第25話
一部の上級をのぞき、天魔の大部分は獣と同じような姿をしている。だからなのかはわからないけど、下級天魔のほとんどは夜間になると活動が鈍りだす。
一部夜行性の獣型天魔がそれに代わって活動的になるものの、数としては少ない。必然的にそれを防ぐ守備側の数も少なくてすむため、人類側も大部分は夜の間に休息を取っている。さすがに昼夜問わず攻め続けられたら僕だってゆっくり部屋で考える暇なんてなかっただろう。
昼間の戦いが嘘のような控えめの喧騒。普段とは違い人通りの全くない道で僕はある人物を待っていた。
軽い足音が近付いてくる。予想通りだ。
その人物が僕の姿を見つけて気まずそうな表情を浮かべる。まるでこっそり準備していたいたずらを実行する前に見つかってしまった子供のような顔だ。
「やっぱりひとりで行くつもりだったんだな」
「どうして……わかったの?」
「わかるに決まってるだろう? これでも僕はサーラの兄なんだから」
僕のお下がりである式装を身につけ、完全武装で姿を現したのは妹のサーラだ。どうせひとりでマドリックを討とうとでも思ったんだろう。行動があの時とまったく変わっていない。
「イスタークのときに言ったよね? 勝手にひとりで危ないことをするなって」
まあ今回に限って言えば僕も悪い。サーラがこうして無謀な単独行動を取ろうと思ったのは、昼間の僕がハッキリとした態度をとらなかったせいだろう。僕の助力が得られないと判断したサーラがひとりで行こうとするのは当然だ。
「だって……」
物言いたげなサーラに近付いてそっと抱きしめる。
「お、お兄ちゃん……?」
突然のことにあたふたとうろたえるサーラの頭を撫でた。最初こそ身体を強ばらせていたサーラだったが、次第に力を抜いて僕にもたれかかってくる。
「ごめん、サーラ」
昼間の自分を省みながらただひと言、一番伝えなきゃいけなかったことを口にした。
「サーラにそうさせたのは僕のせいだね。ごめんよ」
顔だけを上げたサーラが困惑した表情を見せる。
「なんで……、お兄ちゃんが謝るの?」
「僕が迷ったから、サーラにこんな選択をさせてしまった。だからごめん」
罪悪感のようにも、申し訳なさのようにも、それでいて自嘲のようにもとれる表情でサーラは僕を真っ直ぐ見つめていた。
やがて緩めた腕の中からサーラが離れていく。
「ううん、わたしもお兄ちゃんに頼りすぎてるって思うから……。これはわたしがやらなきゃいけないことなのに」
「いや、僕の仕事だよ。だから僕がひとりで行ってくる。サーラはこのまま都市に残ってるんだ」
確かにサーラは強くなった。普通の天則式者からみれば彼女自身も十分規格外の強さだろう。
だけど僕から見ればまだまだだ。マドリックと一対一で戦えばおそらく負ける。今回は僕ひとりでも十分勝てる相手だし、サーラが無理に危険へ身をさらす必要などない。
「だめ。たとえお兄ちゃんがいてもいなくても、わたしは行かなくちゃいけないの。それがわたしの役目だから」
「どういうこと?」
真剣な面持ちのサーラに言葉の意味を問うが、返ってきたのは短い沈黙。
サーラは少しだけうつむいて、チラリチラリと視線だけをこちらに向けてくる。
「わたし、ね……。普通じゃないでしょ?」
僕の反応を恐る恐るうかがうように小さな声でサーラがそう口にした。
「まあ、いろんな意味で変わってるとは思うけど……。別にそれがどうかしたの? 良いとか悪いとかじゃなくて、そういう普通じゃないところも含めてサーラはサーラなんだよ」
普通じゃないのをどうとか言うくらいなら、最初からうちの両親はサーラを引き取っていないし、僕だって妹として認めたりはしない。正直僕にしてみれば今さらそれがどうしたという話だ。サーラが普通じゃないことなんて子供の頃からわかっている。
「わたし………………転生者なんだ」
「はい?」
だけど続くサーラの告白に、さすがの僕も目を丸くした。
「記憶があるの。前世って言ったらわかるかな? 生まれる前に別の人間として生きていた頃の記憶」
前世の記憶?
なんだそりゃ? そんなことってあるのか?
いや、言われてみれば確かに思い当たることはある。というか思い当たることが多すぎた。
サーラの突拍子もない発想や知識がどこからやって来るのか不思議だったけど、前世の記憶があるなら説明がつく。子供のくせにやたらと大人びた態度や実の親に対する執着のなさ、出所のわからない妙な知識は全てそこから来ているのだろう。
「ここではない世界で――天則式もない、天魔もいない平和な世界で死んだの、わたし。でも神様がね、可哀想だからってこの世界に転生させてくれたんだ」
神様? いきなり神様が出てくるのか? というかそれだと神様に会ったことがあるみたいに聞こえるんだけど?
この世界でもかつては心の底から神を信じる人々が大勢いた。だけど天魔に支配され、抑圧される時代が長く続いたことで神への信心は次第に薄れていったという。今ではごく一部の変わり者をのぞいて、神の存在を信じている人間はいない。その一方で空の禁忌だけが根強く残っているというのも馬鹿馬鹿しい話だと思うけど。
そして転生、か。
クオンの言っていたことが本当なら僕自身も天魔王の生まれ変わりだという。そう考えると、もしかしたら転生というのは僕らが知らないだけでわりとありふれた話なのかもしれない。記憶がなければ転生したかどうかなんて本人は気付きようがないのだから。
でもサーラは記憶を残したまま転生したのだという。それも神という存在によって明確な意図のもとに。
「その代わりに頼まれたの。勇者をやって欲しいって」
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