第8話 一年
今日でちょうど最初に会った日から一年だ。
そんな事に気がつき、道を歩きながら、役人はほう、と息をついた。
空はきらきら輝いて雲ひとつない晴天だが、彼女の気分は暗澹としている。
彼はもういない。
殺したのは役人だ。
反省とか後悔とか全部すっ飛ばして、ただただ鬱々としていた。
なんとかって名前の手当てももらった。
弟たちも無事に大学を卒業した。
良いことづくめだ。
それなのに気分が晴れない。
超能力男はどちらかというとあんまり良いやつじゃなかったような気がする。そう、どちらかというと金をくれない悪いやつだった。
筋肉はないし、館はガラクタだらけだった。
でも、彼のおひたしはおいしかった。
仕事終わりの帰り道をとぼとぼ歩いていると、あまりに強く彼のことを考えるせいか、すれ違う人間の全ての顔が超能力男に見えてくる。
あっちに超能力男、こっちに超能力男。どこもかしこも超能力男だらけだ。それなのに、どこにも本物がいない。
はあ、深い深いため息をつく。
役人はふと、超能力男の一人がこちらをじっと見つめている事に気がついた。
不審者の超能力男だろうか。
相手をする気にもならず、足早にその場を立ち去ろうとするが、相手はしつこかった。
一定の間隔をあけて、ついてくる。
足を早めれば、その分相手も足を早める。
いい加減にしろ、と振り返ると、相手も止まった。忿怒の形相で詰め寄ると、相手は怯えたように電柱の陰に隠れる。役人はズカズカとそこに近寄った。
「人の後をつけるのをやめてください」
相手の退路を防ぎ、腕組みをして、相手を睨みつけた。
相手の超能力男がひるむ。
「いや、あの」
「犯罪なんですけど」
「あのさ、」
「犯罪なんですけど!」
「ごめん!」
相手の男は役人にひるんで、反射的な謝罪をした。
役人は相手の顔を睨み続けていたが、いつまで経っても顔が変わらない事に違和感を覚えた。
「あれ、おかしいなあ。いつもはすぐに元の顔に戻るのに」
「なんの話?」
超能力男が眉を顰める。
役人は不審者相手に愚痴をこぼした。
「いやあ、道往く人が自分が殺した相手の顔に見えちゃって困るんですよねえ。ははは」
「だいじょうぶか、君」
心配そうに伸ばされる手を、バシと振り払う。
「いやあ、貴方の声が似ているせいですかねえ」
「そりゃ似てるだろ。同じなんだから」
「でも、もういないんですよ。私が殺しちゃったから」
「おーい。聞いてる?」
「はあ」
ついに彼女の瞳からポロポロと涙がこぼれ落ちた。
「こんな事なら、色仕掛けなんてしなきゃよかった……!」
「そこかよ」
さめざめと泣き続ける女を前に、男は困ったようにはあ、とため息をつくと、彼女の腕をぐいと摑んで引き寄せた。
「俺を見ろ。ここにいる」
女は目を瞬かせて、
「え、幻?」
「もうその下り飽きた」
「……ですよね」
役人は男の手を振り払うと、相手の顔をじっと見つめた。
「生きてるんですか?」
「ああ、うん」
気まずそうに、超能力男が頷く。
「お、お久しぶりですね?」
涙に濡れた頬を手の甲でぬぐいながら、役人が挨拶をする。
それには答えず、男はどこか申し訳なさそうに、おそるおそる問いかけた。
「ねえ、実はあの心臓、だれのものか知らないって言ったら、怒る?」
その言葉で、なんとなく事の次第がつかめてきた役人は、自分のテンションが急激に下がるのを感じる。
「つまり、嘘?」
「そうそう、あんまりにも君が切羽詰まっていたから、適当な事を言ったんだ。まさか本当に心臓があるとは。まあ、おかげで総理を脅して元の生活に戻ることもできたし、心臓さまさまって、ところ、」
役人はにっこりと満面の笑顔を浮かべた。
「ひ、ひい。君が笑った!」
超能力男が仰け反る。
「あの、怒ってるように見えます?」
「うん、見える。めちゃくちゃ見える」
「……貴方の心臓はどこに?」
「樹海にはあったよ、一応」
「御託はいいんですよ」
男は役人を伺い、少し考え込んだ後、指をさした。
「ここ」
さされた先にいるのは役人自身である。
「はあ?」
「だから、君だって」
信じて貰えずに不満顔になった超能力男が、ずい、と役人に詰め寄る。
体勢は逆転し、今度は役人が電柱の陰に追い込まれた。
睨みつける役人を物ともせず、超能力男はその手を彼女の胸に触れさせると、ぐい、と中に突っ込む。
「あっ」
役人は思わず変な声を出すが、痛くもかゆくもなんともない。
ただ己の左胸から腕が生えているのを見るのは変な気分である。手が衣服を破いて貫いているわけでもないようだ。
超能力男はしばらく役人の胸の中をガサゴソしていたかと思うと、ずいと手を引き抜いた。
その手の平には、トクトクと脈打つ心臓が乗っかっている。
健康的でおいしそうなピンク色である。
「いい隠し場所でしょ」
超能力男がニヤリと笑った。
それから、なぜかまたガサゴソとその臓物を役人の中に戻した。
「なにしてるんです!?」
「安全な隠し場所だからさ。うっかり周囲に漏らせば、君だって命を狙われる。これで一蓮托生だな? せいぜい一生懸命守ってくれたまえ」
そんな事を飄々と言うものだから。役人はなんだか気恥ずかしくなり、赤らんだ頬を隠すように俯きながら、可愛げのないことを言った。
「知っていたら、売り飛ばしていたのに」
「自分のやつごと?」
勝ち誇った笑みを浮かべてにやにや笑う男が、悲鳴をあげたのは、それから三秒後のことだった。
おわり。
超能力者に勝つ方法 目 のらりん @monokuron
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