第11話

「かんぱーい!」


 あれから部隊の仲間と合流した僕は行商人のラウフさんを護衛しながら前線都市へ戻ってきた。幸い部隊の仲間が戦っていた天魔の集団は大したこともなく、軽傷者は数人いたものの犠牲者をひとりも出さずにすんでいた。


 結局前線都市を襲撃しようとした天魔は僕がひとりで殲滅したものも含めて十一集団が確認され、そのいずれもが撃破あるいは撃退されていた。早急に迎撃を向かわせた甲斐もあって都市への攻撃は未然に防げたわけだ。人間側の完全勝利と言って良いだろう。脅威が去ったとみて都市は以前の賑わいと明るさを次第に取り戻しつつある。


 前線都市へやって来る道中、天魔たちに囲まれあわやというところを救われたラウフさんは、せめてものお礼にということで酒場を一軒貸し切り僕ら全員に一晩酒をふるまうことを約束してくれていた。あれから一週間が経過し、都市が落ち着くのを待ってようやく今日その日を迎えたというわけだ。


 怪我人含めて合計二十七人。あちこちで酒の入ったジョッキが乾杯の掛け声と共にぶつかりあっていた。なぜか怪我がひどくて今回の戦いに参加していなかった居残り組まで松葉杖片手に参加している始末である。ちょっと図々しくはないだろうか。


「まあひとりやふたり増えたところで構いませんよ。支払いは気にせず思いっきり飲んでどんどん食べてください。君たちの部隊があそこで助けてくれなきゃ、今頃俺は森の中で冷たくなっていたでしょうし、そうしたらどうせ持っていても意味がなかったお金です」


「それはまあそうなんでしょうけど」


 僕と同じ丸テーブルを囲んだラウフさんがジョッキを片手に「遠慮しないで」と言ってくれるが、さすがにこの人数で一晩飲み明かしたらとんでもない金額になるんじゃないだろうか……。ラウフさんが行商でどれくらい稼いでいるのか知らないけど、たくさん儲けているならひとりで行商なんてしてないんだろうし。


「お兄ちゃんこのお肉おいしいよー!」


 そんなことを考えていたらサーラが僕のとなりにやってきた。さっきからあちこちのテーブルを回っておいしそうな料理だけをかすめ取り、まるで巣穴へ食料を溜め込むアリの様に戻ってくる。


「うん、わかったからサーラ。僕の取り皿に際限なく食べ物を積んでいくのはやめようね」


「大丈夫大丈夫! おいしいから!」


「会話になってないわよ、サーラ」


 理由にもならないサーラ独特の返事に同じく丸テーブルを囲んでいたテミスが突っ込む。とはいえそれが無駄なことだと本人もわかっているのだろう。ダメな子を見守る親のような目をサーラに向けたあと、僕の取り皿へ積み上げられた料理へと自然な動きでフォークを突き刺した。


「あー、私とお兄ちゃんのお肉ー!」


「良いじゃない別に。これだけあるんだし」


 サーラの嘆きをよそにテミスが突き刺した肉を口に放り込む。

 実際僕ひとりではとても食べきれない量が取り皿の上に積まれている。僕とテミスとサーラの三人でかからないと余らせてしまいそうだ。


「まあまあ。せっかくだからサーラも座って一緒に食べよう」


「むうう。お兄ちゃんがそう言うなら……」


 ポムポムとその黒髪をなでてやると、サーラは大人しく僕のとなりへ腰掛けて山積みの料理を消費しはじめた。


「んー、おいひー!」


 食べているときのサーラは見ているだけでこっちが楽しくなるほど幸せそうな顔をする。テミスに言わせると『見ているだけでこっちが胸焼けしそう』らしいけど、仏頂面やまずそうな顔で食べるのを見せられるよりよっぽど良いと思う。


「いやあ、すごい食べっぷりですね。良かったらこっちの肉饅頭も食べますか?」


 おいしそうに食べるサーラを見てニコニコ顔のラウフさんが手元の皿を差し出す。


「ありがとう、おじちゃん!」


「お、おじちゃん……」


 悪意のないサーラの言葉に言葉を詰まらせるラウフさん。


 うん、ちょっとそれはさすがに可哀想なんじゃないかな。だってラウフさん、年齢的には多分僕とそんなに変わらないと思うんだ。まだ二十歳を過ぎてそれほど経っていないと思う。


「せめてお兄さんと呼んで欲しいところなんですが……」


 眉を八の字にしたラウフさんが苦笑いと共に訴えるが、我が妹の辞書には忖度そんたくとか社交辞令といった文字はない。


「わたしにお兄ちゃんって呼んで欲しかったら、最低でも天魔の十体や二十体は素手で倒せないと」


「それはまた……ハードルの高い」


 突きつけられた無理難題にラウフさんが乾いた笑いを浮かべる。


「すみませんラウフさん」


 なんだか申し訳なくなって僕は頭を下げた。


「気にしないでラウフさん――」


 横からテミスもフォローを入れてくれる。


「――この子、ただのブラコンだから」


 前言撤回。入ったのはフォローじゃなくて余計な茶々だった。


「ブラコンじゃないもん! お兄ちゃんが大好きなだけだもん!」


「それを世間ではブラコンって言うのよ!」


 いつものようにどうでも良いことで言い争いをはじめたふたりに挟まれ、僕は手のひらで目を覆う。その様子を見てラウフさんが何とも言えない表情で僕にだけ声をかけた。


「仲がよろしいのですね」


「ははは……」


 いったい誰と誰の仲をさしているのかわからず、僕は曖昧に笑ってごまかすしかない。


「それに兄妹揃って強いのもすごい。妹さんは二体の天魔をあっという間に斬り伏せていましたし、ノアさんはノアさんであれだけの天魔相手にたったひとりで勝ったのでしょう? 天則式者というのは本当にすごいんですね」


「ノアは普通の天則式者とは違うから、これが当たり前なんて思わないでくださいね」


 ラウフさんの素直な称賛へ横からテミスが口を差し挟む。


「そうなんですか? 私も商売柄、触媒や式装しきそうの売買をする事はあるんですが、なにぶん天則式そのものについてはあまり知識がなくて……。お恥ずかしい話、『すごい武術』なんだろうなあ、くらいの認識なんですよ」


「武術……というのとはちょっと違うでしょうね」


 テミスの言う通り、武術というのは少し違う気がする。いや、戦闘術という意味では確かに武術なのかもしれないけど……、天則式の真髄はまた別のところにあるのだから。


「そうなんですか?」


「まあ私も天則式者じゃないから詳しいわけじゃないですけど……。ちょうどここに天則式の変態がいますからね。酒の肴に解説してもらいましょう」


「えぇー」


 誰が変態だよ、誰が。


 適当なことを言って水を向けてきたテミスへ、僕は顔をしかめて不満を口にした。何が悲しくてせっかくの酒宴で天則式について語らなきゃいけないんだ。そんなの聞いてる方だって面白くも何ともないし、そもそも食事しながら聞くような話じゃないと思うんだけど。


「本当ですか?」


 だけどそんな僕の思いに反して、ラウフさんの顔へ好奇心がありありと浮かぶ。


「ぜひとも聞かせてください! 今後商売の参考になるかもしれませんし!」


「わたしもわたしも! お兄ちゃんの解説聞きたい!」


 思った以上に食いついてくるラウフさんに便乗してサーラが右手を真っ直ぐ上に伸ばしながら迫ってくる。


 いや、サーラ。君はもう何度も聞いた話だろうに。僕の記憶にあるだけでも十回以上は同じ話をしてるはずだぞ。


 まあラウフさんが聞きたいって言うなら雑談代わりに話しても良いんだけど……。

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