【6幕】食は人生の哲学
ゼオン達は宿舎に到着し、各々の部屋に向かった。煉瓦造りの三階建てで、外壁はツタで覆われている。はたから見ると、曰く付きの館にも見えなくはない。
一人一部屋、充てがわれた。部屋にはベッドと机、一人掛けのソファーが備えてあった。充分な広さであった。
「ゼオンさん、いますか? 」
部屋の扉がノックされた。ロイドが訪ねてきた。
「開いてるぞ」
扉に移動するのも面倒なので、ゼオンはベッドの上で寝転んだまま返事を返していた。
「今日は大変でしたね。もうヘトヘトですよ」
「ロイド、お前は何もしてないけどな」
ゼオンは、少し嫌味を込めて返事をする。疲れてはいたが、久々に暴れて気分は晴れ晴れしているようだ。
「そんなことより、夕食に行きましょう。宿舎の食堂が開放されてますよ!」
そんなことなのかとゼオンは疑問に感じたが、空腹の方が意識を支配している。食堂という言葉に全身が反応している。
「そうだな。飯にするか!」
ゼオンの腹が鳴る音が部屋に響いた。地の底から唸り声を上げる魔獣の様な音だ。
「一緒にいいかしら?」
「構わないが」
食堂に向かう途中、ダリアが話かけてきた。ゼオンは歩みを緩めず、軽く返事を返した。
「是非、一緒に食べましょう!」
ロイドも歩み緩めず、返事をしていた。今夜の食事への期待が膨らみ、歩調が早くなっている。食堂までの移動の間、ダリアから一次試験での特例措置について話を聞いていた。
あれは貴族達が裏で手を回す良くあるやり口らしい。裏口入学は認めないが、不合格や再受験の資格程度は金銭で解決する。キレイではないが、汚くもないとゼオンは考えていた。
ゼオンは食堂に着くと、開いているテーブルを選び座ることにした。ロイドとダリアも席に着く。
「ゼオンさん、見ました? ブュッフェスタイルの食堂ですよ! 王都で流行っていると聞いていましたが、凄いですね!」
王都では、ブュッフェランチが流行していると噂で聞いていた。様々な料理が並び、自由に好きなだけ食べることができる。流石、王都であるとゼオンは感心していた。
「おお! 凄いな! これだけの料理を、好きなだけ食えるんだな? ここは楽園か!」
ゼオンは興奮と感動が入り混じった、歓喜の言葉を放ち、涙を流していた。目の前に広がる料理は、光輝く宝石に匹敵する輝きを放っている。
「あの……二人とも、少し落ち着いたら? 」
ダリアが、冷ややかな視線を向けている。だが、ゼオンは、気にすらしなかった。
「ロイド! これは聖戦! いや、千日戦争! きっと、終末戦争! 匹敵する闘いだ! 」
ゼオンが、興奮した口調で喋っていると、頭を思い切り叩かれた。
「だから、落ち着きなさい! 」
振り向くと、こめかみに青筋を浮かべ、引きつった顔をしたダリアがいた。鬼神か?ゼオンはたじろいだ。
「す、すまん」
「すみません」
ゼオンは、ロイドと二人静かに謝った。
「さ、気を取り直して、食事にしましょ」
ダリアの提案に素早く頷く。やはり、女は怒らせるべきではない。ゼオンは、身に染みる様に感じていた。
「では、参りますか、ゼオン氏」
面倒な、ロイドの一面が顔をだしたな。ゼオンは、足早に料理に向かうロイドを、静かに見つめていた。
「ロイド君って、あんな口調だったかしら? 」
ダリアも、首をかしげている。幻術でもかけられたかの様に、唖然としていた。
「さぁ、わからん。ただ……面倒なのは確かだ」
食事が絡むと、性格が変わったかのように、攻撃的になったりする。酷いときは、理性を失いかけ、暴れ出す。ゼオンでも、酷いと感じるロイドの欠点である。
食堂には、各地の伝統的料理、新鮮な野菜・果実、焼き立てのパン、スープなど様々な料理が並んでいた。鼻に入ってくる、艶やかな匂いは、それだけで五臓六腑を満たしてくれる。
鉄板では、分厚い肉の塊が焼かれている。その反対側では、生け簀から魚が取り出され、調理されている。ゼオンは、片っ端から皿に盛り付け、何皿かテーブルに置いた。
「良し! 全部取ったから、食うか! では、いただきます!! 」
ゼオンは、勢い良く食べ始めた。肉を頬張り、パンにかぶりつく。滴る肉汁を、柔らかなパンが包みこむ。するりと、自然に身体の中へと流れこむ。肉の脂からは、噛みしめるたびに広がる甘い香り。さらに、ゼオンの食欲をそそる。肉の香りと、パンの芳醇な香りが、幾重にも重なり合い、身体を駆け巡る。
喉につかえぬ様にと、スープを口にする。野菜、魚介類の出汁が、充分にしみ出ている。旨い!口の中で、大地の女神と、猛る海神が、熱い抱擁を交わしているようじゃないか。
伝統的料理も、歴史を感じる味わい深さがある。魚の生身を、野菜と酢で和えたサラダ。酸味と、野菜の甘味、そして魚の旨味。口の中で奏でられる三重奏。
「くぅぅ! 」
生きていて良かった!ゼオンは、思わず握り拳を天にかざす。ならば、これはどうだ。根菜類を素揚げしたものに、濃厚なチーズをかけ、肉で包み混んだ料理。一噛みすると、目の前に牧場が広がる錯覚におちいる。大地の恵み、それを食す牛、その牛の乳から作られたナチュラルチーズ。さらに、牛自身の肉。
今、食べているのは、野菜でも、肉でもない!大地そのものじゃないか!ゼオンは驚愕のあまり、目を見開いた。皿に盛り付けた料理を食べきるのに、数分もかからなかった。ゼオンは、空腹の極限から脱出したせいか、落ち着きを取り戻した。
ふと、ロイドが気になり、視線を移す。が、ロイドはまだ何も食べていなかった。そこには、きれいに、スプーンやフォークが並んでいるだけだった。
「ん? 食わないのか? 」
ゼオンは気になり、ロイドに問いかけた。せっかくの料理が無くなるぞと、言いたかったが。
「ふっ。《ゼオン氏》、まだまだですな。まあ、見ていてください」
相変わらず、面倒だなと感じていた。が、次の瞬間から、驚愕が、怒涛の様に、ゼオンを襲ってきた。
「こちらがスープでございます」
給仕係がダリアと、ロイドにスープを運んできた。よく見ると、見た顔だ。
「セバスチャン!! 」
ゼオンが叫ぶと、一礼して下がっていく。
「《ゼオン氏》、ここには貴族の子息や、令嬢がいるのですよ。その様な品の無い食べ方をするなんて。ブュッフェを楽しむ姿は、否定はしませんが。この場では、あり得ません。如何に美しく、美味しく料理を頂くか。見てください、完全なる食事の流れ。フルコース料理! これこそが、ロイド流ブュッフェ道の極意!」
「ぐはっ!」
メインの肉・魚料理を中心に添え、前菜などで周りを固める、鉄壁の布陣。セバスチャンが好みを確認し、料理を組み立てる。
執事としての力量も、かなりのものだと、ゼオンは舌を巻いた。負けた。好きな物を好きなだけ食う。それもありだが、華がまったくない。ただの栄養補給に見えてしまう。
ゼオンは崩れ落ちそうになるのを、残された気力で踏み止まった。ロイドの前では、美しい交響曲のごとく、料理が華麗に流れていく。ゼオンは、残りの料理をただ、黙ってたべていた。
「貴方達、何を競っているの……」
ダリアの質問に答える者は居らず、静かな食事がしばらく続いた。
今夜の食事は、受験生の親達が用意したらしい。我が子への労いか、激励か。人生を賭す者を、後押しするために。食事は、活きる糧となる。食事は、身体を創る糧となる。
つまりは、人生の糧と言っても、過言ではない。食事には、人間性が現れるのであろうか。そうであるならば、人生の哲学、とも言えるかもしれない。
ゼオンは、満腹になりながら、何か大事な部分で負けたなと、食堂の窓から見える月を、寂しそうに眺めていた。
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