第14話
当時すでにサーラは異質な才能を発揮して村の人間から避けられていた。
実の両親から育児放棄され、僕の家に引き取られたサーラは親の愛情を受けられなくても『だからどうした』と言わんばかりに我が道を突き進む毎日。後始末と尻拭い、そして監視役を務めるよう期待された僕はいつ何をするかわからない爆弾のような妹といつも一緒だった。
別にそれ自体不満はない。サーラは僕によく
僕らが生まれる前から人類は天魔の脅威にさらされていた。前線都市を守る戦いは日常そのもので、天魔によって殺される人間の数は事故、病気、老衰で死ぬ人間を常に上回る。
もちろん全ての人間が天魔の脅威にさらされるわけじゃない。人類の生存圏を囲むように築かれた前線都市のおかげで大部分の領域は天魔の被害を免れていた。僕とサーラが育った村も安全な場所――のはずだった。あの日、村から最も近い前線都市が陥落するまでは。
「前線都市が落とされた!?」
「はあ? デマじゃないのか?」
前線都市が壊滅したという報せが届いたのは本当に突然のことだった。天魔に押されているとか、大規模な攻撃を受けたとか、そんな前触れもなくある日突然前線都市が落ちたと聞かされて大多数の大人たちは事態を受け止められずポカンとしていた。ようやくそれが冗談でも誤報でもなく現実の話だと気付いたとき、訪れたのは混乱と恐怖だった。
「もしかしてこの村にも天魔がやってくるのか?」
「冗談じゃないわ!」
「そんな馬鹿なことが……嘘だろ?」
前線都市が陥落したことにより、その背後で安寧を享受していた数多くの町や村が天魔の脅威に直接さらされることになる。人々が狼狽するのも当然だった。
陥落の第一報に続いていくつもの
「嘘か本当か、前線都市を壊滅させたのってたった一体の天魔らしいぞ」
「さすがにそれはないだろ。城壁に囲まれて、しかも大勢の天則式者までいる前線都市だぞ?」
「それがよ。攻めてきたのは
「なっ……!」
その名を聞いた人間はひとりの例外もなく絶句した。
【
それは天魔王直属の配下において、序列一位の座にあった強力な天魔の名だ。天魔王亡き当時においてはつまり最強の天魔といってさしつかえない。
イスタークは正面から前線都市に乗り込み、たった一体で守備にあたっていた戦士や天則式者たちをなぎ倒したという。当時その前線都市には千人を超える戦士と二百人近い天則式者がいたが、それだけの戦力も前線都市を囲む防壁も、イスタークの前には何の意味もなかった。
圧倒的と呼ぶのも馬鹿馬鹿しいほどに力の差は明らかだった。いったいどれだけの戦力をぶつければイスタークを倒せるというのか――そんな絶望的空気が当時は漂っていたんだ。
もちろん人類側だって手をこまねいていたわけじゃない。直ちに前線都市奪還のため各国の戦力を召集した。でも遠く離れた国からの援軍が到着するには時間がかかる。かといって中途半端な戦力で攻勢に出たとして、相手は天魔王に次ぐ力を持った序列一位の天魔だ。無駄に戦力をすり減らすだけだろう。
落とされた前線都市を放棄して、後方に新たな城塞を築けば良いという意見もあったそうだが、結局それではまたその城塞も攻められて同じ事の繰り返しになるだけだと誰もが理解していた。いずれは決着を付けなければならない。それが今だと各国上層部の意見は一致し、総力を挙げてイスタークへ当たることになった。
「息子を……息子を助けてください!」
村へ避難を呼びかけに来た戦士たちへ中年の女性がすがりつく。
敵の手に落ちる前の前線都市は周辺一帯でもっとも人口が多く、栄えた都市でもあった。僕らの村からも前線都市へ出稼ぎに行く人間は何人もいたし、村で取れた農作物を売る先も当然前線都市だったのだ。
「うちの息子が! 前線都市にいるんです! お願いします……息子を、助けて……うぅ……」
秋の収穫を終え、村を代表して前線都市へ向かった一行のひとりに彼女の息子も入っていたのだ。前線都市までの日程と陥落の報せが来るまでの時間を踏まえれば、彼女の息子が戦いに巻き込まれたことは容易に想像ができる。そもそも無事であるならばとっくに村へ戻ってきていてもおかしくないのだから。
悲痛な叫びをあげるのは彼女ひとりではない。前線都市に向かった一行の家族は皆取り乱すか憔悴した表情で呆然としているかのどちらかだ。
「すみません……、我々の力では、どうすることも……」
「そんな……あぁ……!」
辛そうに顔を伏せる戦士たちのそばで泣き崩れる女性。
異質さを隠そうともしないサーラを村人たちは恐れ、遠巻きに避けていたが、全ての村人がそうだったわけじゃない。友好的に――とまでは言わないが、中にはわずかばかりの恩情を向けてくれる人も少数いた。泣き崩れている彼女はそのひとりだ。人目に触れないようこっそりと僕やサーラへ果実を分けてくれたこともある。少なくとも積極的に悪意や畏怖の視線を向けてくる他の村人とは違っていた。
その彼女が膝から崩れ落ち、ひとり息子の身に降りかかった
戦士たちも村人たちも全員が一様にうなだれる中、たったひとりサーラだけがその様子を真っ直ぐに見つめていた。何かの決意を固めたようなその表情に、何となく僕は嫌な予感がした。
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