【7幕】選択は不可能への挑戦

 昨日の実技一次試験通過者は25組いた。総勢75名が残っている。昨日の会場に受験生は集められ、二次試験の説明を受けていた。


「おはよう、諸君!」


 昨日の試験官マルスが、壇上で挨拶をしている。その後には、マルスと同じマントに身を包んだ男女が四名立っていた。


「あいつらも試験官か?」


「あれは、王立魔術研究府 アカデミア獅子の鬣の教授よ。教授と認められた者だけが、マントを羽織えるの」


 ゼオンの質問にダリアが答える。ダリアの返事を聞いて、改めてマントを見る。漆黒のマントに、金色の獅子が刺繍で施されている。権威の象徴を表すかの様だ。


「実力は折り紙付きですよ。冒険者ギルドでも有名です。金衣級や白金級の実力者揃いですよ!」

「意外と、詳しいんだな」

「ギルド広報誌は、マメに読んでますからね」


 ゼオンが驚いていると、ロイドは誇った顔をした。一度も読んだことはない、などとは言わない方が良さそうだ。ゼオンの危機回避能力が耳元で囁く。


「次の試験は実戦形式だ。我々が用意した魔導人形マナドール等から、得点を集める試験だ。制限時間は半日、無得点の組は試験終了だ」


 魔導人形マナドールを用いた訓練は一般的に行われており、冒険者ギルドでも行われている。魔導人形マナドールは魔晶石を核に使用し、本体は金属・鉱石等で造られている。魔力を付与することで作動し、その能力は付与する者と同等かそれ以下にしかならない。


 また、本体が壊れにくいので使い勝手が良い。どの様に動くかどの様な魔術を放つかは、魔力を付与する者次第だ。魔晶石は付与された魔力を元に、本体を操る魔導回路を構築する。


 そして付与された魔力と大気中の魔素を吸収し混合することで、半日から1日程度作動する位の魔力に変換する。古代遺跡で見つけられた技術の応用らしい。


 魔力とは、魔力量と魔導破壊力の総量を表す基準だ。魔晶石が魔力量をカバーすることもあり、魔導破壊力の複写が魔導人形マナドールの本質である。


「全力を試して構わないと言われて、魔導人形マナドールをギルドの建屋ごと半壊した人がいましたよね」

「そんな奴もいたな」


 ゼオンは、ロイドがチクリと嫌味を込めた視線を向けてくるので顔をそらした。全力を試してみたが、結果はロイドの言う様に勢い余って破壊した記憶が蘇る。


 ゼオンとゼオンが闘う、周りから見れば惨劇が繰り広げられた。その後、暫くはギルドを出禁になったなとゼオンは思い出す。


魔導人形マナドールは、我々の魔力を詰め込んだ物を10体だけ用意した! 一体一点。一点以上の得点があれば試験通過だ! 全組、一斉参加とする」


 会場が異様な雰囲気に包まれる。そもそも、王立魔術研究府 アカデミア獅子の鬣の教授が魔力を込めた魔導人形マナドールを、一体でも倒せるのか。動揺する受験生達がざわついていた。


「ゼオンさん、ダリアさん。この試験、魔導人形マナドールを倒す必要は無いんじゃないですか? と言ってましたよね。魔導人形マナドールが、何らかのを持っているんじゃないですか?」


 ロイドの意見にゼオンはなるほどと感心していた。得点の奪い合い、どの様に出し抜くか。そこを見ているとでもいうのだろうか。


「会場は、このバチギラ高原を利用する。この場所を中心に、半径5kmが試験会場だ! それでは、健闘を祈る!」


 マルスが発声した試験開始の号令と共に、各組が一斉に動き出す。ゼオン達は取り敢えず立ち止まり周囲を確認し、移動者の少なかった北へ向かうことにした。


「宝探しだな。これだけの広さから、目標を見つける何てなかなかの確率じゃないか?」


 ゼオンは、何か楽な方法は無いか思案していた。魔力を探知して探すのも、範囲が広すぎて厳しい。


「なあ、ロイド? こんなのは……」

「却下します」


 提案が一瞬で否定された。まだ何も言ってはいないではないか。


「会場を破壊する! とか、得点を得た他の受験生から奪うとか言うんじゃないですか?」

「そんな訳ないだろっ!」


 人のことを何だと思っているんだと、ゼオンはムッとなった。


魔導人形マナドールと、言っていなかったか?」

「ええ、言っていたわね」


 ゼオンはダリアの返事で、確信した。


魔導人形マナドール以外にも、点数があるんじゃないか? 魔獣なんかも怪しくないか? それに、あの教授等も」


 ゼオンは我ながら冴えているなと思った。ロイドとダリアがポカンと口を開けているのが気になる。


「ゼオンさん……。何か変な物を食べましたか?」

「貴方……偽物ね!!」

「お前ら……」


 扱いが酷いなと、ゼオンはポキと折れる心の音を聞いていた。


「冗談はさておき。確かに、試す価値はありそうよね」

「取り敢えず、魔獣でも狩ってみないか?」


 ゼオンは気を取り直して、二人に声をかけた。二人共、静かに頷く。舗装された道を外れ茂みの中を歩いていると、前方に熊がいた。魔獣と動物の違いは、眼にある。紅い眼が魔獣の特徴だ。ゼオンは確認する。


「ただの熊だな。まあ、調べてみるか」

「そうね。大人しく眠らせて、調べてみましょう」


 ゼオンは、ダリアが言葉を発すると同時に素早く動くのを見ていた。


 ジャケットの内側から、小型の銃を取り出す。魔銃ゲヴェーアの類か。魔晶石が組込まれ、術者の魔力を増幅させることができる武具だ。


 中距離の戦闘や、相手に気配を悟られずに攻撃を仕掛けるには適している。ダリアが引鉄に指をかける。


眠りの風シェラーフビィント!」


 熊が静かに崩れ落ちる。魔術が効き眠った様だ。ゼオン達は熊に近づき、何か無いか探し始める。


「これは、何ですかね?」


 ゼオンは、問いかけてきたロイドの手を覗き込む。そこには、数字の記入されたタグがあった。


「数字が書かれてますよね。『0.01』ってありますけど」


「ほら見ろ! 俺の勘が当たったぞ!」


 ゼオンは、勝ち誇った顔で二人を見る。さあ、謝るなら今のうちだぞ。ゼオンは威圧的な視線をなげる。


「ゼオンさん、凄いですね」

「ゼオン君、凄いね」


 タグを見たまま軽く返事をする二人に、ゼオンはまたもやポキと折れる心の音を聞いていた。

 

「教授だな」


 合格への最短距離は、何処にいるか分からない魔導人形マナドールではなく、居場所の分かる教授達。どれ位強いのかも気になるところだ。


「集合場所に戻るぞ!」


 ゼオンは移動を促した。他に気がつく者がいるかもしれない。ゼオンは一刻も早く移動したかった。


「無茶よ! 教授からなんて不可能じゃないかしら」

「何処にいるか分からん物を探すか、低得点の狩りをひたすら繰り返すか」


 ゼオンは、現実的ではない選択肢が多いと感じた。


「俺に任せておけ」


 胡散臭そうな視線を振り払い、ゼオンは道を引き返す。人生は選択肢の連続だ。選択の先には簡単なものから困難なもの、そして不可能極まりないものまである。どれを選ぶかは自由だ。自由であるならば、ゼオンは挑戦を選ぶ。不可能への挑戦。ゼオンは微笑みながら、歩みを進めた。

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