【2幕】信念は深淵を照らす篝火
ゼオンは、セレントアの宿で朝を迎えた。移動の疲れはすっかり取れており、爽快な目覚めに喜びを感じた。着替を終えて、宿の食堂で軽い朝食を取っているとロイドが向かいの席に座りながら聞いてきた。
「ゼオンさん、支度は終わりましたか」
「ああ、問題ない。いつでも出発できる」
ゼオンはパンを口に運ぶことを止め、ロイドに返事を返した。焼き立てのパンから溢れる、甘く香ばしい香りがゼオンの身体を刺激する。ロイドの話は適当に聞き、適当に返事をする。
「では、会場に向かいましょう!」
「早くないか?」
ゼオンはロイドからただならぬ気迫を感じていた。朝食第二戦がこれから始まるんだ。もう少し食わせてくれと言いたかったが、言葉を飲み込み食堂を後にした。
推挙を受けられるのは、冒険者として活躍する優秀な者。貴族か役人の子供であった。こちらは優秀、そうでない者が様々だという。年齢制限もあり、16歳から19歳までとなっている。合格者数は年度毎まちまちらしい。
千載一遇の機会が訪れた。
『今年に限り、希望者全員の受験を認める』
ゼオンに力が合ったとて、コネも権力も持ち合わせていない。求めるモノを手にするには、挑む以外の選択肢が無かった。ただ世の中は甘くなく、危険を伴わないは機会などはない。
『不合格者は、今後の受験を一切認めない』
ハイリスクハイリターン。一攫千金。ゼオンは、これはこれで面白いとロイドを誘い王都に来ていた。意外にもロイドもかなり乗り気で、試験を受けると誘いに乗ったことには驚かされた。
宿から会場まで、徒歩で十分程度の距離であった。会場は野外舞台場で、舞台を中心に扇状に席が広がる。席は石造りで階段のように高低差があり、舞台がどこからも見える仕様であった。
「この席か」
ゼオンは、ロイドと受験用紙に記入された数字を確認しその場所に座る。周りを見ると、三人掛けになるように数字の記入された札がかけられていた。
ゼオンとロイドは並んだ数字であった。あと一人かと周りを見渡していると、こちらに向ってくる人物がいた。
「ここが私の席のようね。失礼するわ」
ゼオンが声の方に顔を向けると、そこには気品のある女性が立っていた。落ち着いた雰囲気に大人びた服装が、少女を大人の女性に錯覚させる。
「私は、ダリア・ヴァリエッタ。宜しくお願いね」
年齢は変わらないであろうが、今のゼオンの姿を幼い印象に変えてしまう気がしてしまう。人生経験は20倍近いんだがなと言いたいが。
「俺はゼオン。こいつはロイド。宜しく頼む」
ゼオンは当たり障りの無い返事をした。
「家名は無い。施設の出身だ。気にするな」
名前を聞いて、ダリアが気まずそうな顔をした。一瞬の変化をゼオンは見逃さなかった。一応空気を読み、その場を収めようとした。家名のある者が無いものを哀れむことや、見下すことがある。全員ではないが。
「そういえば、試験は初めてかしら」
「俺達二人初めてだ」
ゼオンは、ロイドを指差しながら頷いた。
「今回は推挙がなくても受験できるしな。それに、面白そうじゃないか。『今年に限り』と言うのが、『挑めるのか?』と試されている様で楽しめそうだ」
ゼオンの求める強さが見つかるかもしれない。そう思わずにはいられないイベントだと感じていた。
「私は、自分の実力で道を切り拓きたい。そう考えてここに来たの。州都からの推挙があれば、確実だけれども。それは私の力、と言うよりは親の力。私は自分の実力で挑む!っていう考えでいるわ」
ゼオンは複雑な表情で話すダリアに言葉はかけず、ただ黙って聞くことに徹した。
心の迷い、闇。照らすものがあるとすれば、信念もその一つであろう。ゼオンにも過去がある。その中には、光も闇もある。
闇に包まれる時に進むべき道を照らしていたのは、信念だったかもしれない。ゼオンはそう思わずにはいられなかった。
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