第13話
でも結局サーラは性格的に
わしゃわしゃ? なんだそりゃ? ……よくわからない。
とりあえずサーラには後で注意しておかないとな。テミスだから睨むくらいですんでいるけど、相手によっては険悪な空気になってしまうだろう。
「ここにいる部隊の連中でも天則式が使えるのは僕とサーラをあわせても六人しかいません。厳密に言えば全員使うことはできるんですが、先ほど説明したように実戦に使えるレベルで発動できなければ意味がありませんから」
「なるほど……それで天則式者は数が少ないんですね」
「その代わりといってはなんですけど、天則式には相手の肉体的な強靱さなど関係ありませんので、巨大な天魔や硬い身体を持った天魔相手にはとても有効なんです」
とはいっても巨大な天魔は生命力も大きいのが当たり前だから、そう簡単な話じゃないんだよね……。まあ、そんなことを行商人のラウフさんに説明しても仕方ないか。
「あれ? でも確か
ラウフさんが首を傾げた。
ごく自然な疑問だと思う。天則式の仕組みを知れば半分くらいの人は式装のことに思い至るだろう。
「おっしゃるとおり、式装は天則式で強化ができます。というかまあ天則式で強化できる武具のことを式装と呼ぶんですけど」
普通の武具には意味のない天則式が、例外的に効果を発揮する特殊な武具。それが式装だ。もっとも天則式者が身につけている間しか効果を発揮しないため、使い手の力量が足りなければ宝の持ち腐れでしかない。式装自体その数が少ないから手に入れようとしても馬鹿みたいに高いし、使うときも継続して天則式を維持する必要があるのでそう簡単に扱えるものじゃない。
「ああ、良かった。もしかしてとんでもないミスをやらかしたかと焦りましたよ」
「ミスというのは?」
「えーとですね……」
ラウフさんが足もとから何やら長細い袋で包まれた物を手に取り、僕らに見えるよう掲げた。
「これですこれ。ノア君に差し上げようと思って昨日買い付けたんです」
「なんです、これ?」
「袋から出してみてください」
手渡された細長い袋を受け取ると、意外にもずっしりとした重さを感じた。紐を解いて袋の中から取りだしたそれを見て「あっ」と思わず声がもれる。
「これ……式装じゃないですか」
そう。袋の中に入っていたのは正に先ほど話をしていた式装そのものだ。鞘に収まったその式装は見たところ剣のようだが、僕が普段使っている式装と違って全体的に緩く湾曲している。もしかすると曲刀の一種だろうか?
「おぉー、刀みたいだね」
興味津々といった顔つきでサーラがとなりから覗き込む。天則式が使えないテミスにとってはあまり関係のない代物だけど、それでも多少関心があるのか、視線が僕の手に注がれていた。
鞘から少しだけ抜いて確認してみる。どうやら中に入っているのは片刃剣のようだ。式装特有の赤みがかった表面が酒場内の灯りに照らされて美しく輝く。見ただけでわかった。これはかなりの
確かにラウフさんにとって、僕は危ないところを助けてくれた恩人なのかもしれない。だけどそれは任務の一環として役割を果たしただけだし、ここまでしてもらうほどのこととも思えない。
「こんな高価な物、もらってしまって良いんですか?」
「はい。そのために持ってきたのですから」
遠慮がちに訊ねるも、ラウフさんからは即座に肯定の言葉が返ってくる。
「もちろん部隊の皆さん全員に感謝しています。ですが特にノア君にはお世話になりましたからね。そのお礼です。諦めていたデールも無事戻ってきましたし、商いの荷も無事だったのはノア君のおかげです。遠慮せずに受け取ってください」
デールというのは『僕が諦めてください』と言った荷馬の名前らしい。あの時の状況では正しい判断だと今でも思っているけど、結果的にデールという荷馬も無事ラウフさんの元へと帰ってくることができた。
荷馬そのものもだけど、積んでいた商品が全て手元へ戻ったのは行商人としてうれしいことだろうし、なによりあの荷馬はラウフさんにとって苦楽を共にした家族のようなものなんだろう。そのあたり、結果的に良い目が出たこともラウフさんが上機嫌な理由なのかもしれない。
「ありがとうございます。大事にします」
何にせよ式装自体はありがたいことだ。ラウフさんの感謝を無下にする理由なんて僕にはないからありがたくちょうだいすることにした。今使っている式装は売っても良いし、何だったらサーラに使わせても良いかもしれない。サーラも式装のためなら面倒くさがらずに天則式を使うんじゃないだろうか。
「いやあ、なかなか興味深いお話を聞かせてもらいました。実際に天則式を使う方からのお話なんてそうそう聞く機会がありませんからね」
その後天則式から別の話題に移り、他の前線都市の話やラウフさんの行商譚を肴にして僕らは思う存分舌鼓を打った。時に他の仲間が僕らのテーブルにやって来ては、しばらくラウフさんと会話してはまたふらりと去っていく。
乾杯直後よりも騒々しさは五割増しで、同じテーブルの相手と会話するにも少し大きめの声を出さないと聞こえないくらいだ。僕も場の空気にあてられているのか、妙に足もとがフワフワとした感じになっている。
なんでだろう? なんかよくわかんないけど不思議と心地が良い。まあいいか。悪いことじゃないし。みんな楽しく笑っているから問題ない。多分。
んー、良いのかな。良いよね。あれ? おかしいな。頑張って考えようとしているんだけど考えがまとまらない。というか考える気力がわいてこない。でも不思議と楽しいや。わけもなく楽しくて無意識のうちに身体が揺れちゃう。
「ノア、どうしたの?」
「んー、どうもしてないよ」
「……どうもないことはないでしょう。顔も赤いし、ちょっと変よ?」
僕が変だって? ひどいなあテミスは。変態扱いの次は変人扱いかい? まあそんなことでいちいち目くじら立てたりしないよ。今の僕はとてもおおらかな気持ちで満たされているんだ。あー、のど渇いたな。コップはどこに置いたっけ?
「はい、お兄ちゃん」
横からサーラがコップを差し出してくれる。気の利く妹だ。
「ありがと、サーラ」
渡されたコップに口を付けると中に入っていた果実水をひと息に飲み干す。なんだかキツイ味のする果実水だなあ。
「ちょっとサーラ! それ、お酒じゃないの!?」
「あれ、そうだっけ?」
「まさかさっきからノアに飲ませてたのって……」
「うーん、ほとんどアルコール入ってないからジュースみたいなもんだと思うけど」
「そりゃ貴方にとってはそうかもしれないけど! ノアは――」
身体の揺れがさっきよりも大きくなる。心地良い揺れだ。止めようと思えば止められるんだけど、なんだか面白くてそのままにしていたら突然ガツンと大きな音がした。
気が付けば僕の視界はテーブルで埋められている。どうやら揺れ幅が大きくなりすぎて額をテーブルの上にぶつけたようだ。
「ノア!?」
「お兄ちゃん!?」
心配そうなテミスとサーラの声が聞こえる。大丈夫、心配ないよ心配ない。だって全然痛くないもん。あーでも起き上がるのが面倒だな。このまま突っ伏していた方が楽だなあ。
「ほらやっぱり! ノアにお酒飲ませちゃだめじゃない!」
「おや、もしかしてノア君はお酒が苦手なんですか?」
「まあ……、見ての通りです」
ラウフさんの疑問にため息をつきそうな声でテミスが答える。見えないけど。
「あれだけ強いノア君にも意外な弱点があるんですね、ハハハ」
楽しそうで何よりですよ、ラウフさん。
「お酒さえ飲まなきゃすごいんですけど。天則式者としての実力は前線都市でも随一ですし、式装を使った近接戦闘も戦士顔負けですから。ひとりで天魔の集団と戦える規格外の人間なんてこの都市全体でもノアくらいでしょうね」
なんだかやけにテミスが僕を持ち上げる。うむ、悪い気はしないな。今度ケーキでも奢ってあげよう。でも眠い。
「お兄ちゃんはすごいんだよ! 誰にも教わってないのに子供の頃から天則式使えたんだから!」
「子供の頃から?」
続いて誇らしげなサーラの声と驚くラウフさんの声が耳に入ってきた。ああ眠い。
「それでわたし、何度も助けてもらったもん!」
ああ、そうだね。困ったことにサーラは子供の頃から良くも悪くも活動的な女の子だった。目を離すといつの間にかあっちへふらふらこっちへふらふらと動き回って、その度に僕も振り回されたもんだ。
村の中で木登りや川下りをするくらいは可愛いもので、よくわからない道具を作ったり、村の外へ勝手に畑を作ったり……。いろいろ驚かされたけど、あまり手のかかる子ではなかった気がする。
そういえば一度だけ本気で叱ったことがあるっけ。あれはサーラが確か八歳、僕が十一歳くらいの頃だったはず。
「――その時お兄ちゃんが――――」
「――――もうサーラ、ほら――困って――」
サーラとテミスの話し声がどこか別世界の出来事みたいに感じる。その声がだんだん小さくなっていく中、僕はあの日のことを思い出していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます