2章 王立魔術研究府篇
【12幕】逃亡は挑戦への恐怖
「ゼオン君!な、何なんすか、この請求書の山は」
カリフが騒いでいる様子を、遠目で見ながら、ゼオンはのんびりとソファに座っていた。
同じ学問でも、アプローチが違う。考え方、取組み方は教授次第。教授の数だけ、研究室があるらしい。
人気がある研究室もあれば、そうでない研究室もある。カリフの研究室は、後者だ。基本的には、試験の面接で所属が決まる。目的、目標、性格など総合的に判断している。
『歴史を知りたい』
ゼオンの目的が叶うのが、この研究室であった。迷惑者を押し付けただけ、という噂も広がっている。
ロイドと、ダリアも一緒である。ロイドの目的は、ゼオンとほぼ同じだ。ダリアも、
他に一名、入室して3年目の生徒がいる。トラジェ・クエスタ。彼は控えめな性格で、おとなしいが、面倒見は良い。ゼオンも、いろいろと、
ドラジェは、遺跡調査が好きなのか、進んで調査に参加している。遺跡で発見される、古代遺物の収集が趣味らしい。
「ゼオン君!これは、さすがにやばいっす。研究室が、潰れるっすよ! 」
ゼオンが、騒いでいるカリフを見ると、目がうっすら滲んでいる。心なしか、生気を吸い取られ、やつれた様に見える。
「何が、やばいんだ? 」
ゼオンも、さすがに心配そうな顔をする。嫌な予感はするが、一応、聞いてみる。
「ゼオン君が、壊した
ゼオンは、カリフから目をそらした。首筋に、短剣を突きつけられたような緊張感が、ゼオンを襲う。
「あ、あの時の! 」
ロイドが口を開こうとするのを、ゼオンは阻止しようとした。
「ロイド!お前も、共犯だろ」
ゼオンは、ロイドと2人で、遺跡調査を行なった。本格的な調査が終わっている、練習に使われる遺跡だ。遺跡の調査方法など、手順を実地訓練で学べる。
近くの街で宿泊した際、ゼオンとロイドは、夕食を食べた。あたり前のことだ。あたり前、だったのだが、食べた料理の量が、あたり前では無かった。いざ、会計となったとき、ゼオンはロイドと顔を見合わせ、凍りついた。
「足りないな」
「足りませんね。どうするつもりですか! 」
お互いに、持ち合わせが十分であると、勝手に誤解して、ひたすら注文した結果である。困っていると、店主の男が話かけてきた。
「
「恩にきる! 」
ゼオンは、請求先をカリフにしていたのだ。今、カリフが騒いでいるのは、その請求書を見てのことだ。
「研究室費が……」
カリフが、膝から崩れ落ちていく。ゆっくりと、静かに、糸の切れたあやつり人形の様だ。
食事代は、カリフの研究室費、約半月分だ。
支給された研究室費を超えた分の出費に関しては、教授の自腹である。研究室費は、一般人の月収、二〜三ヶ月分である。
「わかった。俺が、責任を取る! ギルドの依頼を、バンバンこなして、稼いでやるぞ」
ゼオンは、任せろと、周りにやる気を示した。尻ぬぐいは自分でやる。ゼオンの矜持の一つだ。
「これ以上、止めてくださいっす! 」
カリフは、悲鳴を上げる。全ての、魂をかけての静止。ゼオンに、悲痛な魂の叫び声が届く。
「また、問題が増えるだけですよ! 」
ロイドも、必死に止める。悪魔を封じると言わんばかりの眼差しが、ゼオンに突き刺さる。
「あの〜。僕が、引率します」
「流石だ! ありがとう、トラジェ! 」
部屋のすみで座っていた、トラジェが声をあげた。ゼオンは、トラジェの手を握りしめ、激しく振った。絶妙なタイミングでの、助け舟。ゼオンは、首の皮一枚つながった気がした。
「トラジェ君が、引率なら……」
カリフからの、トラジェへの信頼は厚い。ゼオンたちが入室するまで、二人で活動していたこともある。それだけではない。冷静沈着で、分析力に長けている。トラジェなら、ゼオンをある程度は、制御できると考えるのは妥当である。
「そうと決まれば、依頼を探すか! 」
ゼオンは、いそいそと、出かける支度を始めた。ロイドと、トラジェを無理やり連れ出し、王都冒険者ギルドに向った。
「嵐が過ぎ去りましたね、カリフ教授」
「ダリアさん。大きな嵐になって、返ってこなければいいんすけど」
研究室に、ため息が静かに響く。
王都の冒険者ギルドに、ゼオンたちは向かった。ギルドに着くと、さっそく、依頼を探す。ゼオンは内容より、報酬の良さを、血眼になりながら必死に探した。
『魔獣討伐』
『魔晶石採掘』
『物資輸送の護衛』
『遺跡調査の同行』
いろいろと、依頼の種類はあるが、どれも報酬が横一線である。ふと、ゼオンが目を止めると、依頼ではない、張り紙を見つけた。
『
ゼオンは優勝賞金を見て、目を見開いた。とりあえず、壊した
「これなんかどうだ」
ゼオンは、二人に、張り紙を見せる。依頼を地道にこなすのは、この結果がだめだったときに、もう一度考えようと、ゼオンは企んでいた。
「『
ロイドが顔の前で、手を振った。
「確かに。優勝賞金は、魅力的ですね〜」
トラジェも、腕を組んでうなずいている。ゼオンが、競技について質問すると、トラジェが簡単な説明を行なってくれた。
『
そして、手のひら位のボールを、
ルールは、いくつか細かい点もあるが、大まかには2つに集約される。
ボールを投げることができるのは、
ボールを捕球することができるのは、
相手の
魔術は使用しても問題はないが、馬や選手への直接の攻撃は、禁止されている。
「そうですね〜。
ゼオンは、横にいるトラジェのつぶやきを、黙ってきいていた。
「あと、気になるんですよね〜。この、バトルロワイヤル方式というのが」
確かに、説明で聞いた対戦方式とは違うなと、ゼオンは、貼り紙をもう一度確認した。
確かに、普通の大会というよりは、祭りの余興的な催事なのであろう。観客も多くなるからこそ、これだけの賞金を、出せるのかもしれない。
「小さな安定より、大きな挑戦じゃないのか。選ぶなら、これだろ」
ゼオンは、二人を説得させるため、必死になっていた。身振り手振りにを加えて。
「わかりましたよ。何かあったら、責任はゼオンさんに取ってもらいますからね」
「ま〜、面白そうだから、やってみますか。」
ゼオンは、二人の同意を得て胸を撫でおろした。
安定よりも、未知への挑戦。挑戦しているとき、楽しいという感覚が、止まらなくなる。失敗を、恐れるな。逃げることを、恐れろ。ゼオンは、いつも口にする言葉でもあった。
出場枠はまだ、空いている。ゼオン達は、大会への出場を申し込みに、歩きだした。
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