第17話
当然ながらサーラは両親から大目玉を食らった。
おまけのように僕も並んで叱られた。書き置きを残したとはいえ、勝手に村を出て六日間も行方知れずだったのだから当然といえば当然だろう。
もちろん両親には前線都市へ行って天魔と戦ってきたなどと言えるはずもない。だから山の中で遭難していたサーラを見つけて戻ってきたという説明で押し通した。
ひとまず反省を促された僕とサーラが村で大人しくしていると、数日ほどして風向きが変わりはじめる。大人たちが話している内容をまとめると、どうやら前線都市にとどまっていた天魔たちが撤退をはじめたらしいとのことだった。事態がうまく飲み込めないながらも、村に張りつめていた緊張の糸が少し緩んだ気がした。
さらに数日して人々を歓喜させる報せが届く。
「
天魔たちの立ち去った前線都市に偵察部隊が潜入したところ、既に都市はもぬけの殻になっており、さらに領主の館にある中庭で複数の天魔が死んでいるのを発見。しかもそのうちの一体が絶元のイスタークだったというのだから、発見者の天則式者は言語を絶する衝撃を受けたことだろう。
わずかに隠れて生き残っていた生存者も十数名が救出され、村で泣き崩れていたあの中年女性の息子も運良く生きて帰ることができた。
天魔王亡き後の人類最大の敵、天魔最強の存在であるイスタークの死は人々に大きな希望をもたらした。もちろん序列二位以下の天魔はまだ健在だし、人型に近い上級天魔でさえ人間にとっては手強い相手だ。だけど天魔に押されっぱなしだった人類にとって、たとえ原因不明だろうとも朗報には違いない。
イスタークの死因を知っているのは人類側だと僕とサーラのふたりだけだ。世間では天魔同士の仲間割れがあったのではないかという説が一番有力視されている。僕もサーラも本当のことを口にするつもりはないので、おそらく永遠に謎のままになるだろう。まあ、本当のことを言っても信じてもらえないだろうし。
この出来事の後、僕は大きなふたつの変化に見舞われる。
「お兄ちゃん待ってー!」
「ちょっと村長の家までお使いに行ってくるだけだから、サーラは家でゆっくりしてなよ。すぐに戻るんだし」
「わたしも行くのー」
ひとつはサーラが今まで以上に僕へくっついて回るようになったことだ。両親からの説教とは別に、後日サーラの怪我が完治した頃にふたりきりで話をした。
どうもサーラは自分がただの居候で、別にいなくなっても問題のない人間だと思っている節がある。だからこそ、その思い違いを長い時間かけて正す必要があった。どれだけ両親が心配していたか、どれだけ僕が不安を抱いていたか、サーラに何かあったら僕らがどれだけ悲しむかをじっくりと長い時間かけて説いた。怒鳴りはしなかったけど、僕がサーラをきつく叱ったのはこの時が最初で最後だ。
ようやく自分が家族として愛されていることを理解したのか、最後にはサーラももう無茶はしない、ちゃんと僕に相談すると約束してくれた。サーラが涙を浮かべるのを僕はこの時はじめて見た気がする。
その後サーラは両親に対しても多少甘えを見せるようになり、僕に対してはタガが外れたかのように甘えてくるようになる。どこへ行くにもついて来るし、何をするにも一緒にやろうとする。結局僕が天則式者として前線都市へ向かうと決めたときも、当たり前のようについて来てしまった。
変化のふたつ目は僕自身のことだ。
イスタークの死が人類の間で知れ渡った頃、突然僕は自分の身体から力が抜け出ていく不思議な感覚を体験した。こればかりは何と表現して良いのかわからないが、とにかく僕がそれまで当たり前のように感じていた自分の力が大幅に小さくなったのを理解したのだ。計測できるわけじゃないから客観的な数字で表すのは難しいけど、体感的には三割ほど減った気がする。
天則式者にとって力――つまり生命力は天則式を発動させるときの燃料であり、天魔を内側から破壊する際の威力そのものでもある。力の衰えや減少はすなわち天則式者としての弱体化に他ならない。
その原因がなんなのかはさっぱりわからない。もしかしたら呪いのようなものかとも思ったけど、イスタークを倒した直後ではなく二十日以上経過してからというのも不自然な話だった。
ただひとつ確かなのは、以前よりも僕が弱くなってしまったということだ。それから僕は成長するに従って自分の力がじわりじわりと弱くなっていくのを痛感することになる。
さすがにイスタークを倒した時ほどの弱体化はなかったが、時折自覚できるくらいに力を失うことがあった。今ではイスタークを倒す前の六割程度しか力が出せなくなっている。それでも上級天魔程度なら一蹴できるほどの力は出せる。たとえ二十体の天魔に囲まれても余裕で対処できるだろう。でもそれは今だけだ。
戦って、勝って、戦って、勝って。戦って戦って勝ち続けて、その結果僕は弱くなっている。このまま弱くなっていったとき、果たして僕は天則式者として天魔と戦えるだけの力を維持できるのだろうか。
常につきまとうそんな不安を抱えながら、それでも僕は戦い続けていた。
喧騒が僕の意識に割り込んでくる。
木製のジョッキを打ち鳴らす音。愉快で下品な笑い声。音程の外れた下手くそな歌。おいしそうな焼けた肉の匂い。床に落ちたフォークが跳ねる音。酔いの勢いで力比べに興じる男たち。
すぐ近くのはずなのに遠くから聞こえてくる声がノアの耳に届く。
「ちょっと、この潰れた男どうするのよ」
「大丈夫大丈夫。お兄ちゃんはわたしがちゃんと責任をもって部屋まで連れて行くから」
「サーラひとりじゃ階段は無理でしょ」
「その時は寮母さんに手伝ってもらって――」
「夜中に寮母さんたたき起こすのはやめてあげなさいよ。はぁ……。しょうがないわねえ、素面の戦士に声かけてくるわ」
「ありがとー、テミス」
なんだか気持ちが良い。このままずっとふんわりとした心地よさに浸っていたい気分だった。まぶたはもうずっと閉じたままだ。
ああ、もったいないな。まだこの楽しさを味わっていたいのに……、だんだん……声が……遠くなって…………。
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