第24話
翌日の戦いも苦戦を強いられた。
もともとの数が違うのだから仕方ないとはいえ、既に都市の外で敵を迎え撃つのは無理と上層部も判断した。今は都市に籠もって押し寄せる天魔たちの攻勢をなんとか凌いでいる状態だ。都市の外で敵を食い止められない以上、残った市民を脱出させることは事実上不可能だった。
戦いが続けば当然負傷者の数は比例して多くなる。僕らの部隊で無傷なのは僕とサーラを入れても七人だけ。後は大なり小なり傷を負いながら戦っている状態だ。
門の防衛機構ではいくつもの部隊が入れ替わり立ち替わり守りについている。いくら防御側が有利とは言っても、人間は延々と戦い続けることなどできない。僕らの部隊も他の部隊と入れ替わりで、割り当てられた防衛地点から後退する。あわせて負傷した仲間を救護所に運び込んだ帰り道、話があるというサーラに人目のない場所まで連れて行かれた。
「いきなりどうしたの?」
「ねえお兄ちゃん。昨日戦った人型の天魔、マド……マドリー……?」
「紫炎のマドリック」
視線を上に向けてサーラが思い出そうとしていたので、助け船を出す。
「そう、そのマドリックが敵の大将なんだよね?」
「多分そうだろうね。序列三位の天魔だし」
基本的に天魔は自分よりも弱い相手に従わない。知性を持った上級天魔になればまた少し事情が違ってくるらしいけど、さすがに序列三位の天魔を配下にできる存在なんて世界広しと言えどそうそういないだろう。天魔王と序列一位のイスタークがいない今、序列二位の天魔くらいだろうか?
しかし上位の序列にある天魔は互いに反目し合っているという話だから、それも考えにくい。おそらく今回前線都市を攻めてきた天魔たちをまとめているのはマドリックだろう。
「あれを何とかすれば勝てるのかな?」
「何を考えているのかは想像がつくけど、だめだよ。サーラにはまだ勝てない」
確かにマドリックを仕留めさえすれば天魔たちはまとまりを失い散っていくだろう。だけどいくら戦う度に強くなっているとはいえサーラの実力であの天魔に勝つのは無理だ。先のことはわからないけど、少なくとも今戦えば間違いなくサーラの方が死ぬ。
「お兄ちゃんなら勝てるでしょ?」
「……」
僕は期待のこもったサーラの視線から目をそらしたくなる。
戦えば勝てる。今の僕ならまだマドリックの力を上回っている。それは間違いない。
だけどもしもクオンの言っていたことが本当なら……。マドリックをここで倒せば僕は確実に弱体化するだろう。それもイスタークを倒した時と同じくらい大幅に。
そうすればきっと僕は今までのような無茶ができなくなる。サーラや仲間たちを守る力を失ってしまうかもしれない。それは僕にとって、容易に受け入れがたいことだった。
これまで僕は一対一なら誰にも負ける気がしなかった。自惚れでも何でもなく、序列一位のイスタークですら何の脅威も感じなかったのだから。
だがマドリックを倒したあとはどうなるかわからない。僕は初めて自分の力が他者へ及ばなくなるかもしれないという恐怖を覚えた。
「……ごめんなさい」
答えられない僕の様子を見て何を感じたのだろうか。サーラはばつが悪そうに謝罪を口にしてその場から立ち去って行く。僕はただ、その後ろ姿を呆然と見送りながら自問自答を繰り返していた。
その夜、自室へ戻った僕はずっと考え続けていた。
マドリックをこの手で倒すべきか否か。ただそれだけを。
もしマドリックを倒したならば、確実に僕は弱くなるだろう。しかし倒さなければきっと前線都市は陥落してしまう。この都市を、そしてここに住む人たちを、仲間たちを、たったひとりの妹を守るためにはマドリックを倒さなければならない。
ではマドリックを倒さずに追い払うだけにとどめるのではどうだろうか。
「いや、だめだ」
たとえ今回マドリックを撃退できたとして、次も勝てるとは限らない。僕の力が弱くなる原因は相手の息の根を止めたかどうかじゃなくて、人々の不安や恐怖が薄れたかどうかだ。倒そうが追い払おうが、いずれにしてもこの前線都市にとっては、人類にとっては喜ばしいことだろう。それはつまり、マドリックという脅威が残るにもかかわらず僕の力は弱体化するということでもある。
もちろんマドリックを仕留めて後顧の憂いを消し去るのと、一時的に追い払って後々の来襲に怯え続けるのでは後者の方が僕の弱体化は緩やかになるはず。とはいえいくら程度が小さくても弱体化は避けられない。そうすれば次にマドリックと戦うとき、確実に勝てるかどうかわからなくなる。そんな不確定要素を抱えるくらいなら、一度の戦闘で確実に仕留めた方が良い。
「こんな状況じゃなきゃな……」
マドリックのような強敵を倒すことだけに焦点を絞れば、一番良いのは誰にも知られず屠ってしまうことだ。実際に倒したかどうかではなく、それが人に知られるかどうかが問題なのだから、人知れず倒してしまえば僕の弱体化は防げる。『マドリックはまだ存在する』と人々が認識し続けていれば、対象が生きていようと死んでいようと関係ない。
だけど既に人々はマドリックが攻めてきていることを知っている。今さら人知れずなんてことは無理だろう。
「いっそのこと――」
サーラを連れて逃げようか、という考えが浮かびかけ慌てて首を振る。
マドリックを放置して逃げ出せば、間違いなく前線都市は陥落する。この都市に住む人も、それを守ろうとする仲間たちも無事ではいられないだろう。
第一あのサーラがテミスや一般市民を見捨てて逃げることに同意するわけがない。僕だって前線都市を守りたいし、仲間を死なせたくない。だけど僕が一番守りたいのは家族であるサーラだ。そのサーラ自身が逃げることを良しとしないのであれば、僕に残された選択肢は存在しないも同然だ。
「結局最初から結論は出てるってことなのか……」
自分自身を慰めるようにつぶやくと、僕は立ち上がって式装を手に取る。そして時間に追い立てられるような気持ちで戦いの準備に取りかかった。
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