【5幕】人生は迷宮の連鎖
ゼオンは、実技試験会場に向う馬車の中でダリアの話を静かに聞いていた。日没まではあと数時間だろう。
景色が闇に飲み込まれていく。眠りにつく支度をするかのように辺りは静寂に包まれ、馬のヒヅメの音だけが聞こえている。
セバスチャン達は、あの後直ぐにダリアの父親と魔道具で連絡を取り許可を得ていた。魔道具は、王都に住む貴族間では当たり前の様に使用されている。声を魔素変換し、相手と会話する魔導具。簡単な魔術を使える装飾品など様々な魔導具がある。
「私はフギンケ州知事の娘なの。我が家は代々、
ダリアの話を聞いて、ゼオンはダリアの気品の理由を垣間見た気がした。そして、自力で夢を追う芯の強さも。
会場につくと、そこには30〜40組の受験者がいた。無傷で、余裕がある者もいれば、満身創痍の者たちもいる。
「制限時間が過ぎた様です。ただいまを持ちまして、終了といたします。受験生諸君、お疲れ様でした」
試験官の声が響き渡る。やがて、闇夜がその声を飲み込む。
「無傷の奴等がいるけど、魔獣何て、出ていやしないんじゃねえか？ 平民には魔獣をぶつけ、貴族には何もないんじゃないのか？」
満身創痍の受験生から、不満の声が上がる。確かに見渡すと、ほぼ無傷のグループは身分が高く見える。
「そんなことは、あり得ません！ 我ら
ゼオンは不敵な笑いを浮かべる試験官を見て、先程のセバスチャン達の襲撃の理由を悟った。
「それでは、これより実技試験を開始する！ 実技試験を担当するマルス・ブルックスだ！」
マルスの号令に、会場はまたざわついた。
「今からかよ！ 動ける訳ないだろ！」
どこからともなく、反論の声が響く。周りの賛同を得ながら、声はうねる様に大きくなっていく。
「そんな余裕の無い者は、不要！ 嫌ならリタイヤすれば良い」
マルスの一言で静まり返る。
「こちらを見よ！」
暗闇で良く見えなかったが、照明魔術がついたとたん、そこには巨大な壁がそびえ立っていた。高さは数百m、距離は数Km。
「どうだ！ これが
ゼオンは、説明を聞いているだけで楽しくなってきた。強そうな魔獣もそうだが、なんといっても迷路。どう攻略するか楽しみながら進むアミューズメント性。血が滾る！ 思わず叫びそうな勢いで話を聞いている。
ロイドが怯えて逃げようとしていないか、ゼオンら確認するため後ろを振り向く。ロイドはポカンと硬直していた。あまりの恐怖で失神でもしたのかと、ゼオンは呆れた視線で見ていた。
「最後に、チャンスをやろう」
マルスは、静かに言葉を投げかけた。一呼吸おき言葉を溜める。
「今リタイヤしたものは、受験資格を剥奪しない」
会場に混乱が生じた。確かに受験資格が無くなることを前提に、試験の門戸を開いている。試験で命を落とした前例は無いが、今回は雲行きが怪しい。
命を賭す必要があるか。受験資格さえあれば、まだ可能性は零では無くなる。そう考える者が普通だろう。ゼオンは静まる会場を見渡しながら考えていた。
「もう、いないな？」
マルスが周りを確認する。しばらく、会場の返事を待っている様であった。
「早く
ゼオンは我慢の限界に達し、大声で叫んでいた。
「ゼオンさん？ 何も、無いんですよ」
「え？ 」
ゼオンは、自分に向けられる視線を感じていた。奇異な物を見る引いた視線だった。
「面白い！ 幻影魔術にかかって、なお恐れぬか」
マルスが高らかに笑っていた。呆れる、とはまた別の笑いだ。
「幻影魔術……」
ゼオンは、ロイドとダリアを交互に見る。二人とも静かに頷いている。
「幻影魔術への耐性、防衛能力を見る試験じゃないですか？ 僕はたまたまダリアさんの近くにいたから、教えてもらいましたけど」
「そうなのか。つまらん」
玩具を取り上げられた、好きな食べ物を奪われた。そんな喪失感をゼオンは感じていた。
「ここにいる者は、実技一次試験合格とする。今日は宿舎にて休むが良い」
人生には色々な道がある。どの道を選ぶかは本人次第で、そして何より自由だ。複雑に絡み合う道は、さながら巨大な迷宮の様だ。
迷宮は連鎖し、果てしない長さとなる。迷宮から抜け出すのか、その道中で歯を没すのか。天のみぞ知ると言ったところである。ゼオンは暗闇の中、冷たくなった空気を大きく吸った。
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