記憶の間に

【幕間】舞台裏は世界の真実

慕った人は、もういない。

慕った人に、二度と会えない。


慕った人と、冗談を交わすことは叶わない。

慕った人を、叱り飛ばすことは叶わない。


慕った人に、微笑むことはもうできない。

慕った人と、笑い合うことはもうできない。


 現実を受けいる事ができないまま、時間だけが過ぎていく。


空っぽになる。

何が?

自分の心が。

何故?

寂しいいから。


 自問自答を繰り返すが、何も解決はしない。目の前にあるものは、主人を失った玉座。誰一人として、代わりに座る者はいない。


 全員が、同じ気持ちなのだろう。我々の主人はあの御方のみ。他の誰かでは務まらない。


 強く、純粋なほど真っ直ぐに、正直に生きる姿。出会った時は、互いに敵対する者同士。対峙を繰り返し、時を経て、その魅力に引き込まれた。


 いつの頃からだろう。その横を、共に歩きたいと願うようになったのは。今はまだその資格がないと、後を追うだけであった。


いつ、帰ってくるのですか。

いま、何をしているのですか。


 最初は冗談か夢の類だと思い、気にも止めていなかった。時間が過ぎていく中で、夢ではなく、現実であること。受け入れなければならないこと。頭では理解していた。


許せない。

誰を?

あの御方。

何故?

私を見捨てた。


 本当に見捨てられたのか。


情けない。

何が?

止められなかったことが。

どうしたかった?

止めたかった。


 そう。止められないことは、分かりきっていた。


言えなかった。

何を?

連れて行ってほしいの一言を。

何故?

拒絶されるのが怖いから。


 取るに足らぬ自尊心。それよりも、今の孤独感の方が辛いこと。予想できなかった自分が腹立たしい。


慕った人は、消えた。

慕った人への想いは、消えない。


 また会えるのであれば、何もいらない。どうすれば会えるのか、生きている間に見つかるのだろか。


 また会える方法を見つけた時は、あの御方と再会する時。その時、どんな顔をしてくれるだろうか。喜んでくれるのか。


 考えても始まらない。ならば、前に進む。希望に繋がる道を探そう。一歩ずつ、少しでも前に。


 主人を失った玉座に頭を下げ、部屋を後にする。


 奇跡や偶然を頼るのも悪くない。地道な行動、必然を積み重ねるのも悪くはない。どちらでも構わない。結果さえ、望むものであれば。


 

◇◇◇◇◇◇◇


 我々の世界は消えてしまった。消えたのは、遠い昔のことだが。我々にとっては、昨日の様な出来事だ。


 闇と蛇。世界樹ユグドラシルを蝕む者。我々の世界は呑み込まれた。


 我々は、世界樹ユグドラシルに救われた。個にして全。全にして個。故に、救われることとなったのかもしれない。


 個であったからこそ、世界樹ユグドラシルに入ることが可能だったのかもしれない。


 我々は、完璧なる個に戻ることが叶わない。世界樹ユグドラシルに入ったとき、1つの個が失われた。


 悠久の時を世界樹ユグドラシルの中で過ごしていた。1つの個を探すため。世界樹ユグドラシルの中で失われた以上、その中にあるはずだ。


 見つかることは叶わなかった。ただ、我々に時は無縁。見つかるまで探すまでだ。


 奇妙な男に出会った。


 生身の身体でありながら、世界樹ユグドラシルを訪れた男。


 世界樹ユグドラシルに認められた者か。はたまた、破壊せし者か。


 我々には、関係はないが。我々の興味を引くには十分であった。


 驚いたことは、我々へ挑んできたこと。最初のうちこそ、我々に及ばぬ存在。正確には、個となった我々だが。


 ただ、いつしか彼は、我々を凌駕した。


 内包している莫大な魔力。類まれなる身体能力。開花したとでもいうのだろう。


 彼と過ごしている時間は、退屈ではなかった。彼と探すことも悪くはない。


 我々は本来、誰かの魔力の中でこそ真の力を発揮する。彼の魔力は、我々を満足させるに十分である。何より、心地良い。


 我々は、彼との主従関係を望んだ。彼は、もう誰かの上に立つのは嫌だと断る。ただ、仲間ならばかまわないと。


 我々は、仲間として彼の魔力の中に入る道を選んだ。彼と共に、1つの個を探すため。個が全になるとき彼は、さらなる高みに達するだろう。


 その姿を、見てみたい。我々の切なる願いだ。


◇◇◇◇◇◇◇


 ゼオンは、ロイドと2人、ダリアに食事に誘われた。セバスチャンが、約束の礼をしたいと用意してくれたらしい。


 「また、見られるのかしら?」

ダリアが笑っている。


 「さあな。」

ゼオンは、面倒に巻き込まれるのは、御免だと思っていた。


 「!」

始まってしまったか。ゼオンは、嘆く。


騒がしい夜も静けさを取り戻す。

生命ある者が眠りにつく夜。

舞台の幕は、静かに閉じた。



 

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