08話.[仕方がないけど]
「悠木君早く!」
「そんなに急いだってまだやってないよ」
「会場の雰囲気を早く味わいたいの! 俊介さんだって待っているから!」
夏祭り当日、彼女は朝からずっとこんな感じだった。
朝からこうなんだから時間が近づけば更にうるさくなることは確定している。
なんでこうも張り切ってしまうのか。
どうせ数品食べたらお腹いっぱいになってしまうことは分かっているというのに。
「ふぅ、仕方がないから行こうか」
「行こう!」
今日の彼女の相手をひとりでするのは無理だ、俊介には犠牲になってもらう。
それと、今日のこの感じなら俊介的にも嫌にはならないだろう。
少なくとも甘い雰囲気になることはないから気にしなくていい。
「はい――」
「こんにちは! お祭りに行きましょう!」
「まだだろ、とりあえず上がれよ」
「はーい……」
うん、やっぱり効果がある。
敬語をずっと続けてきている彼女のことだからそこまで強気には出られない。
彼は感情的にならずに淡々と対応してくれるからいまの彼女にはよく効くんだ。
飲み物を注いでくれている最中に謝罪をしたら「気にするな」と言ってくれた。
これもまた女の子がいるからなのかもしれないけど、こうして優しくしてくれるところはかなり好きだった。
「で、寝ちまったと」
「今日はずっとあんな感じでね」
「ま、途中でうとうとされるよりはマシだな」
その場合はおんぶして見て回るから大丈夫だ。
ふらふらな状態で歩かれると心配になるからその方がいい。
「俊介、あれから考えてみたんだけど泉ちゃんはどう?」
「泉だって急にそういうつもりで来られても困るだろ」
「いや、僕はあの子といるところしかほとんど見たことがないからさ」
教室でも男の子の友達といるか突っ伏しているかだから大袈裟ではない。
だから勝手に過去、女の子と付き合いすぎて飽きってしまっているのではないか、と想像していたわけだけど、最近のあれでそうではないことが分かった。
いやでも、モテないということはないだろう。
「それに俺はどうせなら先輩がいいな」
「お、確かに魅力的だよね」
「でも、ちょっとだらしないぐらいがいい、人間性で言えば悠木みたいな感じかな」
家事だってしているのにどうしてぇ……。
やっぱりあれか、深鈴効果がなくなってしまったからか。
同性にはちょっと厳しくしてしまうツンデレさんなのか……?
「きっちりしている人といるのは疲れるからな」
「あ、それは分かるかも」
中学生のときはそんな子と係が一緒になって大変だった。
でも、うざいとかそういう風に感じたことはない。
それどころか率先して誰かのために動けるあの子を格好いいと思ったぐらいだ。
それからは僕もなるべく手伝うようにしているので、いい影響を与えてくれた子だった。
もっとも、ずっといたらやっぱり疲れてしまうからたまに、でいいけど。
「ん……」
「深鈴って無防備だよな」
「ちょっとそういうところはあるね」
他人を信用できるのはいいけどそれまでのスピードが早いというか、僕としては家にいるとき以外の振る舞いをもう少し気をつけてほしいと考えている。
彼の家だからいいものの、同級生の男の子の家でこんなことをしたらどうなるのかなんて容易に想像できてしまう。
「そういえばキスぐらいしてやったのか?」
「抱きしめるぐらいかな」
「ま、流石にキスまでいくと一線を越えるようなものだからな」
……もう付き合っている時点でそれは越えてしまっている気がする。
ちなみに深鈴の方は求めてきているのに応えられていないというのが現実だ。
いやだって、仮に好き同士でもそんなに頻繁にすることではないでしょ?
花火が終わった後とか物凄く雰囲気がいいときならともかくとして、適当にちゅっちゅとしてしまっていたら多分飽きられてしまうから怖いんだ。
「本当に大切な存在なんだ、だからどうしてもゆっくりやっていきたくてさ」
「別に責めないから安心しろ、自分達のペースってのがあるからな」
単純に自分が抑えられなくなりそうだという不安もあるんだ。
顔を合わせる度にそんなことをしていたら嫌われてしまう。
あとは違う自分を直視することになって困惑することになりそうだからというのもある。
僕はあくまで……待つ方でいたかった。
自分が積極的に深鈴をぐしゃぐしゃにしてしまうところは見たくない。
「そもそも、積極的な悠木なんて想像できないからな」
「うん、やっぱりね」
「深鈴に攻められてたじたじになっているところが容易に想像できるぞ」
ま、心配するまでもなくそんな感じだからいまみたいに考えることは意味がない。
なんだろう、部活をやっていた子だからなのかな? 物凄く積極的なんだ。
それかもしくは、岩本深鈴という女の子自体が肉食系だったのかもしれない。
寧ろそういう欲求をこれまでよく抑えてきたなと褒めることしかできない。
「……悠木君はヘタレなんですよ」
「はははっ、言われてるぞっ」
「だって明らかにしてほしいということを雰囲気に出しているのに『家事があるからまた後でね』とか言って逃げてしまうんですよ!?」
「まあ、事実悠木が家事をしないと困るだろ?」
「違います、家事なら私もできますから」
彼女は小学三年生のときから頑張ってくれていた。
一緒にやってきたからこそ、家事が嫌だと感じたことはないんだと思う。
どんどん覚えていくし、僕の方もレベルアップしていけるから楽しかった。
いまは僕が独占しているようなものだけど、これからもそれは変わらない。
何故なら彼女は受験生になったからだ。
「なら今日すればいいだろ、花火が終わった後にでもな」
「さすがにそんな空気の読めないことはしません、俊介さんといられるのも好きですから」
「岩本兄妹はよく似ているな」
「はい、ずっと一緒に過ごしてきましたから」
事実、小学生と中学生のときは学校でもほとんど一緒にいたわけだから大袈裟ではない。
でも、やっぱりいつから好きでいてくれていたのかということは分からなかった。
最近が露骨なだけでこれまではあくまで兄妹の距離感だったからだ。
「家族以外でなら俊介さんが一番好きですから」
「事実、俺は優しいからな」
「はい、悠木君がいなかったら絶対に俊介さんを好きになっていましたよ」
「悠木がいなかったら出会うこともなかっただろ」
「そうですね、意味のない話でしたね」
僕としてもそれが理想のはずだった、そうなるよう動いていた。
だけど結局は離れるに離れられず、それどころかこっちが付き合い出したことになるわけで。
……こんな人間のどこを好いたんだろうか? と考えてしまう。
「深鈴、いまからでも俺を好きになってくれよ」
「あはは、ごめんなさい」
「おま……、冗談だけど笑顔で振るなよ……」
こうして話しているところを見られるのもよかった。
おまけレベルでいいからそこに存在していたい。
だって自分と話してくれているときでは見られない表情とかを見られるからだ。
彼は柔らかい表情をよく浮かべるし、深鈴は……あんまり変わらないけどさ。
「まあいい、今日はお兄ちゃんを借りるからな」
「えー! 取り上げないでくださいよ!」
「駄目だ、ふたりが近いと俺は忘れられるからな」
自由にやってくれればよかった。
今日は三人で行くんだから三人で楽しめるように行動したい。
言ってしまえば彼女とは家でゆっくりいられるんだから問題はない。
なので、今日はどんどん自由に行動してほしかった。
「で、結局これか」
「だねー」
体重を預けながらすやすやと寝ていた。
ある程度食べ物も食べたから仕方がないと言えば仕方がないけど、流石にちょっと寝すぎではないだろうかと言いたくなる。
でも、想像通り甘い雰囲気にならなくて彼的にはよかっただろうな。
「そのために半袖のパーカーを着てきていたのか?」
「うーん、そういうわけではないけどね、でも、着てきておいてよかったよ」
もうすぐ花火の時間が始まる。
そのときには起こすつもりでいるけど、それはつまり終わりだということだから少しだけ寂しい気持ちになってしまった。
まあ、帰って寝てしまえばそんなものも吹き飛ぶんだけどさ。
「いきなり話しかけてきたときは驚いたけどな」
「ん?」
「あ、四月の話だ、放課後までぼけっとしていたら急に目の前に悠木が現れたから」
「ああ、なんか気になったんだよ」
格好いい子なのに珍しくひとりでばっかりいたから。
中学生のときのそういう子は常に人に囲まれていたから新鮮だったんだ。
もしかしたら友達になってもらえるかもしれないという願望もあった。
あんまり騒がしくない子の方が好きだというのも強く影響していた。
「俺は悠木がそうやって誰かに話しかけられるようには思えなかったんだ」
「んー、そこまでコミュニケーション能力に難があるというわけではないよ?」
「違うな、俺みたいな人間に話しかけられるとは思わなかったんだ。ほら、四月頃の俺ってちょっと人を遠ざけていただろ?」
「あ、確かにちょっと怖かったかもしれない」
「だから尚更そう、な」
化け物とかではないけど僕はレアなモンスターを発見したような気持ちになった。
話しかければちゃんと対応をしてくれたから怖かったのは初見時だけだった。
大体、三日ぐらいが経過した頃に少し分かったから友達になってほしいと少し勇気を出して頼んだんだ。
ここまで続いたのは間違いなく彼のおかげだ。
だって結局、僕はまだ彼に対してなにもできていないから。
いやもう本当によくいてくれているよと言いたくなる。
「そろそろ始まるぞ」
「そうだね」
大規模というわけではないものの、毎年これを見なければ~ってやつだ。
すやすや寝ていた妹兼彼女様を起こして少し移動する。
最前線は無理でもある程度のところまで移動した方が綺麗に見える。
ただ、高いところに住んでいる人なんかはこれだけでもそこから楽しめそうだ。
「夢に俊介さんが出てきたんだけどさ、なんかいっぱい壁ドンしてきたんだ」
「してやろうか?」
「後で一回だけお願いします」
大きい花火は一年に一度ぐらいしか生で見られないからそちらに集中する。
やっぱりいいな、こうしてみんなで空を見上げる時間は。
夜にただこんなことをしていれば完全に怖い集団だけど、花火が打ち上がるのであれば話は全く変わってくるから。
彼女はもっと近くで見たいということで彼に肩車をしてもらっていた。
……地味に羨ましかった。
最後に父にしてもらったのは小学二年生のときだったからね。
「終わっちゃった……」
「長い方だろ、下ろすぞ」
「ありがとうございました」
で、すぐに帰ることはせずにゆっくりしていた僕らだったんだけど、
「あ、姉ちゃんに呼ばれたから帰るわ」
残念ながらそういうことになってしまった。
ちょっと帰りたかったところもあるのかもしれない。
お祭りにはほとんど行っていなかったみたいだから疲れた可能性もある。
付き合ってくれたことが嬉しかった、少しでも楽しめていたならもっといい。
「今日はありがとう、気をつけてね」
「おう」
「ありがとうございました」
「おうよ、じゃあな」
深鈴の方を見たらもうちょっといたいということだったので、ゆっくりしていくことにした。
父にも食べ物を買ってあるからある程度のところで帰らなければならないけどね。
「今日は嫌な感じを出していなかったよね?」
「大丈夫だよ、ま、深鈴はすやすや寝ていたけど」
「うっ、いやその……なんか寝られなくて」
お客さんが来てくれなければ開催する意味もないんだからそうして楽しみにしてくれている存在がいてくれて嬉しいだろう。
僕だってテンションが上がったぐらいだから別に責められるようなことではない。
このお祭りのせいでかなり被害に遭っているとかならともかくとして、それ以外で冷たく言ってくる人間がいたら逆張りか性格がアレなだけだから気にしなくていい。
「満足できた?」
「うん、楽しかった」
「それならよかった、また来年もこうして来られるといいね」
「小学生の頃からずっとしていることだもんね」
「うん、だからってのもあるかな」
俊介は来年……付き合ってくれるだろうか?
どんな感じなのかを把握したことでもういいやとなる可能性もある。
彼女だって高校生になるわけだし、誘われることもあるかもしれない。
もしそうなったら間違いなくそっちを優先してくれと言うだろうから……。
「そろそろ帰ろっか、お父さんにご飯を食べてもらなきゃいけないから」
「そうだね、帰ろう」
よかった、キスをしたいとか言いださなくて。
いまはとにかくお祭りの余韻に浸りたいということなんだろう。
そんなことをしてしまったらせっかく楽しかったのに水を差すことになるから。
丁度鍵を開けて中に入ろうとしたときに父が帰ってきたから一緒に入った。
あんなことがあった後も普通に仲のいい家族をやれているから幸せだと言える。
なんて、ただ父が我慢してくれているだけなのを忘れちゃいけないよね。
「お父さんはい! これ食べてよ」
「ありがとな」
父は外で食べてきたりは全くしない。
あ、そりゃ会社で集まることがあったら付き合うものの、お酒を飲むということは絶対にしていなかった。
「そうか、祭りか」
「僕らが小さい頃にしか一緒に行けなかったよね」
「だな、そう考えると……少し寂しいな」
あれだって相当無理して合わせてくれただけだ。
僕はともかく深鈴の方はもうずっと泣いていたぐらいだったからね。
でも、大切な人が亡くなればそうなるのは当然なんだ。
僕がそうじゃなかったのは薄情だからというわけではなくて、深鈴と父のために頑張らなければならないって考えたからだった。
それまではちょっとしか手伝っていなかったからかなり辛かったけど、父や深鈴が褒めてくれるだけでかなり楽になったときのことをいまでも鮮明に思い出せる。
「来年はお父さんとも行きたいな」
「よし、じゃあそのときは早めに帰らせてもらうかな」
「うん、楽しみにしているね」
「おう、だからそれまではいつも通り頑張りますわ」
「頑張ってっ、私も頑張るからっ」
最悪、他の子とは仲良くなれなくなってもいいから家族としてはこのまま仲がいいままでずっといたかった。
とにかく僕にできることは家事をして少しでも負担を減らすことだ。
深鈴もこれからいっぱい勉強をしなければならなくなるわけだし、そっちの役にも立ちたい。
でも、不安になる必要はない。
こっちがそんな感じになってしまったら間違いなく悪影響を与えてしまうから。
なので、これまで通り自分らしく生きていこうと決めた。
そう考えたら全く難しいことではないから気が楽だと言えた。
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