【8幕】執着は成長を阻害する足枷
ゼオン達は進んで来た道を戻っていた。試験官も点数を表す何かを持っている。確証は無かったが、ゼオンは確信はしていた。
「ゼオンさん、あそこで座っている人は試験官じゃないですか?」
視線の先には、木の根本に座り居眠りをしている男がいる。金色の獅子が刺繍が施された漆黒のマントを羽織っている。当たりだ。ゼオンは嬉しくなった。近づくと、居眠りをしていた男が起き上がりこちらを見る。
「おや、もう点数集め終了っすか?」
頭を掻きながら、呑気な口調で問いかけてくる。
「まだ集まってない。あんたが持ってる札を貰えば終わりになるのか?」
ゼオンは試験官の目を見ながら質問を返した。目が一瞬鋭くなるのを見逃さなかった。
「いいっすね! 良い線を突いてるっす。君たち、グッジョブっすよ!」
ゼオンは軽い調子のやつだなと感じながら、試験官を見ていた。言葉は軽いが隙がない。20代後半位と思われるが、若いわりにかなりの手練だなと感じていた。
「えっ? じゃあ、点数札とか貰えるんですか?」
ゼオンは隣で目を輝かせて質問するロイドの言葉を聞いていたが、それは無理だなと感じていた。目の前の教授と呼ばれる男の目は、一切笑っていない。
「あー、それは駄目っす。自分の点数札を譲ったらマルスさんに怒鳴られるうえ、減給っすからね。未来ある少年達のお願いでも聞けないっす」
相変わらず口調は軽いが、言葉の端々に少し殺気が込められている。
「なら、力尽くで奪うまでだ! 」
ゼオンは脚元の力を開放して、男に向かい飛びかかる。拳には軽く魔力を乗せ、飛びかかりながら、突きを繰り出す。男が避けた為、拳は木に突き刺さる。
「危ないっすね! 殺す気っすか!」
ゼオンは、真っ二つに折れた木と男を交互に見やる。反応はかなりのものだなと感心する。
「勿論。あんたが余裕そうだからな」
「あんたじゃ無くて、カリフ・グランタって名前があるんすけどね」
「そうか。俺は、ゼオンだ」
自己紹介は必要なのかと疑問に感じるが、名乗られたら名乗り返す。ゼオンは闘いにも礼儀は必要だと考えている。
「さあ、勝負しようぜ?」
ゼオンは楽しくて仕方がなかった。目の前には強者がいる。挑めるなんて幸せなことはない。
「残念っす。勝負はできないんすよ。教授という職業は導き教える者なんすよ。この試験もそうなんっす」
「どういう意味なの?」
ダリアも訳が分からない様子だ。少しイライラしている感じだな。ゼオンも掴みどころのないカリフにイライラしていた。
「こういうことっす!
カリフは、
「点数札の存在に気が付き、我々に無謀にも挑む気概のある受験生をさらなる高みに行ける様に試練を与える。これぞ教育っす」
「これは、用意された十体の内の一体?」
ダリアの質問に、カリフは首を横にふる。
「これは、今は魔力を付与してないただの人形っす」
確かによく見ると動いておらず、ぐでんとしている。動いていないと気味の悪い人形でしかない。
「で、何をすれば良い?」
ゼオンはカリフに問いかける。カリフは良くぞ聞いてくれましたと言わんばかりに、笑みを浮かべている。
「これに、代表一名の魔力を付与してくださいっす。でもって、付与した代表が自分で倒す。ま〜、そんなとこっす」
自分と闘う?決着がつかない気がするが。ゼオンは、何か狙いがあるのではないかと考えていた。
「
「俺より強い? そいつは面白い!」
ゼオンは自分より少し強い自分への挑戦に、血潮をたぎらせていた。ゼオンは
「この
なるほど。自分より少し上の能力であるならば、互角とはならないな。どう決着をつけるべきか。ゼオンは腕を組み考えこむ。いくら考えても答えはでない。
「分からん!」
その一言を発すると同時に、
「穿つ、氷姫の拳!」
「穿つ、氷姫の拳」
「ゼオンさん! 大丈夫ですか?」
少し離れたところから、ロイドの心配する様な声が聞こえる。心配されるとは情けないなとゼオンはほくそ笑む。ならば、これはどうだ。
「
中距離から
「
頭上でぶつかり合う脚からはまたも魔力の余波が溢れ暴風が如く風がおき、ゼオンは後ろに吹き飛ばされた。それでも、ゼオンは楽しくて仕方がなかった。
「あちゃ〜。わかってないっすね。この
カリフの言葉を飲み込み、ゼオンは静かに考える。自分を倒すには何が最善の手か。
「俺が普通なら使わぬ手を使えと?」
ゼオンが導き出した答えだ。
「正解! ……は闘いの後でっす」
掴みどころがない男だな。ゼオンはカリフを見て改めてそう思った。
ゼオンは、
死線をくぐり抜け、相手を倒す。拳が交わる至近距離での命のやり取り。ひりひりする感じが、ゼオンはたまらなく好きだった。
反対に、魔術が嫌いであった。ゼオンの力であることには変わらないが、遠巻きに放つ魔術で相手を倒してもゼオンは嬉しさを感じることはできなかった。
魔術を使わない。いつしかそれがゼオンの闘いの流儀となっていた。
流儀。聞こえは良いが、悪く言えば執着か。ゼオンは、考えを改める必要もあるなと感じた。執着すると周りが見えなくなる。成長する機会があっても、見逃してしまうだろう。ならばその足枷は外した方が良い。
「久々に
ゼオンはカリフをチラリと見て確認するかのように叫ぶ。
ゼオンは、身体に眠る力を呼び起こし解放する。右手には焔の魔力を。左手には雷の魔力を。魔術構成に合わせ集約する。
大気は熱で歪み、さらに放電により裂ける。天変地異の前触れかと言わんばかりに大地が揺れる。
「
黒い焔の柱が大地から無数に吹き出し、空からは無数の稲妻が降りそそぐ。
「ふぅ」
ゼオンはいい汗をかいたと感じた。
「『ふぅ。』じゃないですよ! 札まで灰にして、何考えてるんですか?」
ロイドが煤だらけの顔で文句を言ってきた。
「髪も顔も汚れたじゃないの!」
ダリアが鬼の形相で睨みつけてくる。
「あぁ、壊れたっす。壊れたっす。ローンが残っているっすよぉ!!」
カリフは泣き崩れている。
だから、魔術は嫌なんだ。ゼオンは足枷を付けたままが、安定の生活を送る秘訣だなと感じてしまう。暫くは、流儀に執着しよう。ゼオンは心に誓った。
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