【10幕】甘露は至福をもたらす醍醐味

 ゼオンは以前、ロイドと冒険者ギルドの依頼を受け、遺跡に住み着いた盗賊の捕縛に向かった。


 盗賊の捕縛は、ゼオンにとって他愛もない依頼であり、簡単に終わった。ここまでは、非常に簡単な依頼だった。ゼオンは、思い出す。


 盗賊を捕縛したあと街に戻るには遅いため、野営することになった時に惨劇は起きた。盗賊達の食料を少し奪った罰ではなかろうか。ゼオンは思い出す度に、考えてしまう。


 夕食を取っていると、ロイドが手を付けず残す料理があった。料理と言っても、保存食ばかりで味気なかったが、仕方がない。ゼオンは、ロイドが嫌いな食材を口にせず残していると思った。


「嫌いなら、俺が食ってやるぞ」


 燻製肉と、ドライフルーツ。パサツキと、独特の薫りで苦手な者も多い。ゼオンは親切心のつもりだった。


「おいっっ! 貴様、何故勝手に人の食事を食べているんだっっ! 」


 もの凄い形相で、怒り狂うロイドを初めて見た。このあと、ゼオンはロイドを落ち着かせるのに一苦労した。


 質が悪いのは、この後に全く記憶が無かったことだ。さながら、泥酔者。ゼオンも酒をのみ、記憶を無くすことがあるが、暴れたりはしない。


 あの苦い記憶が蘇る。面倒だな。ゼオンは、どうしたものかと、ダリアに顔を向け、問いかける。


「どうする? 」


「あれが、ロイド君……? 」


 ゼオンとロイドを、交互に見ている。あれも、ロイドだ、と肯定するため首を縦に振る。


 ゼオンは、ロイドを見ていた。目が金色こんじきに輝いている。竜族が激昂した時の特徴だ。


 以前、ロイドの目の色が変化すること、その能力を目の当たりにした時、ゼオンは不思議な既視感を覚えた。


 魔王と呼ばれていたゼオンの世界と、今のゼオンの世界に共通点がある。


 ゼオンが現在生活している国家は、人間族からなる。人間族以外にも国家がある。大陸には、エルフ族、獣人族、龍人族、ドワーフ族、巨人族、竜族が、それぞれの種族毎に国家を形成している。


 同盟関係にあるエルフ族や、ドワーフ族は交流もあり、その姿を街でも見かけることがあるが、その他の種族は、交流が無いためか、あまり見かけない。数十年前には、獣人族との戦争が起きたが、今は互いに停戦協定を結び、仮初めの平和が訪れている。


 存在する種族が全く同じであること、ゼオンの知る竜族の特徴、普及している魔術、偶然の一致にしては気持ちが悪かった。伝承など、ゼオンが経験したような内容もあるが、たまたまなのだろう。それに、魔人族という言葉を、全く聞かない。


 魔王と呼ばれていたゼオンの国家は、様々な種族が暮らしていた。似て非なるものかとも、感じていた。それもあってか、世界の歴史を学ぼうとするロイドと行動を共にすることが多くなった。この世界の、違和感の正体が知りたい。ゼオンは、そう感じていた。


 記憶を辿っていたが、目の前のロイドに注視しようと、目の前に集中することにした。


「詫びろっ! 詫びるんだっっ! 詫ながら食えっ! 」


 何だか、無茶苦茶な謝罪要求だな。ゼオンは、ロイドではなくチップ達を見る。


 誰一人として気がついていない。普通のことだ。竜族に喧嘩を売り、激昂させる者などそういない。ましてや、制圧できる者も。


 竜族は、基本的に人型で生活している。個体数も少なく、他国に干渉しないことあり、その姿を見たことのある者が、稀な位だ。


 竜族と聞いて、世間一般的に想像するのは、翼を持つ、巨大な蜥蜴になってしまう様だ。ロイドが見せてくれた、歴史書の挿絵で見たのだが。


「マッシュさん! ハッシュさん! この無礼な輩を黙らせてあげましょう! 」


 チップの号令に合わせ、二人が返事をし、攻撃態勢に入ったようだ。


火炎矢フレイムアロー! 」


 マッシュが複数の火の矢を具現化し、魔術を放つのが見える。なかなかの魔力だ。州知事の息子というのは、伊達じゃないようだ。それなりに鍛えられている。


暴風シュトゥルムヴィント! 」


 ハッシュは風魔術を放つ。マッシュが放つ火炎矢フレイムアローに合わせることで、火の勢いが増し、大きな火炎の渦となり、ロイドを飲み込もうとする。


 理にかなった攻撃だな。風が火に酸素を供給し、燃焼をさらに激しくする。ただの、貴族のボンボンでは無いなと感心する。

 

雷光弾サンダーボルト!! 」


 チップは離れた場所から、ロイドに向け電撃を放つ。三段階目の実力とは、腐っても貴族。といったところか。直撃すれば、ただでは済まないだろう。


 並の冒険者。並の人間ならば。ゼオンは、実力の差がありすぎ、哀れだなと感じていた。三人の攻撃がロイドに直撃し、激しい轟音と共に土埃を上げる。


「仕方ありませんね! 不慮の事故ですから。ハッハッハ! 貴方達は、ニ名。不合格確定ですよ! さあ、点数札をよこしなさい! 」


 気持ち悪い笑顔と、笑いながら話すチップが、こちらに詰めよって来る。


「おい。逃げた方が良いぞ」


 最後にチャンスを与えてやろうと、ゼオンは最低限の優しさを見せることにした。


 土埃が収まりかけた時、ロイドは服に付いた埃を手で払っているのが見える。少しは落ち着いたかと目を凝らすが、全くであった。


「ちょっと! ちょっと! 何してるんすか? 」


 轟音に驚き、カリフが飛び起きてきた。この場を収めるのは、お前の仕事だろ。とゼオンは言いたかったが、言葉を飲み込み、状況を端的に伝えた。


「にわかに信じられないっすけど。どうするんすか? 」


「俺が止める。なに、心配するな、何度か経験している。カリフ、あの三人とダリアを頼む」


 ゼオンは指を組み合わせ、ポキりと音を鳴らす。久々の厄災だな。ゼオンから、笑みがこぼれる。


「これで終わりかっっ? 貴様らに、地獄を見せてやろうっっ!! 」


 ロイドが、一気に魔力を解放する。ゼオンは、大地が震えるのを感じた。大木も根本から激しく揺れ、擦れ合う葉は、悲鳴を奏でる。小石は砕け、埃となって宙を舞う。


「ひいっっ! 」


 威勢の良かったチップは、腰を抜かし座り込む。顔は青ざめ、身体を震わせている。


 魔力解放で、この衝撃。竜族も、底が知れぬ力を持つ一族だ。ただ、ロイドはまだまだ幼少。竜族の血は流れているだろうが、未完成である。

 

「こっちに逃げて来るっす! 」


 後ろでは、カリフが結界障壁の魔術を構成している。まあ、死なない程度にはもつだろう。


 ゼオンは、大きく息を吸い込み、ハッ!と勢いよく吹き出す。同時に、魔力の出力を上げる。ロイドを怪我させぬようにと、ゼオンは最善の戦術を選択する。


 ゼオンは魔力を身体にまとわせ、身体強化をはかった。ゼオンの肌、髪が深紅に染まっていく。


「魔闘技壱ノ型、紅蓮闘神!! 」


 ゼオンは、ロイドに向かい飛びかかる。ロイドは溜めた魔力を、口から吐き出してくる。成人した竜族であれば、簡単に、山を一つ吹き飛ばす威力になる。


 ロイドの放つ衝撃波は、連弾で飛んでくる。ゼオンは周囲に被害が出ない様に、上空目掛け蹴り返したり、裏拳で弾き返しながらロイドに詰め寄る。


「ロイド! 落ち着けっ! 」


 少し離れた距離から、ゼオンは飛び跳ねる。大地と平行になる体勢になり、空中で両足を揃え、ロイドに蹴込む。迷惑をかけられた腹いせに、という訳ではないが、全力のドロップキックが炸裂する。


 ロイドはよろめき、尻もちを付く。それでも、攻撃を止める様子はない。怒りで我を忘れすぎだろ。ゼオンは、舌打ちした。


紅蓮火炎弾クリムゾンフレイム! 」


 ロイドは、至近距離で高熱量の魔術を放つ。ゼオンは、上体を反らし後方に一回転して避ける。


「いい加減にしろっ!! 」


 ゼオンは掌底を、ロイドの顔面に食らわす。手の中には、焼菓子を仕込んである。


 掌底が決まると同時に、ロイドの口に焼菓子が入り込む。すると、今まで暴れていたロイドが、嘘の様に落ち着きを取り戻した。甘い食べ物を口にすると、自我を取り戻す。何度目かのやりとりで見つけた対処法だ。


「あれ? 何かありました? 」


 ロイドは、案の定記憶がない。この力を制御できれば、面白いのだが。普段のロイドであれば、制御できたとて、力は使わなさそうだ。実につまらない。


「何が、『何かありました?』よ」


「ロイド君。君も、危ない人なんすか? 」


 カリフとダリアが、少しばかり引いている。ただ、ゼオンの規格外な力を見ているせいか、驚いてはいない。


「ひぃいっっ! すみませんでしたっっ! 」


 ゼオンは、三人が謝りながら、走って逃げて行く姿を眺めていた。最後まで、騒がしい連中だな。


 甘露は、一口でも至福をもたらし、疲れを取る。至極の食べ物だと、ゼオンは考えてしまう。失った理性さえ、取り戻すとは流石だ。闘争心を奪う力は、甘露の醍醐味ではなかろうか。


 待てば甘露の日和あり。じっくりと待てば、機会が訪れる。ゼオンは、腰を据えて夢を追うのも悪くはないなと、感じていた。

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