04話.[陰キャと陽キャ]
六月になった。
今月が終われば本格的に暑くなるから少し心配になる。
水分補給を忘れたりはしないだろうし、いまどき禁止にする馬鹿な学校でもないだろうから大丈夫だろうけど……。
「次、移動教室だぞ、早く行こうぜ」
「あ、そういえばそうだったね、行こう」
あとは疲労回復に繋がりやすい物を食べてもらいたい。
とはいえあまりに暑く、そして疲れているとあっさりめの物が食べたくなるものだから難しいと言える。
でも、僕としてはしっかり食べてもらいたいという考えもあるから押し付けにならないように気をつけなければならなかった。
そういう意味でも夏というのは上手く戦わなければならない。
「夏ならなにが食べたい?」
「そうだな、冷たい蕎麦とかうどんだな」
「素麺とかもそうだよね」
とにかく、求めてきた物を作っていくしかないか。
無理やり食べさせようとしたら食欲自体が消えかねないから。
「起立、礼、着席」
授業が始まったから少しだけ切り替える。
ただ、今年はやっぱり去年までとは違うからテンションが上がっている。
間違いなく妹にとっていい夏になることだろう。
部活とか宿題とかそういうやつだけではなく、夏祭りとかそういう行事があるんだから。
そんなときに魅力的な年上の異性と~なんてことになったら一気に変わる可能性がある。
実は去年までずっと兄妹で夏祭りに行っていたから新鮮さが段違いだと思う。
あとはちょっと回避し始めた俊介君をどうやって誘うか、ということだ。
「悠木、なんか悪いことを考えているだろ」
賑やかなことをいいことに授業中でも小声で話しかけてきた。
夏祭りと言ったら「なんだそんなことか」と意外な反応を見せる。
最近はなんでもかんでも悪く考えがちな彼のことだ、それにすら拒絶反応を見せると思っていたから本当に驚いた。
「俺はあんまり行ったことがないから地味に助かるよ」
「そっか、じゃあよろしく」
ふふふ、後は妹次第だな。
今年になってから急に友達と行くとか言い出すことはないだろうし、実は不安もなかった。
まあ、仮にそうなってしまったら彼には悪いけど付き合ってもらうつもりだ。
だってお祭りには行きたい、けど、ひとりじゃやっぱり寂しいだろう。
とにかく授業も終わって教室に戻っている最中、彼は男の子に呼ばれて離れた。
運動能力が高いからずっと部活に誘われていることを知っているものの、彼の方が絶対に受け入れようとしないからやめればいいのにと思ってしまう。
「はぁ、疲れた」
「お疲れ様」
「ありがとな」
すぐに女の子の○○は可愛いとかそういう話になるから嫌みたいだ。
それこそ押し付けないでくれ、というやつだろうか?
彼は僕と違ってそういう経験値が高いだろうから余計なお世話と言いたいのかもしれない。
あとはやっぱり、女の子なら誰でもいいわけじゃないということだろう。
「悠木といるのが一番落ち着くよ、最近は変なことばかり考えているけど」
「変なことって言わないでよ、僕はあくまで深鈴のために行動しているだけだよ」
「俺のことはなんにも考えてくれないのかよ……」
「おいおいっ、その言い方じゃ深鈴に不満があるみたいじゃないかっ」
興味を抱かなくてもいいからそういうことだけは言わないでほしい。
大切な家族が悪く言われているところを見たくない、聞きたくない。
そうしたらなんか笑われてしまった。
「深鈴が大切なら余計なことはしてやるな」
「でもさ、俊介君が一番いい相手なんだよね」
「一緒にいるのは楽しいぞ? でも、それが深鈴のためになるとは限らないだろ」
これもまた妹のことを考えてくれているから、だよね。
もしこうして動いていることを知られたら気持ちが悪いと言われてしまう可能性がある――って、僕が一番妹のことを悪く考えてしまっているのかもしれなかった。
だってそういうことをしてくるって考えてしまっているわけだから……。
「両親は共働きだし、姉ちゃんは相変わらず忙しいからさ、夏休みは悠木の家で課題とかやっていいか?」
「うん、一緒にやろう、その方が絶対に早く終わるよ」
目標は七月中に課題を終わらせることだ。
が、毎年そうやって決めていても八月の最初ぐらいまで伸びてしまうから困っているというところだった。
なので、彼と一緒に集中的にやって今年こそ終わらせるんだ。
「あとはそうだな……あ、夏休みなんだから海とかプールに行ってもいいかもな」
「お、意外と楽しみにしているんですなあ」
「まあな、どうせうざくなるほど暑くなるだろうからさ」
僕としても本当にありがたいことだった。
同級生の友達がいてくれるというのは本当に大きい。
分からない問題とかだって聞くことができるんだ、これまでとは全く違う。
ただ、彼にとってのメリットがないというのが気になっているところだった。
妹に会わせてあげるからなんて言ったら自分で自分をぶっ飛ばしたくなる。
それが僕ができていることじゃないから他に考えないと……。
ある意味それは夏休みに向けての、僕にとっての大きい課題だった。
「今日も雨だあ!?」
一階に下りてくるなりずっとこの感じだった。
友達と遊ぶ約束でもしていたのかと聞いてみたらそうではなく、彼女にとって単純に雨というのは嫌みたいだ。
でも、昔は雨でも気にせずに明るかったのにどうしたんだろう?
「お兄ちゃんのせいなんだからね?」
「え? ああ、僕がいるとせっかくの休日も休めないということか」
そうかそうか、ちょっと寂しいけど仕方がない。
お金はあまり使いたくないから図書館にでも行こうかな。
たまには真面目に本を読むというのも悪くはないだろう。
「じゃ、行ってきま――ぶぇ」
なにか用があるとしても言葉で止めてほしかった。
腕を掴まれたままだから進むことも戻ることもできないままだ。
彼女はそうしたまま違う方を向いているだけ。
「……お兄ちゃんがこの前あんなことをするからだよ」
「雨の日のこと? だって風邪を引いてほしくなかったからさ」
あの後だって彼女は全く気にしていない感じでいつも通りだった。
家に着いてからもそう、ご飯の時間になってもそう、いつものお喋りタイムになっても全く変わらずに存在していたというのになんでだろう。
やっぱり中学校の近くでやったから見られてしまっていたんだろうか?
「あれのせいで……見ていた友達にからかわれたんだけど」
「兄なんだと説明しておけば終わるよ」
結局、出ていかなくていいみたいだから靴を脱いでリビングに戻る。
少し喉が乾いたから喉を潤してからソファに座った。
「座りなよ」
「うん……」
彼女は静かに少し離れたところに座った。
別に恥ずかしいことじゃないんだから気にしなくてもいいと思う。
手を繋いでいたりとか、抱きしめていたとかではないんだからさ。
それにどうせそんなことはすぐにどうでもよくなるだろうから待てばいい。
「あの日、深鈴がああやって言ってくれててよかったよ、そうじゃなかったら深鈴は濡れて帰ることになってしまったんだからね」
高校と違ってスマホを持ち込むこともできないので、連絡を受けて早めにお風呂を溜めておくということもできなかった。
びしょ濡れになっても風邪を引かないときは全く引かないから心配しすぎなのかもしれないけど、できればそういうことがない方がいいんだ。
「……晴れの日でも持って行くの?」
「うん、いつも入っているよ」
「面倒くさいからじゃなくて?」
「んー、そういうのもあるけどね」
天気予報が絶対に合っているというわけじゃない。
常に入れておいても重いわけじゃないから特に負担にもならない。
それどころか、急なそれにも対応できるんだからいいことばかりだった。
タオルもそう、急に濡れたりすることだってあるかもしれないから持っていないよりはいいことだった。
「あ、タオルは綺麗なやつだったからね?」
「え? あ、疑ってないよ」
「流石に使ったやつで深鈴の髪を拭くとかできないから」
陽キャイケメンだって貸すなら綺麗なタオルを貸すだろう。
ただまあ、同じ性別なのに意味が分からないぐらいいい匂いがする男の子というのも存在しているから、そっちはありなのかもしれないけど。
とにかく、僕にそんなことは関係ないからこれからも貸すとしたら綺麗なやつを貸していくというだけだった。
「まだどうなるのかは分からないけどさ、今年も深鈴と一緒に夏祭りに行けるみたいだからよかったよ。これまでは僕が無理やり付き合わせていたみたいなものだけど、今年は俊介君がいるから深鈴にとってもメリットがあっていいよね」
考えてみた結果、結局なにかを買ってそれを食べてもらうぐらいしか思いつかなかった。
自分にできることというのが限りなく少ないことに今回気づいた。
彼女にだってなにかができたとは言いづらいし……。
「俊介さんが一緒に行ってくれるんだ」
「うん、よかったでしょ?」
「そうだね」
僕しかいないときだとかなり静かになる。
だからつまり、抑えようとしていても俊介君といた場合はできないということなのかな。
帰ってしまった後なんかにはいつもなんで私は~ってなっていそうだった。
そういうことを吐いてくれたらいいんだけど、残念ながらそれをするつもりはないみたいだから結局なにもできないことになる。
「他の人はいないの? 例えばお兄ちゃんの女の子の友達とか」
「いないいないっ」
なんで急にそんなことを聞いてきたんだろう?
中学時代だって二年間は見てきたんだから分かっているはずなのにね。
嫌われもしないけど好かれることもない人間なのが岩本悠木という人間だった。
「私にはいるよ?」
「そりゃそうだろうね、僕としては友達と楽しそうにやってくれている深鈴の方がいいからそのままでいてよ」
ありえないけどひとりだったら自分のことじゃないのに悲しくなるから。
なので、これからも兄を泣かせないように彼女らしく頑張ってほしかった。
「岩本くんってさ、佐々木くんとどういう関係なの?」
「普通に友達だよ、四月から関わるようになっただけだけど」
わざわざ聞くまでもないことだった。
というか、普通は僕ではなく俊介君に聞くところではないだろうか?
見る人によっては、ひとりぼっちの子に話しかけてあげている佐々木君格好いい、となっている可能性すらある。
……ちょっと悪く考えすぎかな?
「悠木に興味があるのか? でも、シスコンだからやめた方がいいぞ」
ちょいちょい、なんか言い方に悪意があるぞ。
父と同じく妹も大切だと考えて行動しているだけだ。
それに興味なんか抱いているわけがないだろう。
もし抱いていたのなら間違いなく五月中には来ていただろうよ。
「妹を大切にできるというのはいいことだと思うよ?」
「まあ、それはその通りだな」
おお、例え興味がなくてもここでばっさり切り捨てないこの子の優しさが沁みる。
野郎だから仕方がないんだけど、彼はなんかこっちに冷たいときが多かった。
あれか、もう妹に近づくため利用する必要がなくなったからか。
連絡先も交換しているわけだから、簡単に呼び出せるから。
「私はただ気になっただけなんだ、ふたりはあんまり似ていないからさ」
「でも、相性は悪くないと思うよ、悪かったら彼はもう一緒にはいてくれていないと思うし」
「なるほど、意外と一方的って感じでもないんだね~」
確かにそう、頼んだり頼まれたりという感じだ。
ただまあ、やっぱり一緒にいてくれている、という見方もできるんだ。
それはつまり、なにかを我慢してまでこっちに来てくれているというわけで。
「僕的に彼が合わせてくれている感じが強いけどね」
「そんなことはないんじゃない? 勝手な偏見だけど、それこそ微妙な相手だったら合わせようとせずに佐々木くんは離れていくと思うよ」
ちらりと自分より大きい彼を見てみたら「余計なこと考えやがって」と少しだけ怖い顔をしていた。
いやでも、多少は謙虚でいなければならないんだ。
ここで僕がいてあげているんだ、なんて言ったらぶん殴られるし、そんなことを言う人間ではありたくない。
すぐに調子に乗ってしまうから気をつけておかないとまたひとりになってしまう。
誰かといられないのは嫌だから絶対にしないと決めているんだ。
「意外と岩本くんが攻めだったりしてね」
「せめ?」
「あ、こっちの話」
彼女は「教えてくれてありがとね~」と言いつつ歩いていった。
彼は意味が分かったのか「それはないだろ」と違う方を見て言っていた。
別になにもなければ責めたりしないけどな……。
「あ、七月ぐらいになったら落ち着くそうなんだ、だからそのとき家に来てくれ」
「分かった」
彼のお姉さんか、また会えるのは嬉しい。
女の子! って感じすぎないからそう緊張しなくて済む。
ちょっと失礼かもしれないけど、本当にそうなんだから仕方がないんだ。
「あと、覚悟しておけよ」
「覚悟? なんの?」
「ふっ、もうすぐ分かるさ」
そう言っていた割には全く分からなかった。
翌日も翌々日も、待っていたのに全くなにも起こらないまま終わった。
彼もたまにはよく分からないことを言って遊びたかったのかもしれないと片付けておいた。
「ばーん!」
部屋でゆっくりしていたら急に現れた彼女に手銃で撃たれた。
もしかしたらこれのことを言っていたのかもしれないと、疑ってしまったことを少しだけ反省する。
「さあ、なにがしたいのか言ってよ」
「え? あ、お喋りがしたいから来ただけだよ?」
「あ、いつものやつ?」
「そうそう」
やっぱり謝罪をする必要はないみたいだ。
それにしても、この時間を友達と話したりすることに使えばいいのにと毎回思う。
ゆっくり話せるのは普通に嬉しいことだけど、この時間を使ってできることがいっぱいあるからもったいないと言いたくなってしまうのだ。
自分だって時間を上手く使えているわけではないのにね。
「なんかさー、もう興味を持たれなくなっちゃったんだよねー」
「よかったね」
「そうだけどさー」
どうやら友達には彼氏がいるみたいだった。
で、なんの話をしていてもそこに繋げるから困っているらしい。
僕的にはそれはすごい才能だとしか思えない。
「あ゛~、
「いいね、ひとりでもそういう存在がいてくれれば」
「うん、静かで丁寧な子だからたまに申し訳なくなるけどね」
僕にとっては俊介君がそれに該当する。
残念ながら丁寧ではないものの、静かで優しいからまあ……というやつだ。
いやもう本当に僕にだけちょっと厳しいからたまに不公平だなって感じる。
いい反応をされたければもっとなにかしろよ、というやつかもしれない。
「早く夏にならないかなー、泉ちゃんを誘ってプールとかに行きたいよー」
「俊介君が楽しみにしているからこっちにも付き合ってね」
「え? みんなで行けばいいでしょ?」
「それはその子が緊張しちゃうでしょ」
「だって俊介さんのことを知っているから大丈夫だよ」
とはいえ、僕に水着姿は見られたくないだろう。
楽しみたかったけど行くのをやめる、と決めることも必要なのかもしれない。
その子が楽しめるように、彼女が楽しめるように、俊介君が楽しめるようにね。
うーん、だけど残念だなあ。
その子とは別のときにふたりだけで行くとかしてくれないかな……。
「僕はふたりと行きたかったけどね」
「私達だけがいいってこと?」
「うん、初対面の子がいると楽しめないし、その子だって楽しめないよ」
それかもしくは、俊介君とだけ行かせてしまうか、だ。
彼女がそれを嫌だと言うなら三人で行ってくればいい。
一年ぐらい海に行けなかったって死んだりしないんだから。
行かなくなる可能性の方が高いからこの話題は終わらせた。
これが陽キャと陰キャの違いなのかもしれなかった。
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