第12話

「解説って……、何を解説するのさ?」


「天則式とは何か、からで良いんじゃないの?」


 観念してテミスに問いかけると、本当に基本的なことから求められた。


 そこからか……。


「えーと、そうですね……。ラウフさんは天則式を武術みたいなものだと認識していたんですよね?」


「はい。そういう認識です」


「まず、天則式というのはもともと戦うための技術ではないんです」


「え……そうなんですか?」


「ええ。天則式というのは人間の、生き物の身体を制御する技術といって構いません」


「制御……? 操るということですか?」


「いえ、操り人形のように操作できるわけじゃありません。何と言ったら良いんでしょうね……。身体の中にある活力――生命力を活性化したり衰弱させたり、あるいは強制的に止めたりするというのが天則式の基本的な考え方なんです」


「生命力……」


「そうです。まあ呼び方はいろいろあると思うんですが、人間の身体って目に見える肉体とは別に、目で見えない存在を内包しているんです。もっとも、見えないのでその存在をハッキリと明示することはできないんですけどね」


「んー……」


「たとえばですけど、一日中歩き続けていれば当然疲れますよね?」


「ええ、それはもちろん」


「疲れているかどうかは表情や身体の動きを見ればわかります。でも疲労そのものって目に見えるわけじゃないでしょう? 人間の喜怒哀楽だってそうです。表情や声の調子でそれを読み取ることはできますけど、無表情で黙っていればその人が喜んでいるのか怒っているのかわからないじゃないですか。でも本人の心の中では怒りが渦巻いてることだってあります。そういう風に目には見えないいろんなものを含めて人間だったり獣だったりするんです」


「むぅ……わかるようなわからないような……」


 いまいちピンと来ないようで、ラウフさんは首をひねる。


 これ、言葉で伝えるのは難しいんだよね。天則式者の卵たちにもなかなかこれを理解できない子が多い。


「完全に理解できなくても、生物は目に見えるものと目に見えないものの両方で作られていると思っていただければ良いです」


「……まあ、確かに心の中で思ったことは誰かの目に触れるわけじゃないけど、間違いなくその人の中には存在するものですからね」


 まだ完全に納得したわけではなさそうだけど、多少はイメージがわいたのだろう。ラウフさんの眉間にあったシワが薄くなった。


「天則式というのは生物を構成する目に見えないそれに干渉する技術なんです」


「目に見えないそれに干渉する……」


「はい。もともとは疲れを癒やしたり気持ちを落ち着かせたりといった目的に使われていたわけですが、もし――」


 天則式の元となる技術自体は昔からあった。でもあるとき、勇者と呼ばれた人物が大転換をもたらしたのだ。


「――そのベクトルを逆に向けたらどうなるでしょうか?」


「あー、それは……。あまり愉快な話じゃなくなりますね」


 人類は気が付いてしまった。そしてそのおかげで天魔への抵抗手段を手に入れることができた。


「ご想像の通りです。疲れを癒やすのではなく疲労を強いることができれば相手の動きを鈍らせることができますし、極端に強い感情を無理やり呼び起こせば混乱させたり発狂させることもできます」


「うわぁ、思った以上にエグい……」


 若干引き気味のラウフさんに訊ねる。


「この話、やめましょうか?」


「……いえ、むしろここで止められたら気になって仕方ありません。毒食わば皿までですよ。続けてください」


「そうですか。じゃあ続けますけど……」


 商売のネタとして知っておきたいのか、それともただの好奇心か。ラウフさんの求めに応じて僕は話を続けた。


「疲労や感情といったものはまだ初歩的なもので、今の天則式はさらに深いところへ干渉するのが一般的になっています」


「深いところというと?」


「先ほども話にあげた活力――生命力というやつですね。活性化することで本来の身体が持つ能力の限界を超えた力を得たり、逆に相手の生命力を弱めたりできます。強い力を持った天則式者なら相手の生命力そのものを根こそぎ弾き飛ばす事ができるんです」


「弾き飛ばす、ですか?」


 弾き飛ばすというのは言葉のあやだけど、他にしっくりくる表現が思い浮かばない。


「生き物の中にある生命力というのは、そうですね……。常に回転しているコマの様なものを想像してもらえるとわかりやすいかもしれません。心臓が止まると死んでしまうように、生命力のコマも生きている限り回り続けています。天則式というのはこのコマへ自らの生命力をぶつけて無理やり早く回転させたり、逆に回転を遅くできるんです。さらに彼我の力に大きな差があれば、コマそのものを一瞬で身体の外へ弾き出すこともできます」


「えーと……、そのコマを弾き出されてしまうともしかして……」


「生命力そのものが失われますので即死します。天則式がよく一撃必殺と称されるのはこれがあるからですね」


 しかも目に見える外傷なしでそれが起こるのだから、一般の人から見れば天則式者は『なんかすごい事してる!』ように見えるんだろうね。発動時には式様へ使った触媒の一部が昇華するんだけど、その様子が結構神秘的に見えるのも一因だと思う。


「もちろん本来見えない、触れられないところへ手を伸ばすわけですから、単純に武器で斬ったり叩いたりすれば良いというわけじゃありません。天則式を発動させるにはまず触媒を用いて自分の身体に式様を刻み込んでおく必要がありますし、相手の身体へ直接触れないと効果が半減します。また、相手の生命力がこちらを大きく上回っていれば天則式が発動しても全く効果を発揮しない場合もあります」


「もしかして天則式者になれるかどうかって、その生命力が大きいかどうかで決まるんでしょうか?」


「その通りです。天則式自体は誰にでも使えますが、天魔に対して効果を発揮するためにはそれだけ大きな生命力を持った人間じゃないとだめなんです」


「はー、なるほど……。そういうことなんですね。……ちなみにお二方も天則式は使えるんです?」


「私は使えないのよねー。サーラは使えるんでしょ?」


 ラウフさんが話を振るが、テミスはさっさとサーラへバトンを渡す。


「うーん、わたしも天則式はあんまり得意じゃないんだよね。物理で殴る方が楽だし」


 さらっと答えた妹がテミスに睨まれる。


 そりゃそうだ。天魔と戦う人間なら誰だって天則式を使いこなしたいと望む。

 天魔との戦いでは戦士が先に斬り込み、天則式者はそのフォローや要撃を担う。役割分担ができていると言えば聞こえは良いけど、両者の間にあるのは天則式を使える者と使えない者という違いでしかない。天則式者だって武器を持てば天魔と斬り結ぶことはできるし、全員が天則式を使えるならそれに越したことはない。


 だけど現実には天則式を望んでも使い手になれない――生命力が足りない――人間が大多数だった。そんな戦士たちからすれば天則式が使えるのに使おうとしないサーラの存在は面白くないだろう。


『せっかく授かった才能を無駄にするなんて』


 テミスは何も言わないが、その心情は察するにあまりある。

 実際、天則式者としてのサーラは優秀だ。子供の頃は彼女も天則式に興味津々だった。教えてくれとせがむ妹を邪険にできず、まだ村にいたころ僕にわかる範囲でと教えたのはもう五年前くらいだろうか。


 僕から手ほどきを受けたサーラは見る見るうちに実力をつけ、あっという間に平均的な天則式者の実力を凌駕してしまった。あの成長速度は教えている僕の方が恐ろしくなるほどだったな。

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