05話.[寂しくなるかも]
「梅雨の終わりだー!」
元気いっぱい少女に戻ってくれて嬉しかった。
いやでも、六月は本当に雨が降っていた、ということ以外本当に特になかった。
「お兄ちゃん、今週の日曜日に水着を買いに行きたいなって」
「俊介君を誘ったらどう?」
俊介君の方が間違いなくセンスがある。
これどう? と聞かれたときに深鈴は○○と的確なアドバイスができるはずだ。
僕はなんでも似合っている、可愛いとしか言えないから駄目だった。
だって彼女が着たら余程ださいものでもない限り似合っているし……。
「なんでですか」
「センスがいいからです」
「別にそういうのを求めているわけではないんです」
「まあ、僕でいいなら付いていくけどさ」
それなら日曜日は予定を空けておこう。
最近も行ったけどお昼ご飯も外で食べたらもっといいかもしれない。
たまには兄妹でのんびり過ごすというのもいいだろう。
「ぐでーん」
「危ないよ」
「なんか甘えたくなるんだよね」
こういうのもいつまでしてくれるのかな。
もう中学三年生だから割とすぐに変わってしまいそうだ。
そうなったときに態度に出さずにいられるのかどうかが少し不安だった。
一番最悪なのはその場の空気を悪くすることだと思う。
なので、そうなったときに発散できるような趣味とかをいまから探しておく必要があった。
「そういえば最近、なんか泉ちゃんがおかしいんだ。話している際にいきなりちょっと固まったりしちゃってさ」
「暑いのが苦手なんじゃない?」
「うーん、私といるときだけ発症するから私が嫌われているんじゃないかって不安になるんだよねー」
なんとなくあの子がその『泉ちゃん』なのかもしれないと想像していた。
俊介君のことを知っているという情報でそう判断したわけだけど、どうだろうか?
ただまあ、格好いい子なら中学生だろうが気にすると思うから他の子の可能性もあるんだ。
だから変なことを言ったりはしない。
もし人違いだった場合にはだいぶやべー奴になるから。
「ちなみに、お兄ちゃんのことを話すとそうなるんだよ」
……うん、これは人違いではなさそうだ。
家ではお兄ちゃん呼びをしているのに外では君付けで呼んでいるということを分かっているからこその反応だ。
多分、それを聞く度に笑いそうになっているんだと思う。
「ねえ、裏でこそこそ中学生の女の子と会っている、とかないよね?」
「ないよ、そんなことをしていたらいま頃通報されているよ」
あれからもう遭遇することもないからこれからもずっとそうだ。
所詮、それぐらいの感じだから勘違いしないでほしかった。
が、俊介君が連れてきたりするとそれはそれでやばい展開になるからそうはならないでほしいと願っていることしかできない。
多分ではなく、間違いなく嘘をついたということで怒られてしまうからだ。
「ねえ、会っているならちゃんと会っているって言ってほしいな」
「ちょっと待って、なんで僕が悪いことをしているみたいな流れになっているの」
一瞬、俊介君に聞いてみなよと言いたくなったけど我慢した。
絶対にそのまま吐かれてこちらが不仲になってしまう。
同性にはあんまり優しくできないのがあの子だからね。
「俊介さんに聞いてくるね」
よし、降参しよう。
二回だけ会ったことがあると大人しく吐いた。
意外にも彼女は怒ることはなく、それどころか優しい目でこちらを見てきたぐらいだった。
あ、今度は妄想だと思われているのかもしれないと気づいたのはそれから一時間後のことだ。
「別に隠す必要はないだろ」
「だよね……」
変に隠せばダメージが大きくなるということを僕は忘れていたんだ。
怒られたくないはずなのに怒られるために行動していたみたいな感じになってしまった。
馬鹿だった、流石に救いようがないとまでは言うつもりはないけど馬鹿だ。
「君と違って多少話したことがあるというだけで問題になりかねないんだよ」
「おい待て、俺が頻繁に会っているような言い方をするな」
「でも、会っていたんじゃないんですか?」
「自己紹介をされたときから会ってないぞ」
まあ、会っていようがどうでもいい。
僕にはもう関係ないことだし、遭遇したりしなければ危ういことにもならない。
妹に冷たい顔をされることもないんだからこれからもそのままでよかった。
「それよりも深鈴から変なメッセージが送られてきたぞ」
「ああ、多分お兄ちゃんのことを可哀想だと感じたんだろうね」
「隠したりするからだ」
それ、これからはもうしないさ。
家族にだけは嘘を嘘で上書きしてはならない。
家族以外の子に嫌われてもそれは仕方がないで片付けられるけど、相手が家族であればずっと引きずることになってしまうから。
「いまから行ってもいい?」
「俺の家にか? 別にいいけど」
食事も入浴も終えた状態だから暇だったんだ。
妹も部屋に引きこもってしまったから今日のお喋りタイムも期待できない以上、彼を頼るしかないというところだった。
それに梅雨が終わったからというのもある。
傘をささないで自由に歩けるというのは本当にいいことだ。
「よう」
「外にいなくてもよかったのに」
「歩くつもりだったからな、行こうぜ」
いやでも、厳しいだけじゃないよね。
そうでもなければこうして夜に相手をしてくれるわけがない。
じゃあ学校でのあれはなんなんだろう?
僕に対してツンデレを発動! なんてするわけもないだろうし……。
「深鈴って可愛いよな」
「え? うん、そうだけどなんで急に?」
「自分が明るい方の人間ではないから時々眩しく感じるんだよ」
おいおい、それ以下の僕に対する嫌味かな?
でも、本当にそういう風に考えていそうだから嫌だった。
多分、ここで悪く捉えてしまうあたりが僕という人間を表している。
「それに他人に優しくできる存在だろ? だから俺も真似をしたいと考えていてな」
「え、女の子にだけは十分優しいでしょ」
「おい待て、まるで同性か異性かで態度を変えているみたいな言い方をするなよ」
えぇ、自覚していなかったのか……。
あれか、僕でも女の子が近くにいると格好つけたくなるときがあるから、それは陽キャイケメンにとっても変わらないということか。
いや違う、格好つけようとしなくたって格好いいんだ。
「だったら深鈴ともっと一緒にいてみたらどうかな、本物を見ていれば上手く真似をできるかもしれないでしょ?」
「まあ、そうだな」
それでも日曜のことは言わないようにしておいた。
あの子が彼と行きたいのであればそのときに連絡するだろうから。
変に動いたりすると彼が離れていきかねないから気をつけなければならない。
まあ、僕と友達ではなくなっても妹とは仲良くできるんだから気にしないだろうけども。
「深鈴は上手に甘えられるよね」
「ふっ、悠木ができなかったことだな」
「そうだね、友達もそんなにいなかったし、僕はお兄ちゃんだったからね」
父がいないときは僕が父として頑張る必要があったんだ。
多分、そういう頑張りも見てくれていたんだと思う。
だからこそ妹はいまもずっといてくれているわけ、かなと想像している。
「僕は深鈴がお姉ちゃんだったらよかったのにって考えるときはあるよ、たまには思い切り誰かに甘えたいんだよ」
「別に妹だろうが甘えればいいだろ」
「そんなのできないよ」
仮に姉がいたとしても甘えられたのは小学生時代までだからあんまり変わらないけどね。
絶対に変わったりすることがない以上、本当は考えても意味がないことなんだ。
でも、想像ぐらいは自由だから~と自分に甘い自分がいる。
なので、止める、考える、止める、考えるという繰り返しだった。
「ほい」
「え? スマホを渡してどうするの?」
「通話中だ」
触れてみたらどうやら妹と通話中だったということに気づく。
なんでこんなことを? という顔で見てみたら違う方を向かれてしまった。
まあいい、あともうちょっとしたら帰るということを伝えておいた。
「……なんで私も誘ってくれなかったの?」
「部屋にこもっちゃったからさ」
「今度は誘ってね」
「うん、大丈夫だよ」
歩きながら話して、そこそこのところでUターンして彼の家まで戻ってきた。
「いつもありがとう、君は厳しいだけじゃないから一緒にいたくなるよ」
「厳しくなんかないだろ。ま、じゃあな」
「うん、また明日ね」
帰宅したら部屋に寄ってくれと言われていたからノックをする。
そうしたら「入っていいよ」と声が聞こえてきたからゆっくり扉を開けた。
今日も今日とてベッドでぐでーんとなっている妹様。
「ただいま」
「おかえり」
こうして一緒に過ごす度にいつまでも続けたいと考えてしまう。
妹が離れようとしないのは僕のせいなのかもしれない。
が、そう気づいても行動できないのが自分に甘い僕みたいな人間だった。
日曜日。
混んでも嫌だったからそこそこ早い時間に家を出た。
水着だけを扱っているお店なんか知らないから目的地は商業施設だ。
あそこなら色々な物を扱っているから歩くのが疲れるだけで困ることはほとんどないだろう。
「そういえば気になっていたんだけどさ、学校の水着じゃ駄目なの?」
あ、駄目みたいだ、なんだこいつ……という顔をしている。
でも、正直に言うと露出が増えるわけだから兄としてはうーんという感じだ。
せめてお腹とかが隠れるような水着を選んでくれればいいんだけどなあ。
「はぁ、それはないよお兄ちゃん」
「けど、ナンパとかされちゃうかもしれないんだよ?」
「な、ナンパ!? ぷっ、あははっ、そんなの私がされるわけないじゃん!」
「されるよ、そうでなくても水着姿ならね」
「だったらお兄ちゃんと俊介さんが守ってくれればいいでしょ?」
トイレに行った際に~とか、お金を取りに行った際に~とか、僕達がずっと一緒にいられるわけではないんだぞ。
なんで女の子のはずなのにそういうところは無警戒なんだろうか。
普通は自分の方から自衛しそうなものだけど……。
「はい、着きましたよ」
「うん、じゃあ見よっか」
が、なかなかに女の子用の水着売り場のところは目のやり場に困った。
彼女が「これどう?」と当てて聞いてくる度に着用しているところを想像して駄目になりそうだった。
妹が相手だって関係ない、健康的な肉体を想像するだけでこうなる。
「白色と黒色、どっちがいいかな?」
「敢えて黒もいいかも、深鈴は肌が白いからね」
屋内で活動する運動部でもたまに外に出るというのに白いままだった。
だからもしかしたら日焼け止めなんかを塗るのが甘かった場合は真っ赤になるかもしれないからちゃんとしてねと言っておく。
それこそ女の子の友達がいてくれたら塗ってもらうように頼むんだけどね。
自分が遠ざけたわけだから流石にそんなことは言えなかった。
「やっぱりお腹は出したいの?」
「んー、特別こだわっているわけではないけど、やっぱりこういうタイプがいいかなって」
自分が着用するというわけでもないし、なにかを言ったところで変わるわけではないから黙っておくことにする。
大体、不特定多数の人間に見られたいわけじゃないんだ。
気に入った人間にだけ見てもらえればそれで十分で。
だからそこを勘違いしてはいけない。
「一応試着してからにするけどこれにするよ」
「そっか」
「だからソファにでも座って待ってて」
「うん、分かった」
商業施設だからこその待ち方ってやつだろう。
外だと特定の場所にしかベンチがないとかが普通だからね。
ちょっと精神力が削られていたからそう言ってくれたのはありがたかった。
「あ、こんにちは」
「こんにちは、なんか久しぶりだね」
「そうですね」
妹が戻ってくる前にどこかに行ってしまったら延々に分からないまま終わるかもしれない。
なので、少しだけ早く戻ってきてほしいと考えている自分がいる。
あの優しい目で見られるのはなんか微妙なんだ。
「今日さ、深鈴と一緒に来ているんだ」
「そうなんですか?」
「うん、もうすぐ来るから待っていてくれないかな」
「分かりました」
って、信じてしまうのか……。
信じるのは俊介君みたいな人間だけにしておいた方がいい。
別になにかをするつもりはないものの、やはり少し不安になる子だった。
それこそ学校ではずっと妹と一緒にいてほしいと考えてしまうぐらいには不安だ。
「お待たせー――って」
「おかえり」
「うん、じゃなくて! なんでお兄ちゃんが泉ちゃんと一緒にいるのっ?」
頼んだからだと大人しく吐いておく。
隠したところで本人から聞けば一発だし、自分のためにもならない。
それにリスキーなことをしたのは確かだけど、別に犯罪に該当する行為をしたというわけではないからだ。
「へえ、学校を見ていたときに話しかけたんだ」
「はい、少し気になったので」
「って、中学校をじろじろ見ている不審者お兄ちゃんが気にならないわけがないよ」
この子で本当によかったと思う、違う子だったらどうなっていたのか分からないからだ。
ただ、前にも言ったようにあのときは高校の制服を着ていたわけで、特別問題視もされなかったのかもしれないけどね。
「それよりいいんですか?」
「なにがー?」
「だって、いつもは悠木――」
「大丈夫だよー」
物凄く完璧な笑顔だった。
この子の発言を遮っていなければ本当に問題がないんだと分かった。
でも、相手の口を手で押さえてしまったら全然大丈夫なようには見えないからやめた方がいいかなと。
「深鈴、それはもう知っているから隠す必要はないよ」
「えぇ、なんでぇ……」
「ごめん、僕が無理やりこの子から聞いちゃったんだ」
「そんなの聞いてもどうしようもないじゃんか……」
「はは、どんな風に呼ばれているのか不安になってね」
いやでも実際にそれはずっと気になっていることではあった。
家では「お兄ちゃん」と可愛く呼んでくれていても、学校では「あいつ」とか言っている可能性はやっぱりゼロではないから。
結局、妹ならしないとかそういうのは願望でしかないんだ。
「それでどうして名前呼びなの?」
「……お兄ちゃんって呼んでたら恥ずかしいとか言われたから」
そういうことか、ありがちなことだな。
母親と仲良くしていたらマザコンとか言われるのと同じだ。
自分ができていないからって勝手に=として考えるのはどうかしている。
間違いなく仲良くできていた方がいいのに思春期とかになるとなんでそうなっちゃうのかが分からなかった。
友達に合わせなければ笑われてしまうからか?
でも、それでお世話になっている人を悪く言うのはどうかしているよ。
「私は全く恥ずかしいことではないと思います」
「泉ちゃん……」
「でも、お名前で呼んでいるときも自然な感じだったですけどね」
「なんか男の子の友達が増えたみたいで新鮮だったんだよね」
僕的にはあいつとかじゃなければ自由にしてくれればよかった。
いや、仮にあいつとか言っていたとしても違うところでやってくれれば別に構わないか。
嫌われるようなことをしているつもりはないけど、だからって、好かれるようなことばかりができているというわけではないからだ。
「あ、お兄ちゃんがごめんね、なにか用があったんだよね?」
「いえ、ゆっくり見ていただけでしたから」
「そうなんだ? じゃあちょっと一緒に見て回ろ?」
「分かりました」
こうして友達といるところを見られるのは三年生ぶりだから安心した。
ひとりとだけでもいい、楽しく仲良くやっていてほしかった。
そのうえで僕らのところに来てくれたら完璧、というやつだ。
「もうすぐ部活も終わっちゃうんだよねー」
「勝てますよ」
「それはどうかな……」
そうか、七月になったということはつまりそういうことか。
強い部活動ではなかったら今月で終わってしまう。
そんなに焦る必要もないけど、切り替えていかなければならない。
部活大好き少女だったから活動しているところを見たら寂しくなるかもね。
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