82作品目
Nora
01話.[大人になりたい]
「もうこんな時間か」
ふと時計を見てみたら既に十八時を過ぎようとしているところだった。
あまり悠長にしていると怒られてしまうからそろそろ帰らなければならない。
荷物をまとめて外に出てみたらなんとも言えない気温が僕を迎えた。
ただ、暑いわけでも、寒いわけでもないからその点はいいかもしれない。
「ただいま」
学校から家はある程度近い場所にあるからゆっくり帰っても、まあ、問題にはならなかった。
父が帰宅するのは大体二十時ぐらいだから尚更そう。
じゃあなんで怒られてしまうと考えたのかと言うと、
「遅いっ、どうせなら温かい状態で食べてほしいんだけどっ」
「ごめん、すぐに食べさせてもらうよ」
妹は少しだけ厳しいからだ。
仮に僕が十七時に帰っても「遅い」と言われてしまうので、早くとか遅くとか意識したところで無駄なのかもしれない。
「いつもありがとう」
「……私が一番暇だから」
「そんなことはないでしょ、少しだけ早い時間に終わるというだけでしょ」
中学生の妹に全部任せているというわけではなく、たまたま今日が妹の当番だったというだけのことだ。
だから明日は僕がやるし、他の家事だってこちらに任せてもらう。
父しかいないんだから兄である僕が頑張らなければならない。
……どんなに頑張っても父に勝てないと分かっていても、だ。
「ごちそうさまでした、今日も美味しかったよ」
「って、お兄ちゃんが教えてくれたんだよ?」
「それでももういまでは
「もう……分かりやすいお世辞はやめてよ」
「お世辞なんかじゃないよ、深鈴がいてくれてよかった」
洗い物をはやらせてもらって、深鈴には先にお風呂に入ってもらう。
すぐに寝るわけではないものの、寝る時間まである程度余裕があった方がいい。
深鈴だって趣味の漫画を読んだりして過ごしたいだろうから。
あとは単純に僕がこれ以上やらせたくなかっただけだ。
これからは特別な用事がない限りは残らないですぐに帰ってこようと決める。
中学生活に集中させてあげたいから家事とかは自分が全部やるんだ。
「出たよ」
「うん、じゃあ行ってくるかな」
「あ、お風呂から出たら私の部屋に来て」
「分かった」
特に急ぎではないだろうけどあまりゆっくりはしなかった。
そもそも、特に長風呂派というわけではないからいつも通りと言ってもいい。
まだ二十時にもなっていないし、この時間に妹の部屋に入ったとしても問題はないだろう。
「深鈴、入るよ」
妹の部屋は実にシンプルな感じだった。
真っ白な天井、壁、カーテンと茶色いフローリング。
女の子! って感じが伝わってくるのはベッドの上に置いてあるぬいぐるみからだけだった。
ちなみに深鈴もそこに転んでいるから尚更そういう風に感じる。
「おーい」
「……はっ!? 危ない危ない、もう寝かけてたよ」
「眠たいなら明日でもいいんじゃない?」
「いや、毎日お兄ちゃんと話すって決めてあるから」
これぐらいの年齢になると不仲になる可能性の方が高いのに意外だった。
もしかしたら親が父だけしかいないからなのかもしれない。
「学校は楽しい?」
「うん、部活動は大変だけどね」
「楽しいと断言できるのはいいね」
こっちも友達がいないというわけではないものの、義務感で通っているようなものだから楽しいと言えるような感じではない。
どうせ高校生になったのならもっとこうぐわ! っと楽しみたいものだった。
だって来年、深鈴があの高校に入ってきたときに兄の実際のところを知ってがっかりされても嫌だし……。
「お兄ちゃんは?」
「正直に言うと楽しくはないかな」
嘘をついたところで仕方がない。
こうしていまから少しずつ情報を吐いておくことで~という狙いがある。
まあまだ深鈴があの高校を志望するかどうかも、高校生になってからも学校で話しかけてくれるかなんて分かっていないわけだけど。
「やっぱり私がいないからじゃない?」
「え?」
聞き返し方が悪かったのか「じょ、冗談だよ」と慌てたように言う。
で、僕はなるほど、と納得してしまった。
中学二、三年生のときは学校内に妹がいてくれたからなのかもしれない。
「あ、それは事実だよ」
「そ、そうなの?」
「うん、だって深鈴は友達と一緒によく来てくれていたからね」
友達を優先せずに兄のところばかりに来ていたら注意していたところだったけど、深鈴はそうじゃなかったから気にしなかった。
それに、一緒にいられることを嬉しく感じていたわけなんだから注意をしたところで説得力がないというやつだ。
「っと、そろそろ戻るよ」
「うん、おやすみなさい」
「おやすみ」
特にテストなどがあるわけでもないものの、少し勉強をしてからゆっくりすることにした。
時間が余ることが多いからこうすることが多かった。
暇人なのは確かだけどそれを勉強に使うのであれば文句を言われることもないだろうと片付け、再度集中し始めたのだった。
昔からしているから家事をするということは別に辛いわけじゃない。
あ、もちろん我流だから少し雑になってしまうところがあるのは事実だ。
それでも父と妹が不満をぶつけてくることなく協力してくれるというのもあった。
「今日はお買い物に行かないとな」
なにを買うか考えつつ登校するのが好きだった。
が、作れる料理というのも限られているから大抵同じ感じになってしまうのは少しあれだ。
どうせなら美味しいと言ってもらいたいし、またこれとは言われなくても言われそうな雰囲気にはしたくない。
「
「あ、おはよう」
佐々木
もっとも、まだ五月後半というところだから関わった時間は物凄く少ない。
でも、深鈴にとっても相談を持ちかけられるいい存在だから助かっている。
やっぱり兄には言えないことというのがあるだろうからね。
「深鈴は元気か?」
「うん、昨日も部活が大変だけど学校が楽しいって教えてくれたよ」
「そこは悠木とは違うな」
「うん、兄妹とはいっても全く違ってくるからね」
似ているところは……あ、すぐに寝られるというところかな。
それ以外では丁寧さとかも完敗しているから比べるのも失礼かもしれない。
同じ両親から生まれてきているのになんでああまで違うのか。
これもまたあれかも、父しかいないからしっかりしなければいけないと考えたのかもしれなかった。
「羨ましいな、俺も弟でいいからいてほしかったぞ」
「深鈴も俊介君がお兄ちゃんの方がよかっただろうね」
「それは分からないけどな」
「格好いいね!」と会った後は必ず言うから間違いなくそうだ。
その度に格好悪い兄でごめんよという気持ちになるので、そういう風に思っていても言うのはやめてほしかった。
あ、別に張り合おうとしているわけではないからそこは勘違いしないでほしい。
学校及び教室に着いたから自分の椅子に座って休憩する。
特に苦手教科というのもないから嫌というわけではないんだ。
だけど、どうしても楽しいとまでは思えないのが残念なところだった。
友達だっているのになにが足りないんだろうか?
「今日の放課後時間あるか? あるなら深鈴も誘って飯でも食いに行こうぜ」
「あ、お買い物に行こうと思ったんだよね」
「その後なら大丈夫だろ? そもそも深鈴は部活があるんだからな」
確かにそうだ、お買い物をしても十分時間がある。
父には帰ってからご飯を作れば十分に間に合う。
深鈴も部活疲れを彼と会うことで多少は飛ばせるかもしれないと考えれば、ありがたい提案だと言えた。
「分かった」
「おう、じゃあ俺が送っておくから」
「うん」
彼もまた深鈴に興味があるんじゃないかと考えている。
お互いに信用できているみたいだし、年上で格好いい知り合いがいたら女の子的には最高だろうから特になにも言えない。
もし「好きなの」と相談されたら協力するつもりでいた。
というか、相手が知っている存在であればあるほど、僕としても安心できるからいいんだ。
だから少しずつ仲良くなっていくふたりを見られるのはなんか嬉しかった。
まあ、そんなことを考えていたせいであまり集中できずに今日の学校を終えることになったんだけど……。
「じゃ、深鈴が帰ってきたら俊介君の家に行くから」
「おう、待ってるわ」
とりあえずいまはスーパーに行くことを優先する。
で、結局似たような食材を購入して帰路に就くことになった。
インターネットを利用してレシピを調べれば一瞬で沢山の情報が得られるというのに、それすらしないで毎回微妙な気持ちになっているのは馬鹿だとしか言えない。
でも、何回も作ったことのある料理というのは楽でいいんだ。
味付けもほとんど固定だから微妙と言われる可能性も少ないし。
「ただいま」
食材をしまい、着替えてから少し掃除をすることにした。
普段からしているから本当に少しだけだけど。
こういうことをしていないととにかく時間経過が遅く感じるから仕方がないんだ。
そうしていたおかげで「ただいまー」と深鈴が帰ってきてくれたからよかった。
「私、揚げ物が食べたいな」
「じゃあ豚かつ屋さんとかどう?」
「いいねっ、って、俊介さんにも聞かないとね」
「いや、俊介君ならきっと深鈴に合わせようとするよ」
いずれはここから自分がいらなくなるときがくるんだろうな。
気づけばふたりで会うことも増えて、気づけば付き合っていて~みたいな感じ。
別にそこは自由だからなにも言わないけど、そういうことになったらせめて教えてほしいかなと。
「よう」
「中で待っていればよかったのに」
「深鈴がメッセージを送ってきていたからな」
なるほど、わざわざ出てきてもらうまで待つよりは早いということか。
僕的には俊介君の家に行くという約束をしていたから全く気にならなかったけど、いまの子的には一秒も無駄にしたくないかもしれなかった。
それかもしくは、深鈴が単純に彼と会話をしたかっただけ、という見方もできる。
「いらっしゃいませ」
お店に着いてしまえば後はあっという間だ。
案内された席に座って、順番にメニューを見て、注文をして、料理が運ばれてくるまでの間はお喋りをして~という感じ。
邪魔をしたいわけではないからふたりが喋っているところを静かに見ていた。
豚かつを食べられる機会というのはあまりないから運ばれてきてからはそちらに集中するようにしたけど。
そもそもの話、じっと見られていても怖いだろう。
相手が妹と約二ヶ月しか一緒にいない男の子なら尚更なこと。
「あっ」
「ん? どうした?」
「一応お金を持ってきたけど……」
深鈴は少しぎこちない感じでお財布の中身を確認する。
どうやらお財布には入っているだろうと考えて中身は見ていなかったそうだ。
だから少しだけ不安になってしまっている、というところかなと。
「大丈夫だよ、僕が払うから」
「えっ、そんなっ、悪いよっ」
「気にしなくていいよ、いつも深鈴は頑張ってくれているからね」
変える気はないからもう言わせなかった。
ただ、お会計はまとめて俊介君がしてくれるということだったので、お金は後で渡すことにしてふたりで先に退店させてもらった。
特に混んでいるというわけではなかったものの、入り口で居続けるよりはいいだろうと考えてのことだ。
「ありがとう、はい」
「おう」
なにもしないことが一番協力できているということが分かった。
ふたりも勝手にふたりで話し始めてくれるから本当にありがたい。
こっちだけ馬鹿みたいに動いてなんだこいつという目では見られたくないから。
まあ、学校でのことを細かく話してくれるわけではないので、気になる異性のひとりやふたりはいる可能性もある。
なので、そういうのも含めて変に動こうとしない方がいいということだ。
「なんか静かになるな」
「もう夜だからじゃないですか?」
「いや、悠木の話だ」
「お兄ちゃんの?」
「ああ、俺達が一緒にいるときは露骨に静かになるだろ?」
って、そんな普段からうるさい人間みたいな扱いをされるのはちょっと……。
授業中にうるさくもしないし、なんなら、休み時間だって静かなぐらいだ。
まるでそこにいないんじゃないかというぐらいには無害な人間だと思う。
「お兄ちゃんはいつもこんな感じですよ」
「俺はそれだけじゃないと思うんだよな」
「不機嫌とか違う状態だということですか? そんなことはないと思いますけど」
残念ながら彼の言っていることは正しかった。
鋭いな、特に出しゃばっているというわけでもないのに。
黙っているのだって教室での僕を知っているんだからそこに違和感は抱かないはずなのに。
「まあいい、急に騒がしくなられてもそれはそれで嫌だからな」
「はい、これぐらいのお兄ちゃんが普通で一番ですよ」
よかった、終わらせてくれたみたいだ。
深鈴の口から僕のことなんて聞きたくないだろうからこれでいい――って、僕は勝手に彼が意識しているみたいに考えているけど、どうなんだろうか?
ちなみに悠木は名前だからこっちだけ名字呼びをしている、なんてことはない。
だからそこまで露骨な行動をしているというわけでもなかった。
交換したならメッセージを送り合ってのやり取りだってするだろうし、うん、こちらが勝手に想像してそうだったらいいなと期待しているだけかなと。
「じゃあここで、今日は付き合ってくれてありがとな」
「こちらこそありがとうございました!」
僕もお礼を言って彼とは別れる。
で、自宅までの間、いつもの深鈴らしい感じでいた。
格好いいとか、優しいとか、気が利くとか、格好いいとか。
やっぱり見た目や中身の格好良さが彼女的にはいいみたいだ。
「ただいま~」「ただいま」
お風呂は勝手に溜まるよう設定してあったから先に入ってもらった。
まだまだ時間はあるからたまには父が帰宅する時間に合わせて調理を開始する。
たまにはできたてを食べてもらいたいからだ。
帰宅したらたまにはとゆっくり会話をして。
「俊介がいるなら安心できるな」
「そうだね」
会話をしているといつも自然と深鈴の話になる。
もし仮にこれを本人が聞いていたらまず間違いなく「やめてよ」と言うと思う。
いや、過去に実際そういうことがあって、そうなったわけだから断言できてしまうのだ。
「それにしても……やっぱり格好いい人間がいいんだな」
「仕方がないよ、それでいて中身も整っているんだからさ」
「いやまあ、それを否定するつもりはないぞ? 俺だって母さんの見た目にまず惹かれたわけだからな。でも、正直結婚できたことが奇跡だった俺みたいな人間からすれば、なんか虚しいだろそれ」
「いやいや、結婚できたんだからいいでしょ」
その息子はそういう存在と一度も出会えずに生きてきたんだから。
ただ、大切な人を失う怖さというやつをもう経験したくはないと考えている。
だからいまみたいにカップルとかを見て羨ましいな~程度に感じている方がいいのではないだろうかと、そう片付けていた。
「結局、ほとんど見守ることしかできないよね」
「ああ」
どんな選択をするのかなんてまだ分からない。
俊介君ではなく同級生の子かもしれないし、年下の子かもしれないし、そもそも恋をするということはしないかもしれない。
ああいうことを言っていても実は~というパターンが多いので、深鈴がそれに当てはまらないとも限らないから。
なので、やっぱりいま言ったように見守っているのが一番だった。
「ごちそうさま、美味かったぜ」
「いつも頑張ってもらっているからね」
「はは、当たり前のことだからな」
少し雑だけどいつも頭を撫でてくれるから好きだった。
僕も将来はこんな感じの大人になりたいと考えている。
できるかどうかは分からないものの、そういう風に考えることは悪いことではないだろうと片付けて、酷くなってしまう前に食器を洗ってしまったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます