03話.[言ったりしない]

「ひょわああ!?」


 喉が乾いたから一階に移動したら変な声が聞こえてきてびくっとなった。

 だってリビングの電気だって点いていなかったからだ。

 リビングの電気が点いている状態だったのなら、ああ、深鈴がなにかをしているんだな、で片付けられるけどそうじゃないから。

 とにかく、驚かせないように声をかけつつリビングに入る。


「あ、お兄ちゃんか……」

「あれ、テレビを見ていたの?」

「うん、お父さんが怖い映画を借りてきてくれていたから見ていたんだ」


 明日は朝からお昼まで部活があるというのになにをしているのか。

 しかもその後は俊介君が泊まることになっているんだからそのときにその元気さを取っておいてほしい。

 それに怖い映画を見るなら一緒に見ればいいだろう。

 どさくさに紛れて抱きしめたところで特に違和感も抱かれない。

 過度にべたべたしなければ物理的接触も女の子なら有りだと思うんだ。


「さあほら、そろそろ寝ないとね」


 まあ、現在の時間はまだ二十二時というところなんだけど。


「嫌だっ、今日絶対に見るもんっ」

「じゃあせめて電気を点けて見なさい」

「それじゃあつまらないでしょっ」


 怖いのが苦手なくせによく言うよ。

 いまだって若干涙目になっていることがテレビの明かりで分かるんだから。

 残っていても仕方がないからさっさと水を飲んで上がろうとした自分。


「お兄ちゃんも一緒に見てえ!」


 あんまりうるさくすると明日も仕事がある父が可哀想だから従うことにした。

 僕はこういうのは苦手じゃないから全く気にならない。

 ただ、やっぱりテレビの光量のことを考えると目が辛かった。


「きゃー!」

「ちょいちょい、まだ始まったばかりだよ?」

「だ、だって……」


 怖いけど気になってしまうというやつか。

 こういうのは大きな音と急に振り返ったりするシーンだけを警戒しておけばいい。

 怖くはなくても唐突なそれにはびっくりすることもある。

 よく見ていて感じることは音量設定に失敗していて耳が痛くなるということかな。


「て、手っ、掴んでいてもいいっ?」

「それはいいけど」


 そこまでして見たいものなのか? という疑問。

 こういうのが苦手な人間からすれば数日ぐらいは確実に影響すると分かっているのにちょっとMなのかな?

 あとはやっぱりちょっともったいないという気持ちが強かった。

 これを俊介君とか気になる男の子にできればもっといいのに……。


「ぎゃ――」

「ん? え、あれ? おーい」


 こっちの手を握る強さも弱まり、何故かぐったりとしている妹。

 肩に触れて確認してみたらどうやら気絶してしまっているみたいだった。

 僕的には目が辛かったからこれ幸いとばかりに消してリビングをあとにする。


「はぁ、なにやっているんだか」


 ベッドに下ろして布団を掛けてからこれまたあとに――としようとしたときのことだった。


「……い、いて」

「流石にそれはできないよ」

「じゃ、じゃあお兄ちゃんのお部屋でいいからっ」

「いやだからどっちにしろ――ああもう……」


 仕方がないから一階から布団セットを持ってきて敷いた。

 転んだのを確認してから電気を消してベッドに自分も寝転がる。


「馬鹿なことをしないの」

「うぅ、……だってどうせ借りてきてくれたなら見ないと損だから」

「それで気絶していたら駄目でしょ、それに日曜日の朝までいてくれるんだから俊介君と一緒に見ればよかったでしょ?」


 数秒してからか細い声で「……恥ずかしいよ、そんなところ見られたくない」と。

 乙女なんだから分からなくもないけど、兄に見られるのもそれはそれで恥ずかしいと思う。

 まあいい、いまはとにかく寝てもらわなければならない。

 部活のときに怪我をしてほしくないのと、楽しく過ごしてほしいからからだ。


「……手」

「はい、ちゃんといるから」

「……おやすみなさい」

「おやすみ」


 結構高いからなかなか大変だ。

 多分こんなことをしたままだったら彼女も寝られない気がする。

 でも、話しかけたら意味がなくなるから頑張って寝た。


「深鈴、朝だよ」


 いやすごいなこれ、どうやったら手を握りながら寝られるんだろう。

 だって彼女の場合は腕を上げながら寝ることになったんだよ?

 これも部活で鍛えた賜物、というやつなのだろうか?


「んん……もうあさぁ?」

「うん、ご飯とか作るからさ」


 ふぅ、やっと解放された。

 そういうのは本当に好きな相手にだけしてほしい。

 まあ、心配しなくたってそう時間も経たない内にどこかに行っちゃうだろうけど。


「はい、いつものやつね」

「ありがとう」


 食べてもらっている間に父を起こしたり、これまたご飯を食べてもらっている間に洗濯物を干したりした。


「行ってきます」

「気をつけろよー」

「気をつけて」

「うん、行ってきます」


 寝不足というわけでもなさそうだったから安心できた。

 終えたら今度は父が出ていくところを見送ってリビングに戻ってきた。

 後はある程度の時間になったら俊介君を連れてくるだけでいいから気楽だ。

 お菓子とかジュースとかそういうのは常備してあるからわざわざ出る必要もない。


「ぐー……は!?」


 いや、僕こそ大事なときに寝てしまったらもったいないから寝ることにした。

 腕が引っ張られている状態で寝なくていいというのはかなり幸せなことだった。

 が、これがいけなかったのかもしれない。


「ちょっとお兄ちゃん!」


 目を開けて体を起こしたら何故か妹と俊介君が既に家にいた。

 数秒経過してから分かりやすくしまった! となったものの、もう遅い。

 彼女は物凄く冷たい顔でこっちを見てきている……。


「まあそう怒ってやるなよ、まだまだ時間はいっぱいあるだろうが」

「だって……お兄ちゃんが俊介さんを迎えに行く約束だったんですよね?」

「いいんだよ、どうせこの家に行くことには変わらないんだからな」


 彼が彼女の肩に手を置いただけで「……分かりました」とやめてくれた。

 なんにもしていないのに寝てしまったからお菓子を出したりとかは頑張った。

 終えた後はソファにではなく椅子に座って黙っていた。

 やっぱり自然に会話を始めてくれるふたりが好きだ。


「あ……、シャワーを浴びてきてもいいですか?」

「おう」

「い、行ってきます」


 うんうん、乙女として多少でも汗をかいてしまったらそうだよね。

 彼なら気にしないと言ってくれるだろうけど、やっぱり本人としては心から楽しめなくなるだろうから仕方がない。


「ごめんね」

「おいおい、深鈴の前でだけ格好つけるとか思っているのか?」

「いや、約束を破ったのは事実だから」

「いいんだよ、細かいことを気にしすぎだ」


 こういうところもいい子なんだ。

 だからこそ毎日気持ちが悪い妄想をしてしまうんだ。

 なので、ときどき優しさを見せてしまう彼が悪いのでは? と開き直ってしまうときもあった。


「それにしても珍しいな、昼寝をするには早すぎないか?」

「昨日はなんか寝られなくてね」

「悠木にもあるんだな」


 あるさ、僕だって一応人間なんだし。

 あと、眠たいときにする家事はちょっと辛いと今日分かった。

 やっぱり夜ふかし的なことはいいことなんてなにもないみたいだ。


「た、ただいまです」

「「おかえり」」


 そうだ、極端なことをせずにふたりの兄、ということでどうだろうか?

 それなら自然と彼を優先する流れになるだろうし、なにより、僕の理想みたいな生活が始まるわけだから想像するだけで……ふっ。

 問題があるとすれば素直になれなさそうなお嬢さんがひとり、というところ。


「あれ、その服初めて見たよ」

「あ、この前安くなっていたから買ったんだ」

「似――」


 馬鹿、そういうことは僕が言わなくていいんだっ、と止める。

 で、これまたなにかを言うまでもなく「似合ってるな」と褒めてあげていた。

 彼女もどこか照れたような感じで「ありがとうございます」と言っていた。

 ……見ていたいけど邪魔をしたくないという気持ちが大きく存在している。

 どうする? どうすればいいんだ……。


「あ、俊介さんって怖い映画、平気ですか?」

「ん? おう」

「じゃあ一緒に見ましょう、お兄ちゃんは苦手なので一緒に見てくれないんですよ」


 なんか勝手に変えられてしまっているけど気にならなかった。

 それどころか上手く誘えて偉いと褒めてあげたいぐらい。


「ちょっとトイレ」


 またカーテンを閉めて真っ暗な状態で見ようとしたから逃げた。

 真っ暗にしてみるとよく分かるんだ、シーン毎にぴかぴか明るさが変わって酷く眩しいと。

 そういう細かい変化というのは確実に目に悪いからするべきじゃない。


「ここでゆっくりしよ」


 布団を敷いて寝転ぶ。

 先程まで寝ていたくせにまた寝られそうなぐらい気持ちが良かった。




「馬鹿、馬鹿お兄ちゃん」


 日曜を終え月曜日になってもずっとこんな感じだった。

 楽しめたと言っていたのになにをまだ気にしているのか。

 それに夕方頃まで意識を向けることさえなかったのにちょっと自分勝手だ。


「機嫌直してよ、俊介君と過ごせて楽しめたんだからいいでしょ」

「それとこれとは別だから」


 これもまた作戦だと考えておけばいいんだろうか?

 僕が嫌われてしまうことで外で他の人と過ごす時間が増えるなら……。

 なんにも発展しようがない兄なんかといるよりはよっぽどいいはずだ。

 これも結果的に見れば彼女のためになっているわけだから堂々としていればいい。


「ほら、中学校だよ」

「……帰りは校門のところで待ってて」

「いやいや、そんなことしたら怪しいでしょ」


 あの子みたいに流してくれる子ばかりではないんだ。

 それに、きっと彼女が来るまでの間、じろじろ見られるに決まっている。

 中学生の集団が前から来るだけでもプレッシャーがやばいのにできるわけがない。

 そういうのは陽キャイケメンにだけ頼んでほしかった。

 それこそ俊介君だったら余裕だろうね。


「じゃあ……近くで待ってて」

「それならいいよ、それじゃあ今日も頑張ろう」


 で、結局強気には出られずに受け入れてしまったことになる。

 いやでも、やっぱり家族である深鈴には嫌われたくなかった。

 こればかりは仕方がない、不仲な兄妹ばかりというわけではないんだし。


「よう」

「土曜日はごめん」


 悪いとは思っていなかったものの、謝罪はしっかりしておく。

 ただ、あれは妹のためにと頼んだわけだから分かってくれるはずだ。

 そもそも、彼もそちらにしか意識を向けていなかったんだからここでなにかを言っても説得力がないということになる。


「違うだろ、あれは計算だろ」

「あ、分かった?」


 流石に数回同じことをすればばれるか。

 彼にばれてしまったのなら仕方がない、彼に対してだけは堂々といこうと決める。


「深鈴のためにならないぞ」

「そんなことないよ、積極的に一緒にいたがっているでしょ? 『お兄ちゃんとは違って俊介さんはいいですね!』と言っていたじゃん」

「それは悠木が勝手に抜けるからだ、怒っていたら○○より○○の方がいいとか口にしたりするだろ」


 僕はしたりしないから分からなかった。

 あと、そういうことは実際に考えたことがないと出てこないと思う。

 つまり、会う度にほぼ自然に比べてしまっているということだ。

 あ、彼に勝てているとかそういうことを考えたことはないからそこは勘違いしないでほしい。

 いいかどうかはともかくとして、妹のことを考えれば僕的にはそうやって離れていくことが理想だから問題なかった。


「真面目に深鈴のことをちゃんと考えてやれよ、いまのままだと押し付けにしかなってないぞ」

「そうかな」

「ああ」


 言ってしまえば僕らは家に帰っても一緒にいられるんだ。

 毎日必ず話しているし、だからこそ、それ以外の時間は他を優先してほしいんだ。

 別に恋をすることだけが全てではないから女の子の友達と遊んだりしてほしいと考えている。

 同じような趣味の子と楽しそうに話したりとかね。


「ジュースでも買いに行こうぜ」

「分かった」


 もう六月になるというとこだった。

 前にも言ったように妹の部活は屋内だからいいけど、外で活動しなければならない部活動を選んだ子達にとっては大変、かなと。

 小雨程度ならやるから蒸れるし、汗をかくしであの頃を思い出して微妙な気持ちになる。


「ほら、やるよ」

「ありがとう、今度なにかで返すよ」

「おう」


 このサイズの紙パックジュースを買うことはほとんどないから新鮮だった。

 が、同じような値段でペットボトルのジュースを買えてしまうことを考えると、少しだけもったいない気がしてくる。

 しかもスーパーで買えばそれすら百円以内で買えてしまうわけだから……。


「それよりお兄ちゃんの方はどうなんだよ?」

「僕? 出会いがないからなー」

「あの女子は?」

「名字も名前も知らないんだよ?」

「俺は日曜の朝に会ったから知っているけどな」


 強制できることではない。

 彼がその子を優先するようになっても彼の意思だから、で終わってしまう話だ。

 でも、そうなってくると妹の中にそういう感情がなければいいなと考えてしまう。

 だって失恋なんかしてほしくない、悲しそうな顔をしてほしくないから。

 恋をするということはいつかそういうことを味わうわけだけど、なにも最後の大会に向けて頑張っているときや、志望した高校に合格できるよう頑張っているときに味わってほしくない。


「つまり、ナンパをしたのは俊介君、ということか」

「ちげえよ、話しかけてきたから相手をしただけだ。で、そうしたら何故か自己紹介をしてきたというわけだな」

「相手がイケメンだったからでしょ、相手が格好良ければ自然と知ってほしいと行動してしまうものなんだよ」


 ちなみに妹もそうだったから女の子=として考えてしまってもいいのかもね。

 それに彼は何度も言うように外面だけがいいわけじゃないんだ。

 結構厳しいことを言ってくるけどなんだかんだで優しい、だけじゃない、優しいうえに優しいってやつだ。

 だから女の子は近づきたくなるんだと思う。


「自己紹介をしてきたということは嫌だったわけではないということでしょ? だったら気にしなくていいでしょ」

「ナンパにすんなよ……」


 いいさ、そういう人間が頑張ってくれなければ駄目なんだ。

 そうでなければ日本は草食系ばかりになってしまう。

 いつどこを見てもひとりでいる人間ばかりだったら見ていてつまらないから駄目。

 リア充爆発しろとかそんなことは言ったりしないから頑張ってほしい。


「あのな、深鈴がよく俺のことも話すみたいだからそれで話しかけてきただけだ」

「つまり興味を持たれたということでしょ?」

「違うぞ」


 延々平行線になりそうだからこの話題はやめる。

 中身を飲み干してゴミ箱に捨ててから教室に戻ることにした。

 それより今日はある程度時間をつぶしてから出ないといけない。

 十八時が完全下校時刻だから五十五分ぐらいが丁度いいかなと考えている。


「俊介――ぶぇ」

「余計なこと考えるな」

「ち、違うよ、放課後に時間があるなら付き合ってほしいと思ってさ」

「残念だけどないな、もう悠木の馬鹿な作戦には付き合わないぞ」


 ちぇ、なんだいなんだい、一緒にいれば可愛い女の子と過ごせるのにさ。

 まあでも、今日ぐらいはしっかりと向き合わなければならない。

 多分、罰として待っているように言ったわけだからね。

 というわけで、放課後になってもすぐには帰らないでいた。

 ゆっくりして、ゆっくりして、そのうえでゆっくりしてもまだまだ余裕がある。

 うーん、この前本を買っておくべきだったかもしれない。

 読書が趣味じゃなくても文字列を追う、というだけで手持ち無沙汰感はなくなるだろう。

 考えたところで本がそこにあってくれるわけではないので、突っ伏したり、前を見たり、天井を見たりしてある程度の時間をつぶした。

 そう時間もかからないけど十七時半には下校。


「雨だ」


 いつでも折りたたみ傘を常備してあるからこういうときも困らない。

 妹の方は持っていないだろうからあの約束が丁度よかった。


「お、お兄ちゃん!」

「早かったね、あ、ちょっとこれ持って立ってて」


 意味もなくタオルも常備してあるから拭いておくことにした。

 ただまあ、ここはまだ中学校近くだから視線が突き刺さる。

 が、妹に風邪を引かれるよりはマシだから気にせずにしておいた。

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