07話.[やらないと損だ]

「こ、混んでますなあ」


 彼女が言うように施設には沢山の人が来ていた。

 どちらかと言えば子どもだけで来ているグループの方が多いかなと。


「こ、ここで水着を着るんだよね」

「うん、そのために買ったわけだからね」


 あの後は何度も家で着用していたものの、流石に人の多さを前に圧倒されてしまったというところかもしれない。

 とにかく、留まっていても仕方がないから入場料を払って更衣室に向かう。


「うわ、いい筋肉だねえ」

「まあな、部活が終わってからも鍛えているからこんなもんだな」


 対する僕の太っているわけではないけど筋肉質ではないこのお腹……。

 まあいい、僕のここをじろじろ見るような人間はいない。

 一緒に来た仲間と楽しい施設で楽しもうとしているだけなんだから。

 ちなみに男の子側としては来場している女の子の――これ以上はやめておこう。


「行くか」

「そうだね」


 ここでずっと過ごすのは嫌だった。

 お金だって払っているんだから楽しまなければ損だ。

 今日は彼と妹と僕だけとなっているから普通にしていればまず楽しめる。


「お、お兄ちゃん」

「お、いいね」

「深鈴らしい感じがするよ」

「あ、ありがとうございます」


 夏とはいえしっかり準備運動をしてから入――ろうとしたらそのタイミングでまたベタな感じになってしまった。

 いやでも、なにもそのタイミングで休憩時間にならなくてもと考えてしまう。

 ちなみに彼女はそのせいで余計に縮こまってしまっていた。


「ちょっ、そんなにくっつかれるとやばいんだけど……」

「……でも、恥ずかしいから」

「それなら大きくて盾性能が高そうな俊介にしなよ」


 が、結局休憩時間が終わるまでずっとそのままだった。

 なので、プールの中に入れたのはよかったとしか言いようがない。

 なんでこの子ってこうなんだろうね、誘惑でもしたいのかな?

 まだ計算でしてくれていた方が遥かにマシだと言えた。


「可愛くてよく似合っているから大丈夫だよ、それでも不安なら手でも握っておいてあげようか?」


 また、僕が嫌ならここには彼もいてくれるからと言っておく。

 注目を集めてしまうという意味では僕にしておいた方がいいかもしれないけど、そこはまあ彼女次第だからこちらは歩きつつ待つしかない。

 それにね、異性に抱きついていたりなんかしたらそれこそ目立つというものだ。

 あとはそのままでいるとせっかくのプールも楽しめなくなってしまうぞ。


「……お兄ちゃんがそう言ってくれるなら堂々といる、楽しむ」

「うん、その方がいいよ」


 正直、ここで気にしなければならないのはナンパの存在ではなく子どもだった。

 何故なら彼ら、彼女らは、


「きゃっ」


 こうしてぶつかっても全く気にせずに突破していくからだ。

 浮き輪なんかでも気にせずに突撃してくるから痛くて仕方がない。

 それにたまに潜って抜こうとするから前後左右に加えて下も気にしなければならなくなってくるからだ。

 だからもしエロガキ的な存在がいたら防ぎようがないというのが正直なところだったと、むっつり男が考えているわけ。


「元気なのはいいが多少は気にしてほしいな」

「うん、同行者が女の子なら尚更のことだよ」

「よし、ここは深鈴を挟むか」


 横方向に並ぶと迷惑がかかるからRPGみたいな歩き方になった。

 彼が先頭で僕が殿――って、これじゃあ意味がない気がする。

 僕があの攻撃を上手く防げるわけがない。

 あとは単純に彼女の背中とかが目の毒だった。


「しゅ、俊介、やっぱり交代してくれない?」

「ん? まあいいけど」


 ごめんよ深鈴、流石に後ろを歩き続けることは無理なんだ。

 単純に絵面的にもやばかったからあのままだ続けていたらどうなっていたのか、監視員の人にお世話になっていたかもしれない。

 無計画に突っ込んでくる子どもから守るためにあれをしていたというのに、僕がそうなってしまったら意味のない話になってしまうからこれでいいんだ。


「つかもう悠木が深鈴を背負えばよくないか?」

「あ、それがいいかも」


 えぇ、これもう絶対に分かっていてやっているだろ……。

 彼女もまたどうしてそこでいいかもとなってしまうのか……。

 で、結局おんぶしながら歩くことになってしまったわけだけど、やばい。


「お、重くない?」

「うん、それは全然問題ないよ」


 色々なところが柔らかすぎる。

 特に背中に感じるふたつのそれにはどうしても意識が向いてしまう。

 分かっているのか、分かっていないのか、それが分からなかった。

 でも、幸いそれにもすぐに慣れてその後はすぐに楽しんでいた。

 横を見れば格好いい体をした彼が歩いていてくれたからかもしれない。


「好きだな」

「流れるプールが? ほとんど歩いていないが」

「そうですね、やっぱりプールは冷たくて気持ちがいいです」


 重いわけではないけどこれで鍛えさせてもらおう。

 運動不足感は否めなかったわけだし、本当に丁度いい。

 それにここなら楽しみながら鍛えることができるというのがよかった。


「お兄ちゃん、歩くから下ろして」

「分かった」


 が、すぐにできなくなってしまったから代わりに俊介を持ち上げておくことに。


「お、重い……」

「無理するなよ、筋肉痛になるぞ」

「いや、頑張って一周は歩くよ」


 少しぐらいは男らしいところを彼女に見てほしい。

 いつも情けないところしか見られていないからこういうときに頑張るしかない。

 とにかく、そんな感じで無事に一周運び終えた。


「ぼ、僕はもう休憩っ」

「だってさ、深鈴はどうする?」

「俊介さんはどうしたいですか?」

「俺はどっちでもいい、ただ、ひとりで歩きたくはないな」

「ふふ、それなら少し早いですけど休憩にしましょうか」


 結局気を遣わせてしまっている時点で無意味な頑張りだった。

 情けない、このままでは一緒にいてもらえなくなってしまうぞ。

 どうにかして少しだけでも格好いいと言ってもらえるようなことはできないものかと探して、そんなことをしても逆効果になるだけだと諦めた。

 しかも今日は楽しむためにここに来ているんだ、空気を読めないようなことはしたくない。


「ちょっと飲み物でも買ってくるわ」

「それなら私も行きます、お兄ちゃんに迷惑をかけてしまいましたから」

「いや、そのよぼよぼ悠木といてやってくれ」


 彼を持ち上げてからだと相当軽いとよく分かった日だった。

 出るところが出ていて、へこんでいなければならないところはへこんでいて、少し筋肉質なのに軽いってすごいな。

 それでいて柔らかさの塊だったからそりゃ彼氏彼女の関係だったら抱きしめたくなるよなあ。


「深鈴、もう大丈夫?」

「うん、もうちゃんと楽しめるよ」

「それならよかった」


 これで理性がやばくなるということもない。

 俊介もすぐに飲み物を持って戻ってきてくれたし、これからは楽しむために集中すればそれでよかった。

 波のプールとかウォータースライダーとかあるからそっちに行ってもいいかもね。


「深鈴、ちょっと付き合ってくれ」

「分かりました」


 少し不安そうな顔でこちらを見てきていたものの、僕が大丈夫だと言ったら頷いてから彼と歩いていった。

 僕は次の休憩時間が終わったタイミングで再度入ろうと思う。

 でも、ここだとなんだか少し冷えるな。

 普段は生ぬるい風なのにこういうときに限ってどうしてこうなんだろう、って、そりゃ濡れているからだとツッコまれそうだった。


「ただいま」

「あれ、俊介は?」

「波のプールの方で待っているんだって」

「はははっ、そうなんだ」


 ちゃぷちゃぷしていたら可愛いなそれ。

 んー、ここでずっと休憩していてももったいないから彼女とまた歩こうと決めた。


「お兄ちゃん、ふたりきりになりたい」

「え、それはいますぐにじゃないと嫌なの?」

「ううん、でも、ある程度の時間まででいいから……」

「分かった、そもそも閉園までいるとか不可能だからね」


 とにかくそれまではお互いに楽しもうと言っておく。

 一緒に来ているわけだからもちろん俊介といることもちゃんとする。

 仲間外れにしてはいけない、自分がされたくないからそこだけはしっかり守る。


「あー、もしかして俺、邪魔か?」

「そんなことないよ、だから気にしなくていいよ」

「そうか、それならいいんだが」


 少し寂しそうな顔をしていたから水をかけておいた。

 そうしたら「はは、そこまで構ってほしいわけじゃないぞ」と笑われてしまった。

 今日は深鈴が積極的に話しかけるということをしてくれないから見ているだけにする、ということができないでいる。

 もう完全に意識は違う方にいってしまっているんだろうな……。


「勘違いしないでね、僕は俊介とだっていたいと思っているんだから」

「ああ、それは顔を見れば分かる。ただ、あのお嬢さんは違うようでな」

「そんなことないですよ」

「本当かよ……」


 絶対に仲間外れにはしない。

 言うことを聞いてくれているからいいけど、もし自由に振る舞うようだったら流石に注意をしているところだった。

 まあ、そういうことをする子ではないからしなくて済むのはいいことだ。


「でも、今日はこれで解散にしよう、流石にこのままではいられねえよ」

「俊介……」

「で、今度からは悠木とふたりきりで過ごすから気にするな」

「その場合はちゃんと優先するから」

「おう、それでいいからさ」


 拭いて着替えて帰ることにした。

 彼をきちんと家まで送ってからふたり帰路に就いた。

 で、家に着いた瞬間にがばっときて玄関のところで押し倒された。


「もう我慢できないの」

「せめて部屋じゃ駄目だったの?」

「部屋だと警戒されそうだったから」


 なにかを答える前にリビングから出てきた父が「説明してもらおうか?」と。

 逃げることは不可能だから大人しく全てを吐いた。


「なるほどな、でも、だからって妹じゃなくてもいいだろ?」

「好きなんだ、そう言われても変わらないよ」


 これから堂々と一緒にいるためにもこれはどっちにしろ必要なことだった。

 たまたま今日早く帰ってきてくれていてよかったと思う。

 まあ、この感じだとどうなるのかなんて容易に想像できるけど。


「深鈴は?」

「私もお兄ちゃんが好きなの、他の子とか考えられないの」

「そうか……」


 少なくとも彼女だけが叱られるようなことには絶対にしない。

 いや、この調子なら自然と僕だけに絞ってくれるはずだ。

 僕にならいくらでも怒っていいから深鈴にだけは怒ってほしくない。

 この子は男しかいない家庭環境の中で歪まずにいい子のままでいてくれたんだ。


「本当に好きなんだな?」

「「うん」」


 父は別の方を向いてから頭を掻きつつ「寝る、せっかく早く帰れたんだからな」と言ってリビングから出ていった。

 僕達は数秒の間お互いに無言の状態で見つめ合っていたものの、やがて深鈴の方が泣き出してしまったから抱きしめておいた。

 前に言った問題というのは求められたら絶対に受け入れるつもりでいた自分だ。

 でも、彼女を悲しませることの方が嫌だからこれでよかったのかもしれない。


「深鈴、大丈夫だから、僕なら側にいるよ」


 彼女にとっては視野を自ら狭めているだけだから本当なら止めなければならない。

 間違いなく外で他の魅力的な子と出会って恋をした方がよかった。

 だけど、こうなったんだからそんな話をしても仕方がないよと片付けようとする自分もいるからどうしようもなくなる。


「……好きなの」

「うん、それはよく伝わってきたよ」


 彼女はこちらをぎゅっと強く抱きしめ返してきた。

 流石運動部と褒めるべきか力が強くて少しうっとなったけど言うことはせず。

 それから三十分ぐらいはそんなことを続けていたのだった。




「やっぱり女子がいると駄目になるな」


 決めつけてしまうのは駄目な気がする。

 仮に言うなら、恋をしている男女がいると駄目だ、だ。

 自然と優先順位が変わってしまうからというのもある。


「でも、悠木はちゃんとこっちも優先してくれるから許してやる」

「深鈴も許してあげて」

「ああ、一対一なら全く問題ないからな」


 ちなみに今日はあの子と遊びに行っているため深鈴は家にいない。

 まあ、遊びに行っていなくても僕は彼の家にいるわけだから一緒にはいられなかったけど。

 自分がされたくないことをしないと決めているつもりなので、これでよかった。

 そもそも恋人同士とは言っても毎時間一緒にいるわけではないだろうしね。


「なんかさ、悠木達を見ていたら少し羨ましくなったんだ、どうしてくれる」

「え、あ、だから恋をしてみたいって思ったんだよね?」

「まあ……多少ぐらいはな」


 彼に近づこうとしている女の子がどれぐらいいるのかは分からない。

 ただ、意識を変えたときにどうなるのか、なんて分かりきっていることではないだろうか。

 何故なら僕とは違うから。

 同性には少し厳しいところ以外は分かりやすい欠点がないわけだし、後は彼次第だと言える。


「夏休みが終わったら探すかな」

「おお、これまでの俊介っぽくないね」

「だから悠木のせいなんだよ」

「ちょいちょい、なんか僕だけのせいになっているんだけど……」


 ……わがままを言わせてもらうと、家に帰るまでは一緒にいたかった。

 が、この様子だと探すために一生懸命になるだろうから難しそうだ。

 でも、それは仕方がないことだ。

 自分にあるように彼にだってしたいことがあるからだ。

 だから、今度こそ来てくれたら対応するレベルになってしまうのは我慢するしかなかった。


「いやー、シスコンレベルだと思ったんだけどなー」

「ん? あ、もしかして……」

「凄えよな、親に向かって血の繋がった妹のことが好きなんだとかはっきり言えるんだからな」


 あれは必要なことだったんだ、後悔なんかしていない。

 結果的に見ることになってしまったけど、深鈴の泣き顔を見なくて済むならなんでもするつもりでいる。

 なんと言われても深鈴がやめようと言うまではいまの関係のままでいる。


「そ、そういえば俊介は知っていたの?」

「ああ、何回も相談されていたからな」

「ごめん、それなのに深鈴の相手として~みたいな話をしてしまって」

「そもそも俺は深鈴をそういう目で見たことは一度もなかったからな。あ、勘違いするなよ? 魅力がないとかそういうことじゃないんだ」


 彼は笑ってから「出会った時点でもう無理な感じだったんだよ」と答えてくれた。

 そういえばいつから好きでいてくれていたんだろうか?

 別に小さい頃に好きとか結婚したいとか言ってきていたわけではなかった。

 一緒にいたのはいたけど、あくまで普通の兄妹として一緒に学校に通ったりしていただけだ。

 家事をしていただけで惚れるわけではないだろうし……。


「寧ろもどかしかったぐらいだ、お兄ちゃんの方は無自覚で深鈴にいいことばかりするからな」

「いいこと……なにかできてた?」

「深鈴には悠木の取った色々な行動が効果的だったんじゃないか?」


 そうか、結局本人じゃないんだから考えても分からないということか。

 細かいことはいい、好きだと言ってくれたんだからそれを信じて近くに存在していればいい。

 どうしても考え出すと悪い方に傾きがちになるからちょっと雑なぐらいでいい。


「とにかく、俺の相手もちゃんとしろよ」

「うん、あの学校で唯一の友達だからね」

「あとは……あ、深鈴を不安な気持ちにさせないよう頑張れ」

「ありがとう、頑張るよ」


 どうなるのかなんて分からない。

 一年後どころか一ヶ月後にはなにもかもが変わっているかもしれない。

 だけど、いまはとにかく目の前のことに集中するしかない。

 そんな先のことばかり考えていたら目の前のことが疎かになってしまうから。


「課題でもやるか」

「そうだね。せっかく持ってきたし、こうして集まっているのならやらないと損だ」


 やらなければならないことは確かにあるんだ。

 それに集中しておけば勝手に時間は経過してくれるから焦る必要はなかった。

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