は、蒼衣級として扱われる。閲覧できる依頼の、量も質も増える。中級冒険者、と呼ばれる部類から、少しずつ待遇が上がっていく。


 王都の冒険者ギルドに、ゼオンたちは向かった。ギルドに着くと、さっそく、依頼を探す。ゼオンは内容より、報酬の良さを、血眼になりながら必死に探した。


『魔獣討伐』

『魔晶石採掘』

『物資輸送の護衛』

『遺跡調査の同行』


 いろいろと、依頼の種類はあるが、どれも報酬が横一線である。ふと、ゼオンが目を止めると、依頼ではない、張り紙を見つけた。


女王クイーン騎士ナイト、王都星祭り記念大会、参加者募集中』


 ゼオンは優勝賞金を見て、目を見開いた。とりあえず、壊した魔導人形マナドールの半分近くは、弁償できそうだ。


「これなんかどうだ」


 ゼオンは、二人に、張り紙を見せる。依頼を地道にこなすのは、この結果がだめだったときに、もう一度考えようと、ゼオンは企んでいた。


「『女王クイーン騎士ナイト』ですか。こんなの無理に決まってますよ。やったことなんて、無いですから」


 ロイドが顔の前で、手を振った。


「確かに。優勝賞金は、魅力的ですね〜」


 トラジェも、腕を組んでうなずいている。ゼオンが、競技について質問すると、トラジェが簡単な説明を行なってくれた。


女王クイーン騎士ナイト』は、王都で人気のある、競技の1つだ。広い競技場を、馬に乗って駆け回る。基本的には、三対三で行われる。地域により、人数の設定が変わることもある。


 そして、手のひら位のボールを、女王クイーンに当て、捕球されなければ、勝負が決まる。単純ではあるが、試合中には、魔術を使用できることもあり、迫力が凄まじい。


 ルールは、いくつか細かい点もあるが、大まかには2つに集約される。

ボールを投げることができるのは、女王クイーンのみ。

ボールを捕球することができるのは、騎士ナイトのみ。


 相手の女王クイーンが投げたボールを、騎士ナイトは捕球することができる。騎士ナイト女王クイーンに、ボールを手渡しする。投げて返すことは、禁じられている。


 女王クイーンにボールか当たり、弾かれた際、騎士ナイトが取れなければ、終了となる。


 魔術は使用しても問題はないが、馬や選手への直接の攻撃は、禁止されている。


「そうですね〜。王立魔術研究府 アカデミアの、授業でやったことはありますけど。なかなか、難しいですよ」 


 ゼオンは、横にいるトラジェのつぶやきを、黙ってきいていた。


「あと、気になるんですよね〜。この、というのが」


 確かに、説明で聞いた対戦方式とは違うなと、ゼオンは、貼り紙をもう一度確認した。


 確かに、普通の大会というよりは、祭りの余興的な催事なのであろう。観客も多くなるからこそ、これだけの賞金を、出せるのかもしれない。


「小さな安定より、大きな挑戦じゃないのか。選ぶなら、これだろ」


 ゼオンは、二人を説得させるため、必死になっていた。身振り手振りにを加えて。


「わかりましたよ。何かあったら、責任はゼオンさんに取ってもらいますからね」


「ま〜、面白そうだから、やってみますか。」


 ゼオンは、二人の同意を得て胸を撫でおろした。


 安定よりも、未知への挑戦。挑戦しているとき、楽しいという感覚が、止まらなくなる。失敗を、恐れるな。逃げることを、恐れろ。ゼオンは、いつも口にする言葉でもあった。


 出場枠はまだ、空いている。ゼオン達は、大会への出場を申し込みに、歩きだした。 

 

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