魔王と呼ばれた漢のセカンドライフ
南山之寿
1章 王都試験篇
【序幕】晩餐は明日への活力
「腹が減った……」
「確かに。お腹が空きましたね……」
ゼオンは空腹に堪えきれず倒れそうになりながら呟いていた。腹の鳴る音が一向に止まない。
「ゼオンさんのせいですから! 路銀が底をつきましたよ! 昨日から何も食べて無いんですよ!」
ゼオンは、隣に座るロイドの指摘に不満を感じていた。
「すまん。勝算はあったんだ。まあ運がなかったというか。あれだな、きっといかさまだ。そうだ! 俺達は騙されたんだ!」
ゼオンは謝罪をしていたがバカバカしくなり言い訳を始めた。最後には責任転嫁をして何とか煙に巻こうと考えていた。
「だとしても、熱くなって全額賭けたのはゼオンさんですから。国営カジノは公正ですよ。ゼオンさんの運も勘もからっきしじゃないですか。普通は帰りの路銀とか考えてですね楽しむものですよ。もう少し自重と頭を使っていれば……」
だが、あっさりとロイドに見破られてしまった。必要以上に執拗に責めて来るのは気のせいであろうか。
「ロイド、何もそこまで言うな。お天道様が滲んで見えるじゃないか」
ゼオンは傷口に塩を塗られ、心に重い一撃を食らわされた感覚であった。深い悲しみと虚無感が胸を襲う。やめておけば良かったというありきたりな後悔だった。
白い砂浜とエメラルドグリーンの静かな海が観光名所のリゾート地。カドレニア王国の南端に位置するパイルデン。海沿いには、宿泊施設や商業区域が景色を乱すことなく並んでいる。
その中でも彫刻が施された豪華な建物が一際目立つ。国営カジノ『ゲフィオン』。成人か冒険者であれば遊戯を楽しめる。リゾート地の目玉である。
ゼオンはロイドを誘い一攫千金を夢みてパイルデンにやって来た。国営カジノ『ゲフィオン』にはカード・ルーレット・レースなど様々なフロアが広がる。
平屋建てだが天井は高く開放感に溢れている。かなりの広さのため、1日がかりで全てのフロアを回れるかという感じであった。
最初のうちはカードやルーレットで少額ながらも勝ちが続いた。コインが増える喜びに興奮を覚えた。勝ったコインを持ちレースに興じた。複数の馬が一斉に走り着順を当てる。数回着順を的中させたゼオンはだんだん気が大きくなり賭けるコインを増やした。
一度負けると勝ち分が減りだす。取り戻そうとさらに賭けるコインを増やす。ゼオンは気がついたら所持金を無くしていた。最悪なことにロイドの分まで全て。
「あの時やめておけば今頃旨い飯でも食えたんだがな」
ゼオンは食べる仕草をしていた。肉を切り、パンをちぎり口に運ぶ。通行人は見慣れた光景とでもいうのか気にしていない。
「仕方ないですよ……もう。それよりどうするんですか? ゼオンさん」
ロイドに聞かれゼオンは暫く考え込む。
「冒険者ギルドにでも行こう。もう昼近いから開いているだろ。簡単な依頼でも受ければ宿代位は稼げるはずだ」
ゼオンは我ながら名案だと思い、ロイドに誇らしげな表情で提案した。
「悪くはないですね。ただ比較的に治安の良い地域ですし、魔獣討伐とか高額な依頼は無いと思いますけど。まあ、採取系の依頼位あるんじゃないですか」
ゼオンはとりあえず行こうとロイドを諭した。このまま説教を食らうのも針のむしろだと感じた。
冒険者ギルド。王国各地に広がる組織である。16歳以上であれば、簡単な体力テストを受け合格すれば登録ができる。冒険者ギルドでは依頼をこなすことで、冒険者ランクを上げることができる。
ランクは実力に応じた装飾品の色により識別される。白から始まり、朱、橙、蒼、黒、銀、金、白金となっている。白衣級、黒衣級など、『〜衣級』を付けて呼ばれている。ゼオンは白衣級だ。
度重なる問題行動。例えば調査した遺跡を破壊。ギルドの家屋を破壊、などなど。故意ではないが依頼をこなす以上に問題を起こす。その為ランクがあがらない。
ゼオンはこの評価に納得がいかない。これだけ活躍しているのにと思うが。ロイドが足を引っ張っているのではないかと考えてしまう。
高ランクになれば依頼を直接指名されることもある。その依頼料は破格で一回の依頼で豪華な御殿が立つと噂があるくらいだ。
「何か良い依頼は無いか」
ゼオンは冒険者ギルドを訪れ、ギルド内の依頼掲示板を血眼で探していた。
「ロイド! これだ、これなんか最適じゃないか!」
興奮した口調で依頼用紙を指した。
「『魔獣退治願う』ですか? 悪運が強いですね。討伐依頼があるなんて」
「日頃の行いが良いからな」
ゼオンは根拠の無い理由を自慢した。
「野菜農園を荒らしているらしい。しかも魔獣バッファロー。分かるか、この意味が」
「え? 何がですか?」
「肉だろ! 肉! そしてきっとお礼には、農場で育った新鮮な野菜が付いてくる。肉! 肉! 野菜!もっと下さい! バーベキューと依頼料だ。これこそ一石二鳥だろ! 」
ゼオンは溢れだしそうなヨダレを飲み込みながら、早口でまくし立てる。
「魔獣バッファローは食べて美味しいんですか?」
「知らん! 何も食ってないんだ。きっと旨いに違いない。あれだ、空腹は最上の調味料だ」
ゼオンはロイドの素朴な質問に対しよく分からぬ理屈を説明をした。絶対に依頼を受けるという意思を全面に出している。
「危険ランクAですけど大丈夫ですか」
「問題ない! 行くぞ」
ゼオンは一刻も早く空腹を満たそうと、半ばロイドを無視する形で依頼札を取り、ギルドの受付に提出した。依頼札を提出することで正式な受領となる。
依頼中に不慮の事故に会うこともある。つまり『死』だ。危険ランクを表示することで『注意はした』というのがギルドの見解。全ては自己責任の世界である。
Aランクの危険度は、熟練冒険者でも命を落とす確率が40%程度あるらしい。ゼオンはロイドの説明を左から右に聞き流していた。
「着いたか?」
ゼオン達は依頼札に書かれた情報を元に、パイルデンから北に1時間程歩いた距離にある山奥に来ていた。麓の農園を襲うらしい。
「多分この辺りです。目撃情報の場所ですから」
ゼオンがロイドに確認していると、前方に気配を感じた。
「ロイド、下がれ」
ゼオンは、ロイドに手で合図を送り前方に意識を向ける。左足を後ろに下げ、半身立ちに。そして静かに腰を落とす。大地に根をはるようにどっしりと構える。
「現れたな!
ゼオンは目の前に現れた魔獣バッファローが、肉の塊に見えて仕方がなかった。
「恨むなよ! 美味しく食べてやるからな!」
ゼオンは左足に力を込め、一気に開放し飛びかかる。魔獣バッファローとの距離が縮まる。
ゼオンに気が付いた魔獣バッファローが、木を薙ぎ倒しながら突進してきた。
ゼオンは衝突寸前に魔獣バッファローの角を掴み、突進を止める。魔獣バッファローは、壁に激突したかのように停止した。
ゼオンは魔獣バッファローの懐に潜り込み拳を握る。手の甲を地面に向け、拳を脇に引き付ける。拳には魔力を。そして腕の脱力。一気に回転させながら、腹部に拳を叩き込んだ。
「穿つ、氷姫の拳!」
ゼオンの一撃が、魔獣バッファローを容易く絶命させた。
「鮮度が大事だからな! 冷やして倒す。どうだ、考えたもんだろ? 拳に冷気の魔力を付与してだな……」
ゼオンは誇らしげに技の解説を始めようとした。
「相変わらず出鱈目な強さですね」
ゼオンは説明を遮り話を聞かないロイドにムッとしながらも、倒れた魔獣バッファローを引きずり農園へと向かった。
「旨い! 旨ますぎる!」
ゼオンは、魔獣バッファローの肉で創られた料理をむさぼる様に食べていた。
農園のおかみさんが調理してくれた。串焼きや岩塩包み焼き。煮込みにパイ包み。どれを食べても今までに食べたことのない旨味に香り。
「焼いて良し、煮て良しだな」
串刺しにした肉に塩を振り、炭火で焼く。柔らかな肉質、滴る肉汁。口に入れるだけで肉が溶け、豊かな大地の香りが口の中に広がる。
一緒に食べている野菜も相まって、肉のくどさも減りいくらでも腹に入ってくる。野菜はもちろんこの農園のものだ。
「意外にいけますね。このワイン煮込なんて、もう何枚でもいけますよ」
ゼオンとロイドは、空腹を満たそうと一心不乱に食べていた。
「もう食えん」
「僕もです」
ゼオンは完食したことで満足し、休憩していた。そこに、農園の主人がやって来た。今回の依頼人だ。
「ありがとうございました。お陰様で、安心して仕事ができますわい」
ゼオンは、満腹で言葉を発するのも面倒だった。
「礼に及ばん」
ゼオンは一言、静かに答えた。
「御二方とも若いのに良い腕前ですな。高ランクの冒険者ですかな? それとも、
「どちらでもありません。普通の冒険者です」
ゼオンの代わりに、ロイドが答えた。ゼオンは、しめたと言わんばかりに目を閉じ狸寝入りする。
「そうでしたか。今年の
暗闇は音を連れ去り、静寂を置いていく。静寂の時を、月影がゆるりと運ぶ。ゼオンは、静かに眠れそうだと感じた。晩餐は、明日を活きる為の活力に変わるだろう。
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お読み頂き、ありがとうございます。
くすり、と笑えるお話を目指してます。
是非、お付き合い下さいませ!
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