【4幕】契約は人生を縛る鎖②

「あれだな。セバスチャンというのは、執事の代表みたいな名前だな。あの名前からは、凄く仕事ができます的な覇気があふれ出て来ていないか」

 

「え? 今、話すことですか?」


 ゼオンは苛立ちを紛らわすため、ロイドに話かけた。しかし、ロイドは眉間にシワを寄せにらんで来る。ゼオンは相手にしてもらえない寂しい気持ちを、足元の石にぶつける様に蹴飛ばしていた。


 ゼオンは一人、緊張感が漂う現場に似つかわしくない脱力感をかもし出している。


 数時間前に会ったばかりの、知らない相手ではあるが目標達成には欠かせないメンバーだ。ゼオンは助け舟でも出すかと立ち上がった。


「ダリア。何の為、信念を貫く」


 ゼオンは唐突に質問を投げかけた。


「え?」

「何故、一人で試験を受ける? 何故、自分の力で立ち向かう?」


 ゼオンは静かに答えを待っていた。


「私は、世界樹ユグドラシルの真実に触れたい。実力が無ければそれまでだわ。けれども自分の力で歩んだのであれば、失敗に終わったとしても後悔はないでしょ。自分の進むべき道は、自分の力で切り開く。これが私の信念よ! 通過点試験位は自分で超えないと情けないでしょ」


 ゼオンは、ダリアの眼を見た。未来を見定める眼。意思が、想いの強さがはっきりと表れている眼。ゼオンは、こういう眼をする者が嫌いではない。


「気に入った! 力を貸ししたいが、どうだ」


 ゼオンは、ダリアの言葉に共感するかの様に笑っていた。ゼオンも、いつだって自分の力で道を切り開き進んできた。何より、世界樹ユグドラシルの真実にも興味があった。


「ありがたいけど、無理よ。あの二人は王立魔術研究府 アカデミア獅子の鬣の出身で、銀衣級の元冒険者よ。御父様が、私の教育係としてスカウトした実力者なのよ。それに、これは私の問題……」

「だから何だ? 良いか。力を貸す、と言っているんだ。大人しく貸りていろ」


 ゼオンは、有無を言わせぬ調子で言い放った。闘う相手がいるんだから、楽しませろというのが本音だ。ゼオンの前に現れた久々の獲物だ。


「ゼオンさん! 銀衣級の冒険者ですよ? 上級じゃないですか。危険ですよ」


 ゼオンは、以前ロイドから受けた説明を思い出していた。冒険者ギルドから、実力に応じ装飾品が支給さる。そして実力は、色により識別される。白から始まり、朱、橙、蒼、黒、銀、金、白金となる。


 こちらのやり取りに釘を刺すかの様に、セバスチャンが牽制を入れてきた。


「ダリア様。そこの少年二人では、何の力にもなりませぬぞ。実力が無いと判断された受験者をまとめて、ダリア様と一組にしてますゆえ」


「不正をした、と言うのですか?」


 ダリアが驚きと、怒りをあらわに叫んでいた。ロイドと同じ組みであった理由が偶然でも何でも無く、ゼオンは残念に感じていた。実力がないと判断するあたり、見る目はないなと感じるが。


「ダリア様! この様な下賤な輩共と一緒に行動するなど、おやめください」


 今まで口を閉ざしていた、女執事が口を開いた。物凄い剣幕である。口調には、大切な何かを奪われた者の哀しみと怒りが混ざっている。


「エミリア。口を慎みなさい!」

「いいえ、止めません! どこの馬の骨かも分からぬ平民などと、一緒にいるべきではありません!」


 ゼオンは、眉間にシワをよせて舌打ちをしていた。確かには、平民ではあるが。そこまで、言われるのは心外である。


「では、こうしましょう。そこの少年二人には消えて頂きます。試験内容的に不合格となります。受験資格については、特例措置を設ければ良いだけです」


 セバスチャンは、ゼオンたちに視線を移す。その眼は、深い闇をまとったかの様であった。主人の命令とあらば、本当に人を消すのだろう。


「どこまで汚い手口を使うのよ。だから、私は御父様が関わらない様にしたいのに」


 勝手に『消えてもらう』と言われたゼオンは、笑っていた。ずいぶんと舐められたものだ。実力も測れないのかと感じるが。


「誰が、消されるんだ? それは、俺に対する宣戦布告と受け取ってもかまわないな」


 ゼオンの放つ言葉には、その場の緊張感を一気に高める迫力と覇気が込められていた。


「ここから、出させてもらうぞ」


 ゼオンは格子を掴み、左右に簡単に広げ檻から出た。格子はアメ細工の様にグニャりと曲がっている。


「あり得ない! 私が全力の魔力を込めて作った鋼鉄の檻よ。そんなに、簡単に出られる訳が無い……」


 ゼオンは、慌てているエミリアに向け言葉をかけた。


「いや、鉄は曲がるぞ? これ位、曲げられないようじゃ漢じゃない!」

「ゼオンさん。それは何か論点がズレてます」

「そうか?」


 ロイドに指摘されたが、ゼオンはいまいち釈然としない。これ位の芸当は、ゼオンの周りでは当たり前の光景であった。


 「ふざけないで!!」


 エミリアが腰から短剣を取り出し、ゼオンに向かって突進してきた。かなり激昂している。冷静さを欠いた初動は読みやすい。


風の刃エアロカッター!」


 短剣での物理攻撃。攻撃に合わせ、魔術を放つ。時間差のニ段攻撃かと、ゼオンは冷静に分析していた。


 ゼオンは、放たれた複数の魔力の刃を裏拳で全て弾き飛ばす。弾いた先の大木が音を立て地面に倒れた。ゼオンは、エミリアとの距離が数歩のところまで近づいているのを確認する。


 左足を後ろに下げ、半身立ちの体勢になる。膝を軽く曲げ、緩やかな構えになる。


すさぶ、風神の蹴撃!」


 ゼオンは下げた足を一気に胸元まで引き寄せる。しなやかな枝の様に膝を伸ばし、回し蹴りを繰り出す。蹴りと同時に、足に込めていた魔力を放つ。エミリアが吹き飛ばされ、後方の木にぶつかりその場に崩れ落ちた。


「安心しろ。手加減してある。気絶しているだけだ」


 ゼオンは弱者と闘っても楽しくないと感じ、セバスチャンに視線を移す。


「なかなかやりますな。エミリアが油断していたのでしょうか。私めは、そうはいきませぬぞ」

「なるほど。なら、楽しませてくれ!」


 ゼオンは、セバスチャンに親指をたて笑いかけた。視線の先では倒れていたエミリアが立ち上がり、セバスチャンに謝罪しているのが見える。セバスチャンが回復させた様だ。


「楽しむ時間なぞ、有りませぬ。全力で行きますゆえ」


 ゼオンは、セバスチャンとの間合いを取る。二人の間には、目に見えぬ緊張感が走る。


炎弾爆裂エクスプロージョン


 放たれた炎が、大地に着弾し爆発する。ゼオンは後方に飛び、直撃を避けた。


「ふむ。これはどうですかな? 大地を融解せよ、|火の大蜥蜴サラマンダー!」

「精霊召喚なんて、そうそうできる魔術じゃないですよ!」


 ロイドが、後ろで叫んでいるのが聞こえる。確かあいつらも、『召喚術』がどうのと言っていた様な……。話半分で聞いていたせいか思い出せない。


 まあ、後で確認するか。ゼオンは火の大蜥蜴サラマンダーに向き合った。魔力もだが、かなりの熱量だ。


「火の精霊か。ならば、こちらも火の力で潰すか」

「逃げて!」


 ダリアの叫び声が聞こえる。悲鳴にも近い甲高い声だ。


火の大蜥蜴サラマンダーは、精霊よ! 人間が太刀打ちできる訳がない! 私のせいで死ぬことはないわ!」


 ゼオンは静かに笑った。火の大蜥蜴サラマンダーより、自分が頼りなく見えていること。そして何より、死ぬ覚悟を持たず闘うことがあるのかということに。


「まあ、見ておけ」


 ゼオンはゆっくりと、大きく空気を吸い込む。身体の中心に意識をあつめ、一気に息を吐き出す。


灰燼かいじんとかせ、焔王の息吹いぶき!」


 ゼオンは口から、凄まじい勢いの焔を吹き出した。ゼオン自体が、焔の塊かのようにもみえる。


 息吹と同時に、火の大蜥蜴サラマンダーに向かう。火の大蜥蜴サラマンダーは口を開き、炎を吐き続ける。ゼオンは炎を避けず、喰らっていた。


「良い魔力だ!」


 ゼオンは火の大蜥蜴サラマンダーの手前で、頭上に向かい大きく跳んだ。火の大蜥蜴サラマンダーの頭めがけて、膝をつきたてる。


「破砕せよ、焔王の断頭斧!」


 火の大蜥蜴サラマンダーの姿が消え、辺りは何事もなかったかの様に静まり返る。


「まだ、やるかい」 


 ゼオンは、セバスチャンに聞いた。まだ身体が暖まったばかりだ。闘いたいのがゼオンの本音だ。


「いえ、無駄でしょう。私の火の大蜥蜴サラマンダーが打ち破られましたしな。もう手立てがありますまい。ゼオン殿、底の見えぬ強さでございますな」

「くっははは! 最強を目指しているからな」


 セバスチャンに向けて、また親指を立てて笑い返した。


「貴方の強さを見込んでお願い申し上げたい。ダリア様の受験を助けてはいただけないか」


 ゼオンは、セバスチャンからの提案に乗り気にはなれなかった。約束、契約はその後の人生において制約を伴うことが多々あるからだ。


「いや、すまないが……」


 ゼオンが断ろうと言葉を続けようとしたが、遮るようにセバスチャンが話かけてきた。


「無論ただでとは言いませぬ。こちらは前金です」

「あっっとぅうございまぁっっす!!」


 ゼオンより早く、ロイドがお礼の言葉を述べ前金を受け取っていた。ゼオン以上の素早さを持っているのではないかと、時々疑ってしまう。


「受託して頂けた、ということで宜しいですな?」


「くっ、仕方がない。旨い飯も食わせてくれればそれで良い」


 渋々ながら、ゼオンは約束をした。


「ありがとうございます。ダリア様を宜しくお願いいたします。御主人様には説明しますゆえ、ご安心ください。ダリア様には内密に願いますぞ」


 契約を結べは、義務が押し付けられ制約に縛られる。自由とは無縁の世界を、進むこととなる。ゼオンはそれが苦手である。二つ目の契約。ますます縛りの多い生活になりそうだ。ゼオンは悲しみをこらえていた。


 契約は人生を縛る鎖。さて、どうやって鎖を解こうか。ゼオンは暫く悩むことが続いた。

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