第22話

 ついにその日がやって来た。

 都市が警戒態勢を解いてから七日後、周囲の偵察に出ていた部隊が相次いで襲撃を受けたとの報が入る。三つの部隊が壊滅し、その生き残りが天魔の接近を伝えたことで前線都市は臨戦態勢へ移行。その日のうちに天魔の一軍が姿を現した。


 とうとう始まった天魔の大攻勢。当然僕らも迎撃のため出撃する。

 本来なら都市に立てこもった方が良いのは誰もが理解している。それでも打って出たのは前線都市にいる一般市民を逃がすための時間稼ぎが必要だからだ。そのために損害は覚悟の上で上層部は打って出ることを選択した。少なくとも今日一日、天魔を都市に近づけないこと。そうすれば大半の市民は前線都市を脱出して後方の町や村へ逃げることができるだろう。


 だけどそんな目論見は戦闘開始からさほど経たないうちに脆くも崩れる。割り当てられた区域で天魔たちとの戦闘に突入した僕らは、すぐに甘い考えが許される状況じゃないと思い知らされた。


「なんだよこの数は!?」


 仲間のひとりが半分恐慌状態で叫んだ。

 無理もない。クオンから聞いていた敵の数は少なくとも五百体以上という話だったけど、実際に攻めてきた天魔は五百体どころではなかった。物見台から確認したところによると、おそらくはその倍である千体ほどが押し寄せている可能性があるという。


 クオンが嘘を言ったとは思わない。確かに千体でも五百体『以上』であることは間違いないのだから。そもそも嘘をつくなら襲撃があること自体、僕に情報をもたらす必要はないだろう。


 だいたい今はそんなことを気にしている場合じゃなかった。五百体だろうが千体だろうが、僕らがやるべきことは変わらない。戦って都市を守る、それだけだ。


「ちいっ! 一体抜けたぞ、ノア!」


 仲間の声に振り向くと、手負いの天魔が一体こちらへと向かってきている。獣の形をした下級の天魔だ。突進するしか能のないそれに、僕は身をかわしながら天則式を叩き込む。


「悪ぃ、ノア!」


「気にするな!」


 仲間が悪いわけじゃない。数が多すぎるんだ。


 もともと下級とはいえ天魔と人間は一対一で戦える相手ではない。一体を複数の戦士で囲んで倒すのが対天魔戦のセオリーだ。一対一で戦えるのは天則式者だけだろう。今回攻めてきた天魔の数はおおよそ千。対して前線都市の戦力は戦士が千二百と天則式者が三百ほどだ。数の上ではこちらが上だが、個々の戦闘力が違いすぎる。今の戦力で互角に戦えるのはおそらく天魔六百体くらいが精一杯だろう。しかもそこに上級天魔が加われば戦況はさらに不利となる。


「気を抜くな! どこから割り込んでくるかわからんぞ! 互いに声を掛け合って背後の敵を知らせるんだ!」


 ミリアさんが自身も天魔を斬り捨てながら声を張り上げる。


「サーラ、お願い!」


「まっかせなさーい!」


 テミスの呼びかけに応えたサーラが天魔へ斬りかかる。その手に握られているのは僕のお下がりである式装だ。ラウフさんから刀と呼ばれる式装をもらった僕がそれまで使っていた両刃剣を譲ったことで、ようやくサーラも天則式を進んで使い始めた。直接天則式を使うのは気が進まなくても、式装を使うための天則式は気にならないらしい。


「テミス、どんどんこっちによこして!」


 剣を振り回すのは性にあっているらしく、サーラは式装を使った戦闘を全く苦にしない。もともと天則式の素養がある子だ。戦いの最初から式装を強化した状態で次々と天魔を屠り、全く疲れた様子も見せていない。


 というか前回の戦いと比べても動きが良くなっている気がする。どんどん弱くなる僕とは対照的にサーラはどんどん強くなっていた。勝ち負けに関係なく、戦う度に。


 ミリアさんの部隊は前線都市の中でも高い戦闘力を誇っている。それに加えて僕とサーラの存在があるおかげで、この状況でも戦いを優位に進めることができていた。だけど他の部隊は厳しいかもしれない。なんせ数が多すぎる。これ以上敵の勢いが強くなれば耐えきれないだろう。


 その心配は現実のものとなった。


「ノア、サーラ、テミス! 撤退するぞ!」


 天魔を次々に屠り、受け持ちのエリアを死守していた僕らだったが、そこにミリアさんの撤退指示が飛んだ。


「え? まだまだいけます!」


「戦場はここだけじゃない」


 サーラがなぜ撤退するのかと異を唱えるが、ミリアさんとてこの場が味方優勢なことくらい当然わかっている。


「第二門が取り付かれそうになっているらしい。いくらここで我々が奮闘したところで門が抜けられれば意味がないだろう」


 どうやら上から第二門の援護へ向かうよう指示が来たらしい。ミリアさんの言うとおりいくらここで僕らが戦果を重ねようと、門が突破されれば前線都市の負けだ。


 ミリアさんが部隊の全員へ撤退を指示している。

 全員にその指示が行き渡った頃、突然仲間のひとりが悲鳴をあげた。


「うわぁあああ!」


 仲間の肩から股間にかけて一本の紫炎しえんが赤い飛沫と共に通り過ぎ、遅れたように身体が左右に引き裂かれる。その惨劇を作りだした元凶が、分かたれた身体の向こうに姿を現した。


「注意しろ!」


「迂闊に近付くな!」


 互いに警告を飛ばして全員が距離を取る。敵を中心にして部隊の仲間たちが半円状に広がった。その視線を集める先に立つのは、ローブのような裾の長い衣服をまとった白髪の青年。


 天魔は上級になるほど、上位へいくほど人類と同じような姿になると言われているが、実際に序列上位の天魔が全て人間と同じ姿をしているのかはわかっていない。序列天魔の中で人類がその外見情報を得ているのは、かつて僕が倒した序列一位のイスターク、そしてもう一体――。


紫炎しえんのマドリック……か」


 ミリアさんがその名を口にした。

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