【9幕】講義は夢にいざなう叙事詩
ゼオンは三人に囲まれる中、正座をしていた。
「ゼオン君? もう少し加減とかできないの? こっちまで燃えるとこだったわよ」
ダリアを見ると、すすだらけの髪を束ね直していた。髪が少し焦げたらしい。先程まで冥府から現れた悪魔の様な顔で、ゼオンを睨んでいた。なかなかの迫力だなとは言わなかったが。
「ゼオン君。人のものは、壊しちゃだめっす。あの時、首を振ったすよ?」
カリフは真っ白な灰と見間違うほど生気はなく、うなだれていた。
「弱点、苦手な攻撃が当たれば、停止する仕組みだったんすよ。まさか、まさかっす。普通じゃないっすよ」
しつこいなと思うが、悪いことをしたとゼオンは可哀想になった。
「ゼオンさん! 食事、奢ってもらいますからね」
迷惑料を払えということか。ゼオンが奢る時、ロイドの食べっぷりは尋常じゃない。ゼオンへの嫌がらせかと考えてしまう。
何故怒られなければならないのか、疑問に感じた。何も悪いことはしていないぞ。ゼオンは思い切り叫びたかった。
小一時間、説教と愚痴と罵声を浴びせられていた。一通り、言いたいことを言った様だ。三人ともやや晴れ晴れとした顔で、反省会は終了した。精神力を鍛える修行だな。ゼオンは、無事に乗り切った自分を褒めていた。
「しかし、ゼオン君。半端無いっすね。あの魔術は、並のレベルじゃ無いっすよ。物凄い
「
ゼオン自身は全く凄いとは思っていないが、褒められて悪い気はしなかった。おだてられて木に登る、とまではいかないが。
ゼオン達は先程の戦闘で倒れた木に座り、カリフの話を聞いていた。小腹が減ったと思っていたところ、ダリアが携帯用の焼菓子をくれた。
高温で焼くため水分活性が低く、腐食しにくい。かなり固く咀嚼に時間がかかり、満腹中枢を刺激しやすい。糖分も取れる事もあり、冒険者がこぞって使用する携帯食だ。
「魔術には、段階があるっす」
焼菓子を頬張りながら、ゼオンはカリフの即席講義を聞いていた。
「まずは、基本である魔力そのものっす。魔術の入口と言われる、無属性の段階っす」
カリフは、地面に書き示しながら説明する。教授と言うだけあり、わかりやすい説明をするなと感じた。
魔術の取得段階について、話をまとめるとこうか。魔力そのもの。身体強化や、魔力による衝撃波。最初に修得する、無属性魔術の活用方法だ。
ニ段階目に、基本四属性魔術。自身の魔力を核に、自然に存在する魔素を活用する魔術だ。火、水、風、土の、基本的な属性を扱う様になれる。
四属性魔術を使えることが、
三段階目は、四属性魔術の上位互換。炎、氷、雷など基本四属性以外の自然魔素の活用だ。
最終段階は、
ここまで聞いて、欠伸がとまらなくなっていた。理論も大事だが、実戦こそが最高の経験値になる。ゼオンは実戦主義を貫いてきた。
軍議に内政報告。報告を聞いているだけの時間は退屈で、ゼオンは好きではない。この類、講義も含めてだがいつも眠気を誘う。
長い子守唄。夢にいざなう叙事詩。とにかく眠くて仕方がない。早く終わらないかとゼオンは飽きていた。
退屈はトラブルが解消してくれる。平穏な時のトラブルは御免だが。退屈していると、突然訪れたトラブルにさえ有り難さを感じる。
「チップ様、こちらです!」
チップと呼ばれた細身の少年が、ゆっくりと歩いて来るのがみえる。呼んでいるのは、恰幅の良い少年。その隣では、筋肉質な少年がこちらを威嚇する様に睨んでいる。
「良くぞ見つけました! 褒めてさしあげましょう!」
細身の少年が、他の2人に拍手を送りながら笑いかける。見ていてゼオンは呆けてしまった。披露目屋の類でも来たのか。
「大きな爆発音があったのでまさかと思い来てみたら、なんとまあ。女神は私に微笑んでいるのでしょうか! あなた方の点数を頂きに参りました!」
高らかに笑い、身振り手振りを交えた演説を行う用に語りかけてくる。癇に障る奴だ。ゼオンは我慢して様子を伺った。
「無論、
甲高い声が頭に響く。ゼオンの我慢も限界に近づいていた。
「俺はゼオン。生憎だが見返りはいらん。消されたく無かったら、失せろ」
ゼオンの口調は、自然と怒気をはらんでいた。
「家名無しが、偉そうに! チップ様の申し出を聞けないというのか」
恰幅の良い少年が、顔を真っ赤に憤慨している。
「おやめなさい、マッシュ。下々の民には分からないのかもしれません。ハッシュさん、説明しても分からない場合は頼みましたよ」
「ポテト
「ゼオンさん、みんなポテト料理ですね!」
ゼオンは全員ポテト料理みたいな名前だなと、声を押し殺してロイドと目を合わせていた。
「貴様! 愚弄する気か!」
筋肉質の少年、ハッシュが吠えるのが聞こえる。今にも飛びかかってきそうな勢いだ。
「貴族の質も落ちたわね」
ダリアがいらついているようだ。トゲトゲしい口調で切り捨てている。
「確かフギンケ州のダリア・ヴァリエッタだな? 田舎州は黙っておけよ。バルターア州州知事、ストラトス家に喧嘩をうるのか?」
恰幅の良い少年、マッシュがダリアを恫喝している。ダリアは冷静な大人だ。相手にしていないのが見て分かる。相手にする価値すらない。
「とにかく、何を言っても無駄だ」
ゼオンは手を振り、去れという仕草を示した。こういう小競り合いを、試験官は止めないのか。カリフを見ると、イビキをかいて寝ている。何処までも食えぬ奴だ。
「いい加減にしませんか。貴族の私が、お願いをしているんですよ」
チップは切株に広げられた焼菓子を蹴飛ばしている。口調と行動が一致していない。よほど腹立たしいのだろう。
「あ! それはダリアさんが用意してくれた……」
ロイドが散らばった焼菓子を見ている。嘲笑うかの用に、チップが踏み潰していた。
「おい! 止めろ!」
ゼオンは、咄嗟に声を出していた。焼菓子が勿体ないと感じるのもあるが、この後に起きる面倒事を予見できるからだ。その予見はすぐに的中した。
「貴様らっっあ!! 食べ物を粗末にするとは何事だあっっ! 大地の恵みを冒涜する行為、万死に値するっっ!!」
語気を荒らげ、顔を紅潮させたロイドが叫ぶ。ゼオンは未だに分からない。食べ物への歪んだ愛情なのか、食を冒涜する行為に対してのロイドの怒りは尋常ではない。
ロイドが理性を失うと、面倒以外の何物でもない。世界規模の厄災と、ゼオンは評価している。普段こそ大人しく、控え目な礼儀正しい少年だが。こうなると止めるのに一苦労する。
今日は不運が続く、厄日だな。ゼオンは遠くを見つめ、溜息をついた。
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