【1幕】終演は開演の鐘

 心地良い春の香りと適度な間隔で訪れる馬車の揺れが、ゼオンをまどろみの中に引き込んでいった。レンガで舗装された道を馬車が小気味よく進む。

 

 辺りは見渡す限りに広がる雄大な自然。パイルデンを出発してから暫く続いていた。ゼオンは王都への初めての旅路に、最初こそは興奮していた。だがしばらくすると飽き始め、まどろむ結果に繋がった。


「ゼオンさん、何時まで寝ているんですか!」

 

 声をかけられ、ゼオンは目を擦りながら起きる。


「ロイド、もう着いたのか」


 ゼオンは欠伸をしながら、隣に座るロイドに返事をした。ゼオンより一つ歳下で、同じ児童施設の出身だ。


 児童施設では両親を戦争で失ったり、魔獣に殺されたなど様々な理由の子供達を国が保護している。


 ゼオンはロイドと施設で知り合い、二年程経つと記憶している。歳も変わらず趣味が一致し意気投合したこともあり、ほぼ毎日行動を共にしていた。ゼオンの素性を知る唯一の友人でもある。


「何か夢でも見てたんですか? 寝言をブツブツ言ってましたけど」


 ゼオンは静かに目を閉じ思い返す。


「ああ、少しだけ昔の夢を見た……」


◇◇◇◇◇◇◇


 一介の戦士だったゼオンは強さを求めて、ただただ闘いに没頭していた。強者が居ると聞けば、東西南北どこにでも挑みに向かった。


 身体能力に長ける獣人族。魔術に長けるエルフ族。知識と力を兼ね備える竜族。様々な種族の強者に挑み続けた。


 何時しかゼオンの前に立ち阻む強者は、数少なくなっていた。その代わりに、ゼオンに付き従う幾千万もの配下。数少なくなった強者と、ゼオン自らが闘うことはなくなっていく。


 ゼオンの配下達が、勝利を捧げてくれる。嬉しさは皆無ではないが寂しくもあった。ゼオンは生き甲斐を見失っていくことが、我慢ならなかった。


 魔人族の王。魔王ゼオンと呼ばれ、大陸全土にその名と強さを知らしめたが、頂点に君臨する事に嫌気が差し王位を配下に譲位した。いや、押し付けたと言うのが正解かとゼオンは思い返す。


 魔人族の寿命は長い。千年生きる者もいる。ゼオンは、約三百年の人生を闘いに費してきた。短い時間ではあるが、十分楽しんできたと自負する。


 世界樹ユグドラシル。大陸全土から見える天まで届くその姿は、生命の象徴として崇められていた。


 辿り着くことが不可能と言われる。世界樹ユグドラシルを目指し、生きて帰って着た者がいないからだ。


 漆黒の谷、魔獣がひしめく密林。世界樹ユグドラシルを目指す道中には危険が伴う。

 

 ゼオンは世界樹ユグドラシルに行けば、自分の求める強者、さらなる高みを目指す手掛かりがあるはずと引き寄せられるようにその地を目指した。


 半死半生に近い状態ではあったが、何とか辿り着くことができた。そこには予想通りゼオンが望む結果があった。


 世界樹ユグドラシルには、世界樹の化身メンターなる存在がいた。人でも生物でもない存在。世界樹ユグドラシルの意識が創り出した存在。ゼオンには理解できなかったが。


 ただ、対峙した際に感じるただならぬ覇気は凄まじく、ゼオンが求めた強者そのものであった。無理を強いて拳を交えてみれば、久々の敗北を与えて貰えた。


 ゼオンは敗北したにも関わらず、嬉しくて仕方がなかった。背中を地面に付け、見上げる空も悪くない。


 ゼオンは世界樹ユグドラシルでいつの間にか数十年の時を過ごしていた。ゼオンはその時間の中で、ここに辿り着くことができた理由を知ることができた。


 かつて食した世界樹の実。この実を食べた者は、本人が望むものが手に入る。正確には、そのきっかけに遭遇する機会が増えるだけなのだが。いずれは辿り着くらしい。


 新手の詐欺商法ではないかとゼオンは感じたが。ただ効果は事実で、強い者に挑むこと強さを会得する機会を得た。


 もう一つ、面白い事実を知ることもできた。ゼオンの生きる世界以外にも、世界がある。それぞれが、世界樹ユグドラシルで繋ががっている。


 幹から伸びる枝が、様々な世界ということらしい。事実、見たことのない種族と時間を共にした。彼らもまた、世界樹の実を食べこの地に辿り着いたという。


 彼らの望みは、仲間との再会。時空間の歪みが何とやら。こちらもゼオンには理解できない内容で記憶から消えている。


 楽しい時間の終わりは突然であった。世界樹ユグドラシルにいたはずが、ゼオンが目覚めた時そこは見知らぬ街であった。


『君等が出会った理由。彼らの探すものと君が探すものは、近いわけではないが離れてもいない。本来なら手を貸さないけど、今回は特別さ。君等のおかげで、退屈の無い時間が過ごせたから』


 世界樹の化身メンターの声がゼオンの頭に響く。ここで探せ、ということかとゼオンは呟いていた。力も能力も変わらなかったが、容姿だけが若返っていた……。


◇◇◇◇◇◇◇



「……という思い出の夢をだな」


 ゼオンがロイドに話していると


「長い長い! 夢の話を、長々と語らないでください! しかも何度目ですか、この話は」


 ロイドにきつく突っ込まれ、ゼオンはとりあえず手を合わせ謝ることにした。普通であればうさん臭い話だと疑い相手にされないが、ロイドだけは半信半疑ながらも聞いてくれる。ゼオンにとってはありがたかった。


 そうこうしている内に、馬車は目的地に到着した。カドレニア王国、王都セレントア。王族や貴族の大半が王都で生活している。成功を納めた冒険者や商人も多い。


 物流や研究そして流行まで。全ての中心であり、最先端を発信する都市である。王族・貴族の居住区を中心に、商業区・研究区・冒険者ギルド本部・一般居住区などが区画分けされ広がっている。


「着いたな、ロイド。まずは宿に向かうか」


 ゼオンは、ロイドに言葉をかけた。夕日が街並みを黄金色に包みこむ。時刻を告げる鐘の音が、響き渡る。


 終演したと思った人生。開幕した新たな人生。ゼオンはそう感じることが多かった。


 終演は開演の鐘。終りが始まりであり、始まりが終りでもある。消して途切れることのない物語。隠居後のセカンドライフ、とことん楽しむかとゼオンは笑っていた。






 

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