第30話
「ひいっ!」
自分が弱者であるとようやく気付いたのか、恐怖に怯えるマドリックが何とか逃げようと上半身を反らす。
「天則式・
僕は掴んだ腕に向けて天則式を発動した。
「うぐっ!」
並の天魔なら即死するレベルの力を注いだけど、さすがにマドリックがもつ生命力はそこいらの雑魚とは比べものにならない。腕一本を殺すのがせいぜいだった。
「こんな……馬鹿なことがあって良いはずない!」
「現実を受け入れろよ」
平静さを失ったマドリックが紫炎を操り作りだした武器を次々と僕に差し向ける。だけどどれもこれも雑な作りの物ばかりだ。動揺が紫炎の形状にも影響しているらしい。
作り出されたそばから僕の刀が紫炎を断ち切る。どうやら影響しているのは形だけじゃなさそうだ。最初の頃よりもずいぶんと脆く感じた。
「天魔は――天魔は人間よりも優れた――!」
「確かに天魔は人間よりも強い。でもそれはお前が僕より強いということにはならないんだよ! 僕はお前よりも強い! だからお前はここで倒される、それだけだ!」
紫炎を破壊するついでにマドリックのローブ越しに足へ斬りつける。手応えがあった。
「ぎゃあ!」
体勢を崩したマドリックの腹部を蹴りつけて吹き飛ばす。思ったよりも勢いよく飛んでいった。
僕はゆっくりと歩みを進めてマドリックへ近付いていく。もはやあの怪我では逃げることもできないだろう。一歩また一歩と距離を縮めていくと、最後の足掻きとばかりにマドリックが紫炎を繰り出してきた。
もはやそれを脅威に感じることもない。何の工夫もひねりもなく、ただただ直線的に繰り出される紫炎など、今さら僕に通じるわけもないのに。それが理解できないほどマドリックは追い詰められているのだろう。
「く、来るなあぁぁ!」
恥も外聞もなくマドリックが叫ぶ。
これが序列三位の天魔か……。千体の天魔を率い、前線都市を追い詰めた僕らの天敵。人類にとっては悪夢と同義でしかない恐怖の対象――――――馬鹿馬鹿しい。
八年前、僕は序列一位の天魔イスタークを倒した。序列が違うのだから当たり前かもしれないが、あれに比べればマドリックは弱い。少し手間取ってしまったのは、単に僕が弱くなっているからだ。きっとマドリックを倒してしまえば僕はさらに弱くなってしまうだろう。それは覚悟の上だ。
対照的に妹のサーラは日に日に強くなっている。サーラによれば転生チートとかいうもので人よりも何倍も成長が早いらしい。もしかしたらマドリックを倒して弱くなった僕よりも、今のサーラの方が強いのかもしれない。
まあいいさ。別にサーラより弱くなったからって、僕が兄であることに変わりはない。力が無いなら力が無いなりにできることはあるはずだ。
「や……やめ……!」
気が付けば既にマドリックの前までやって来ていた。
そこにいるのは人類から恐れられた序列三位の天魔ではなく、自らの死に怯えるただの男。自分の死を目前にして、威厳も外聞もかなぐり捨てた虚飾の王だった。
「やめてくれって? 今さらだよね」
さんざん人類を虐げ、その命を奪ってきたのだ。自分が狩られる番になったからといって逃れたいなどと都合の良いことが許されるわけもない。
「い、嫌だあああ!」
動かない足を引きずるようにして僕の前から逃れようとするマドリック。僕はその背中から赤く光る刀を突き刺す。刀がマドリックを貫き、切っ先がその胸から生える。
「ぎゃああああ!」
さすがに頑丈な身体をしている。胸を貫いただけではすぐに死なないらしい。
血まみれになりながら片腕で這うように逃げるマドリックの背中へ手を添えると、僕は全力で天則式を展開した。
「天則式・青竜!」
大量に揮発した触媒が立ちのぼり、マドリックの全身を包み込む。手のひらを通じて注がれた力はマドリックの弱り切った生命力を弾き飛ばし、その生命活動を停止させる。
そのまま地面に倒れこんだ状態で、糸の切れた人形のようにマドリックの身体は動きを止めた。
その死を確認すると、僕は振り向いていまだ多数の天魔と戦い続けるサーラに向けて叫ぶ。
「サーラ、マドリックは討ち取った! もう良いぞ!」
「おっけー! じゃあさっさとこっちも片付けるね!」
見れば既に周囲の天魔たちは大半が戦意を失って四散しつつある。今サーラが戦っているのは周囲の状況に目がいっていない下級天魔と、戦いに熱中するあまりマドリックの死にも気付いていない中級天魔ばかりだ。
サーラが周囲の天魔を殲滅するのはあっという間だった。
手を貸そうかとも思ったけど、その必要が全くないくらいの一方的な展開。やっぱりサーラはどんどん強くなっている。とっくに僕よりも強くなっているのでは、と思えるくらいに。
刀を鞘に収めてサーラへ近付く。サーラの方も両刃剣を鞘に戻し、大きく息をついていた。
そのとなりに並んでボサボサになった黒髪を撫でつけてやると、今日もまた強くなった妹は嬉しそうに僕を見た。
「勝ったね、お兄ちゃん」
「ああ」
気が付けば空が白んできていた。いつの間にか朝になっていたらしい。
遠目に前線都市の姿が薄闇色の中、浮かび上がっている。どうやらあちらも無事のようでホッと一安心だ。大部分の天魔は既に姿を消していた。いまだに一部の天魔が門に向かって攻撃を続けているが、統率者であるマドリックがいなくなった以上はその攻勢もすぐに終わるだろう。
人類がこの戦いで得たものは大きい。もちろん失われた命もあるが、少なくとも前線都市を守りきり、人類にとって大きな脅威であった序列三位のマドリックという天魔を排除できたのだ。撃退ではなく排除、つまりその脅威が人類を脅かすことは二度とないということである。人類全体で見ればこれは非常に大きなことだ。
僕個人にとってはどうだろうか。サーラを守り、前線都市を守る事はできた。だけどその一方で確実に僕は力を失ってしまった。それがこれから先にどれだけの影響を及ぼすかなんて、今の僕にはまだわからない。
「戻ろうか、サーラ」
「うん」
夜明けを前にした
人類の歴史はようやく夜明けを迎えたが、太陽が昇るまでには至っていない。このまま太陽に照らされる明るい未来を迎えるのか、それともまた暗闇に包まれる暗黒の時代を迎えるのか。それは僕らの働き次第だろう。
「周りに残ってる天魔をさっさと追い払って、テミスたちのところへ戻ろ」
サーラが何でもないことのように軽く言い放つ。
僕がマドリックと戦っている間、多数の天魔をさばきながら同時に複数の上級天魔をなで切りにしていたサーラだ。もはや下級の天魔はサーラの敵にもならないだろう。時間さえたっぷりあれば今前線都市を囲んでいる天魔をひとりで殲滅してもおかしくない。
「ほら、お兄ちゃん早く!」
サーラが僕の腕を取って駆け出す。思った以上に強い力で引っぱられ、危うくバランスを崩しそうになったけど、何とかそれを悟られず僕も走り出した。
今のサーラは僕に守られるだけの弱い存在じゃない。それでも僕にとってはたったひとりの大事な妹だ。前世の記憶とか転生者とか、そんなことはどうでも良い。ただ僕は僕自身のためにサーラと、そしてテミスたち一緒に戦った仲間、そして日々を懸命に生きている大勢の人たちを守りたい。
自分がどんどん弱くなっていくという恐怖は確かにある。だけどそれで大事な人たちを守れるのなら代償としては妥当なところだろう。
最強だった僕は勝つ度に弱くなる。代わりに僕の妹は戦う度に強くなっている。
それでも僕は天魔と戦うことを選ぶだろう。序列に勝てないなら上級と、上級に勝てなくなったら中級を、中級ですら勝つのが難しいなら下級の天魔を相手にして。いつか下級天魔にすら勝てなくなるその日まで。
あるいは天魔と戦わなくても平和に暮らせる時代が訪れるその時まで」
勝つたびに弱くなる最強の僕と戦うたびに強くなる「 」の妹 高光晶 @takamitu_akira
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