第6話

 その後サーラの宣言通り僕らはシチューを買って広場のベンチでゆっくりと堪能した。

 さっき焼きツナギを四枚食べておいて、サーラはさらにシチューのおかわりまでしていた。もともとシチュー自体が一杯で一食分のボリュームを持っている。焼きツナギも一般人なら二枚で十分な量のはずだ。焼きツナギとシチューを合わせてだいたい四人前の食事をペロリと平らげておきながら、今も我が妹は「あ、あれもおいしそう!」と目移りしている始末である。いったいこの子の胃袋はどういう仕組みになっているのか。


 放っておくとふらりとどこかへ行ってしまいそうなサーラへ大人しくするよう言い聞かせていると、突然耳障りな鐘の音があたり一帯に響きわたる。


 サーラとテミスの表情が一瞬で真剣なものに変わった。僕も瞬時に意識を切り替える。


「敵襲!?」


 それは前線都市へ向かってくる敵の姿を発見した時の警告だ。

 周囲がまたたく間に騒然とする。露店の店主たちが慌てて店じまいをはじめ、道行く人も急いで家路へつこうとしていた。


「詰所に戻りましょう!」


 テミスが口にするまでもなく、僕とサーラは立ち上がっていた。避難や身の安全を最優先にすれば良い一般市民たちとは違い、僕らは向かってくる敵と戦うためここにいる人間だ。すぐに戦う準備を整えて上からの指示を待たなきゃならない。


「急げ!」


 駆け出した僕の後ろにテミスが続く。


「先に行くね!」


 次いでそう言い残したサーラが横をさっさと追い抜いて行った。


「元気ねえ、あの子は。今から戦いになるってわかってるのかしら?」


 食べたばかりなのに全力疾走で詰所に駆けていくサーラを見送りながら、テミスが感心というより呆れたような口調で言った。


「サーラはいつもあんな感じだろ?」


「それもそうよね」


 あの勢いにはついていけないと、僕とテミスはほどほどの速度でサーラの後を走って行く。


 到着した詰所には警告の鐘を聞いて集まってきた戦士や天則式者たちであふれていた。僕らはすぐに自分の部隊に割り当てられた部屋へと向かう。


「来たか、ノア」


 そこにはすでに部隊の大部分が集まっていた。

 さらに僕らの到着と前後して残りの仲間も次々部屋に入ってくる。その人数は全部で二十三人。前回の戦いで負傷した仲間を除いて全員が十分ほどで集合を完了した。

 僕らが到着したときにも声をかけてきた部隊のリーダーが、大きく手を打って注目を集める。


「よし、全員集まったな」


 短い金髪のミステリアスな美女。それが僕らのリーダーであるミリアさんだ。

 落ち着きのある声と短い髪、それに男性用の装いを好むことから時折男に間違われることもあるらしい。といっても、街で若い女の子から声をかけられるというある意味羨ましい間違われ方だけど。


 見た目は男装の麗人といった感じのミリアさんは、上官として、そして部隊を率いるリーダーとして頼りがいのある人だ。ミリアさん自身は天則式が使えない戦士だけど、天則式者に対しての理解は深い。

 戦士の中には天則式者を魔法使いかなにかと勘違いしている人も多いから、結構な無茶振りをされることがしばしばある。その点ミリアさんは僕らのできることとできないことをしっかり把握してくれているから無駄な心配をする必要がない。


 本人は「それだけの経験を詰んできただけだ」と言っていたけど、ミリアさんって結局歳はいくつなんだろうね? 見た目は二十代にしか見えないんだよな。でも部隊を率いる程の実績を持っているんだから、実際はもっと上なのかも――。


「おい、聞いているのかノア?」


「は、はいっ!?」


 突然名指しされ、つい挙動不審な返事が口をついて出た。


「ぼうっとするんじゃない。ちゃんと聞いておけ」


「すみません」


 確かに今は余計なことを考えて良い時じゃない。反省しなきゃな。


「今回物見と偵察部隊が発見したのは複数の小規模な天魔の集団だ。現在確認されているだけでも集団の数は四つ。当然未発見の集団がまだあると見て良い。我が部隊に与えられた任務は発見済みの集団をひとつ撃退すること。要するに迎撃任務だ。向こうの動きから考えて、上位の天魔が集団を率いている可能性が高い。規模は小さくとも侮れない相手だと思え。戦える者は全員出撃する。すぐに準備へ取りかかれ! 天則式者は手持ち触媒の数もきちんと確認しておけ。前回みたいな失敗は繰り返すなよ!」


 ミリアさんの一声で仲間が慌ただしく動きはじめた。


「サーラ、手持ちの触媒は十分ある?」


「えー。私、天則式使うつもりないもん」


 サーラは戦士としても天則式者としても優秀だけど、性格的に天則式はあまり好きじゃないらしく普段は剣を振り回している。天則式者としてもずば抜けて優秀なんだけど、本人曰く「天則式は地味で面白くない」らしい。


 そういうことは他の天則式者がいるところで口にしちゃだめだぞ、と叱ると「お兄ちゃんとふたりのとき以外そんなこと言わないよ」と流されてしまった。

 そのあたりの分別はつくみたいだから心配していないけど、だからといって天則式を使える人間が触媒も持たずに出撃するとか、他の仲間に知られたら余計な揉め事の種になりそうだ。


 うーん、サーラに触媒を持って行かせるためにはどうしたら……ああそうだ。


「使うつもりがなくても準備だけはしておくんだ。戦場では何が起こるかわからないんだから。それに万が一僕の手持ちがなくなったときでも、サーラが予備の触媒を持っていてくれれば助かるんだけど」


「そっか。なるほど、お兄ちゃん用の触媒を私が預かっておくって事だね。わかった。それならいっぱい持って行く!」


「いや、動きの邪魔にならないだけで十分だから」


 とりあえず僕の予備触媒を持って行くという名目で納得させたけど、さっきまで渋っていたのとはうってかわって腰袋にありったけの触媒を詰め込もうとするのはどうにかならないだろうか。


 ……どうしてうちの妹はこうも極端なんだろう。

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