02話.[帰ることにした]
「うーん」
そろそろいい加減変えていかなければ駄目だ。
慣れているとついついそれに頼ってしまうものの、父と妹のために頑張らなければならない。
ということでスマホを見つつスーパー店内を歩くことになった。
「豆板醤ってどこにあるんだ……?」
わざび、生姜、にんにくのチューブしか買わないから分からない。
が、似たようなところを探してみたら無事見つけることができた。
今日は素を使わずに回鍋肉を作ってみようと考えている。
まあ、一度やればこれからは素に頼ればいいと分かるだろうけど、挑戦してみたことが大事だからそれは問題ない。
ちなみに、これまで青椒肉絲とかはしたことがあったのに回鍋肉だけはしたことがなかったからだった。
「ありがとうございました」
今日のところはこれだけで退店。
既に明日や明後日の分は冷蔵庫に蓄えているから仕方がない。
「お、そうか、まだ部活をやっている時間か」
外の部活ではないから見ることはできないものの、なんだか懐かしい気持ちに。
僕も去年まではああして外でよく走っていたから。
球技などは無理そうでも走ることならできる! なんて考えて陸上部に入ったのはいいけど、残念ながら走ることでも無理だったということになると……。
どちらかと言えば思い出したくない系の懐かしさだった。
「こんにちは」
「え? あ、こんにちは」
……これはもしかしなくても牽制の挨拶、だよね?
そりゃ中学校の敷地内をじろじろ見ていたら怪しいに決まっている。
でも、ここで慌てて謝罪なんてしたらなにかをやっていたと思われかねないので、冷静にそのまま歩き続けた。
「誰かお知り合いの方がいるんですか?」
「えっと、妹が通っているんだよ」
そういえば制服だったことにも気づいてなにも気にする必要はないと片付けた。
私服姿だったらやべー奴になってしまうけど、近くの高校の制服姿であればそう警戒されることもないから。
「なるほど」
「それよりきみはいいの?」
自然にを意識しているつもりだった。
ただ、なんでいちいち話しかけたのかが分からない。
学校敷地外とはいえ、中学生の女の子と話すなんてリスクでしかないのに。
相手は妹じゃないんだ、もっと気をつけなければあっという間に終わってしまう。
「はい、私はこの通り、部活はやっていませんから」
「え、仮に三年生でも最後の大会は終わっていないでしょ?」
「私、四月からこの学校に通うことになったんです」
それはまたなんとも……大変な話だ。
敢えて中学最後の年にそんなことをしなくてもいいでしょ? と言いたくなりそうだった。
でもまあ、子どもだから言うことを聞くしかないというのが現実で。
「妹さんも三年生なんですか?」
「うん、そうなんだよ」
「それなら、もしかしたら会ったことがあるかもしれませんね」
一学年は三組しかないからその可能性は高いと思う。
妹はとにかく話すことが大好きで、多分だけど、彼女みたいな静かな感じの子には特に近づこうとするから。
四月から通うことになったという存在なら尚更なことだった。
「あ、すみません、食材が悪くなってしまいますよね」
「いや……、それじゃあ気をつけてね」
「はい、失礼します」
離れてから少しして、
「怖いな……」
今更ながらに心臓が暴れ始めた。
もし対応を誤っていたらどうなっていたのか、それを考えるだけで恐ろしい。
妹にこんな話をしたら「考えすぎだよ!」なんて言って笑ってくれるだろうけど、残念ながら相手が異性だった場合は危険でしかないんだ。
これからは近くても中学校の前を通るルートはやめようと決めた。
「ただいま」
新しい料理に挑戦するとはいっても食材と調味料を用意してしまえばそう難しい話ではない。
大雑把に言ってしまえば切って炒めるだけ、だからなあ。
なので、今日は妹の帰宅時間に合うようにして作り始めた。
「ただいまー!」
元気な妹が帰宅。
丁度盛り付けも終わったところだったからすぐに食べてもらえる。
「おお、いい匂いだ」
「おかえり」
「お腹減ったから食べてもいい?」
「どうぞ」
最近は早く帰ることを意識しているから遅いと怒られることはない。
水曜日だけは部活がなくて十七時に帰っても怒られてしまうけど、普段は部活があって彼女の方が帰宅時間が遅いから尚更そういうことになる。
たまにご飯を食べているときの彼女を見て自分が姉として生まれてきていれば、なんてことを考えることがある。
だってやっぱり兄には言いづらいことだってあるだろうからね。
恋関係のことだって経験豊富というわけではないから答えてあげられないし……。
「……なにか言いたいことがあるなら言ってほしいんだけど」
「あ、ごめん、いい食べっぷりだったからさ」
「ぐぅ、抑えようとしているんだけど……」
「いいんだよ、美味しそうに食べてくれて嬉しいよ。あと、可愛いからね」
どうせならいっぱい食べてくれる子の方がいい。
少食アピールで異性を振り向かせようとする女の子よりもよっぽどいい。
なんて、これはあくまで偏見というか、好みの話になってしまうからやめた方がいいか。
そういう子が好きな人だっているんだから押し付けてはならない。
「ふぅ、ごちそうさまでした」
「洗い物もするから置いておいていいよ」
「いいよ、私がやる」
部活で疲れているだろうからと思って言ったんだけど……。
手伝うことを禁止にしたら余計にこうしてやるようになった。
水曜日なんかには当たり前のように作り始めるから少し困っている。
でも、あまりに拒絶しすぎると不機嫌になるから難しいんだ。
「今日は先にお兄ちゃんがお風呂に入ってよ」
「え、嫌だけど」
「なんで!」
「疲れた人優先だよ、僕なんてただ通っているだけだしね」
家事だって我流でやっているだけなんだから全く疲れない。
それになにより、ご飯を作ってふたりが美味しいと言ってくれるだけで疲れが吹き飛ぶから。
というか、年上なのに任せていたら恥ずかしいだろう。
だからこれからもそれは変わらないことだった。
結局、ぶつぶつ言いながらも先に入らせることに成功した。
別に変なことがしたくて妹を先に入らせているわけではないんだから気にしなくていい。
僕もある程度のところでお風呂に入って、出たらすぐに部屋に戻ってきた。
「ふぅ」
それでもやっぱりベッドに転がると楽になる。
今日は課題とかもないからこのまま寝てしまってもいいぐらいだった。
「悠木、今日の放課後は暇か? 暇なら本屋に行こうぜ」
「いいよ、でも、俊介君って本とか好きなんだね」
突っ伏しているか友達と話しているかだから少し意外だった。
お前はほとんど知らないだろと言われてしまえばそれまでのことだけど。
それに勝手な偏見だけど、彼は体を動かしている方が好きそうだからなんて考えているというのもある。
「あ、俺のじゃなくて姉の代わりに行くだけだからな」
「そうなんだ?」
お姉さんがいることは直接会ったことがあるから知っている。
彼と同じく高身長で、男の自分から見ても格好いい人だった。
男の子っぽい話し方をしているというのも影響していた。
「いま忙しいみたいでさ、仕事帰りに本屋に寄るような余裕もないって言うから代わりにな」
「優しいんだね」
「俺は姉のことが嫌いというわけじゃないからな、それに特に部活をやっているとかでもないからたまにはって思ったんだよ」
僕が妹のためにできているのは精々家事ぐらいだった。
そういうことを聞いてしまうとなにかしなければならないという気持ちになってくるけど……。
でも、これも押し付け、エゴになってしまってはいけないから難しい。
よく「話せるだけで十分だよ」なんて言ってくれるけど、僕は彼じゃないんだからそういう意味でもマイナス点ががんがん入るだろうし……。
「悠木のことをもう気に入っているからまた今度来てくれ」
「うん、忙しくなくなったときにでも行かせてもらうよ」
もちろんそのときは妹を連れて、だけど。
嫌がっているわけじゃないし、寧ろ一緒にいたがっているぐらいだから迷惑をかけるというわけではない。
それにふたりが楽しそうに話しているところを見られるのが嬉しいんだ。
なにも自分が恋しなくても楽しめるということが僕にとって大きかった。
非モテでも悲しいことばかりではないということはいいことだよね。
「よし、行くか」
「うん」
学校からは地味に本屋さんの方が遠かった。
ただ、こうして放課後に友達と目的の場所まで歩くというのは青春みたいだから嫌だと感じることは一切ない。
それにしても俊介君のお姉さんは嬉しいだろうな。
だって家に帰れば彼がいてくれるんだから。
多分、僕の妹は家に入る前にあんなのがいるんだということを思い出してテンションが下がっていると思う。
「い、一日だけでも家に来てみない?」
「俺は何回も行っているだろ」
「そ、そうじゃなくて、深鈴のお兄ちゃんとして過ごしてみない?」
「嫌だよ、本物の兄にはどうあっても勝てないだろうが」
兄として勝つ必要はないんだ。
あの子が彼がいいと思ってくれればそれで。
それで仮に態度が冷たくなったとしても全く気にならない。
直接言われたらもちろんやめるつもりでいるからそこも勘違いしないでほしい。
「じゃあほら、お兄ちゃんとして過ごさなくていいから泊まってよ」
「まあ、別にそれならいいけど」
「うん、じゃあ土曜から日曜日にかけて泊まってね」
半日分必ず部活があるからだ。
日曜日から月曜日だと学校に行かなければならない日になってしまうからその方がいい。
「いらっしゃいませー」
僕がなにか用があって来ているわけではないから自由に見ておくことにした。
買うことはしなくても表紙を見ているだけで結構楽しい。
店員の人からすればなんだこいつ……という人間だろうけど。
「あ、こんにちは」
「こんにちは」
勝手な偏見だけどこの子は参考書とかを買うために来ていそうだった。
また、漫画などを買っていたらそれはそれで可愛いから負けることはないと。
いるよね、なにをしてもいい方向に働く人というのが。
「悠木、買ったから帰ろう――……流石にナンパはよくないと思うぞ」
「ち、違うよ」
彼女も見ていただけということで一緒に出ることになった。
それにしても一度会うとこういう偶然ってあるものなんだな。
昔にも実はこういうことがあったからそういうものなんだと思う。
あと、この子はもう少しぐらい気をつけた方がいい。
誰とでも話せるということはいいことだけどね。
「そのタイミングで転校って大変だな」
「そうですね、進学する学校とかも考え直さなければならないわけですから」
「友達とかも困っただろ?」
「いえ、私はずっとひとりでしたから」
「ま、勉強さえ真面目にやっておけば大丈夫だ、心配するな」
事実だから仕方がない。
人といたがる子ばかりではないから押し付けてはならない。
分かっていないのに可哀想という見方をされることの方が嫌だろう。
「それにしても悠木が深鈴以外の異性と話しているのは初めてだったからな、流石に驚いて変なことを言ってしまったぞ」
「ナンパなんてできるわけがないって分かっていたはずでしょ……」
「いやほら、どうしようもなくなると勢いでやばいことをする奴っているだろ?」
確かに昨日はやばい奴だったから強くは言えない。
なんで妹には優しくできるのにこっちにはそうじゃないんだろう、なんて、わざわざ考えるまでもなかった。
そりゃ野郎と可愛らしい後輩少女では扱いに差が出るに決まっている。
僕のところに来てくれているのだってきっと妹に近づくためなんだ! なんてね。
「みすず……」
「ああ、悠木の妹だ」
「あ、岩本さん……ですか?」
「ああ、岩本深鈴だ」
同じ名字の子はいても名前まで一緒の子はいないはず。
だから多分、彼女の考えている子が僕の妹だ。
まあ、三組だけとはいっても関わらないで終わる子だって間違いなくいる。
そのため、出会っている可能性は低かったけど、この様子だとそうでもないようだった。
「つまり、この方がお兄さん、ということですよね?」
「ああ、妹大好き悠木君だ」
確かに好きだけどなんかそれだとシスコンみたいだからやめてほしい。
僕は全然妹優先で動けていないからそれには当てはまらない。
いまのままでは兄としてなにもできていないのと同じだから少し悲しかった。
最近出会ったばかりの彼の方がよっぽど妹のためになれているのだと考えると、なんかもやもやしてくるのは確かだった。
「いつも深鈴さんから悠木君と呼ばれているんですか?」
「え? いや、お兄ちゃんって呼ばれているけど」
「あっ、……これは言っては駄目なことだったのかもしれません」
言っては駄目なことなのにそういうことを言ってしまったらそれこそ駄目ではないだろうか?
だっていまので中学校では名前で呼んでいたということが簡単に分かってしまったわけだから。
嫌われてほしくないから本人に言ったりはしないものの、やっぱり彼女は色々な意味で気をつけた方がいいとしか思えない。
「ははっ、お兄ちゃん呼びは恥ずかしいのかもしれないな」
「なんでですか?」
「俺は深鈴じゃないから本当のところは分からないけど、思春期ってのはそんなものだろ」
父の呼び方がお父さんから父さんになったように、実際にそういうのは存在する。
女の子の場合ならいつまでもお父さんでいいだろうけど、男の自分がそのままを続けるにはなかなか勇気が必要そうだったからすぐに諦めた。
となると、いつか妹も兄貴とかおいとかねえとかになっていくかもしれない。
もしそうなったら、兄貴以外になったら泣くかもしれない。
「あ、私はこっちなので」
「気をつけろよ」
「気をつけて」
「ありがとうございます、失礼します」
彼女と別れてから少しして、
「痛いよ、なんで急に小突いてくるの」
なんか彼が急に暴力を振るってきた。
流石に二股だけはやめてほしいので、彼の口からそういうことを聞きたくないな。
「ああいう女子が好きだろ?」
「確かに礼儀正しくて可愛い子だけど、異性なら誰でもそういう目で見るわけじゃないよ」
矛盾しているけど彼の方がああいう子の相手としては相応しい気がする。
丁寧な子にちょっと大雑把な感じの彼はよく似合う。
なんて、こんなことを考えるのは気持ちが悪いけどね。
つまり、妹の相手を勝手に決めようとする普段の僕も同じなわけで。
「やっぱり深鈴のお兄ちゃんをやってみない?」
「そうしたら悠木はどこに行くんだ?」
「僕は弟ということにしてもらうよ」
年上として一応頑張ってきたから甘えたいという気持ちが大きかった。
気になる異性もいないからそれがずっとできないままでいた。
だからもし奇跡が起きてそういう存在が現れたら思い切り甘えたいと考えている。
まあ、それができなさそうだから弟になってお姉ちゃんになった深鈴やお兄ちゃんになった彼に甘えたかったというだけだ。
「父さんは俊介君のことを知っているからね、父さん的にも深鈴をよく見てくれる存在がいてくれたら嬉しいはずだからさ」
彼は「
いい人だから誤解しないでほしいけど、悪く見ないでとは言えないからもやもや状態に。
でも、言いたかったことはそうではないらしく、彼は頭を掻いてから「根っこのところでは信用してくれてないだろ」と言った。
そんなことはない、そうじゃなければまた連れてこいとか言わないだろう。
「それにさ――いや、やっぱりなんでもない。じゃあな」
「あ、うん、気をつけてね」
「悠木もな」
なんだなんだ、そういうのが一番気になるんだぞ俊介君よ。
けど、突っ立っていても仕方がないから帰ることにした。
今日は慣れている料理を作るつもりだから気楽だった。
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