第5話

 昔からサーラは変な子だった。ただ同時にとても賢い子でもあった。


 実を言うと、僕とサーラは血のつながった兄妹じゃない。サーラの髪と瞳は闇夜と同じ黒、一方僕のそれは両方とも紅色に近い赤だ。僕の両親は多少色味こそ違うもののふたりとも赤や茶褐色の髪と瞳を持っている。詳しい事情を知らなくても、家族全員を並べればパッと見で僕とサーラが実の兄妹じゃないことはわかるだろう。


 僕がサーラのことを初めて耳にしたのは確か五歳くらいの頃だったと思う。でもそれは良い意味での話じゃなくて、村の中に「不気味な子供がいる」という悪い方の噂だった。


 子供だった僕に直接そんな噂を吹き込む大人はいなかったけど、閉鎖的で小さな村の中で立つ噂だ。大人たちの会話からその話は自然と僕の耳に入ってきた。


 生まれて一年も経たないうちにしゃべり始めただけならまだ『すごい子供』ですんでいたんだろう。だけどサーラはその後も次々と周囲の大人を驚かせる。

 誰から教わったわけでもないのに大人顔負けの知識を披露し、周囲の大人に一歩も引かず論争をしかける幼子は次第に気味悪がられていった。


 サーラが三歳になったとき、彼女は弓矢なる武器を作りだした。しなやかな枝を棒状に加工し丈夫な紐を組み合わせて作られたその弓という道具は、先端を尖らせた矢と呼ぶ棒を飛ばして離れた場所から獣を狩ることのできる画期的な発明だ。


 だがそれは確実に禁忌へ触れるものだった。地を離れ、宙を飛ぶ矢の存在は神の領域である空を侵すものに他ならない。当然両親は顔を青くしてサーラを咎めたが、当の本人は馬鹿馬鹿しいとばかりの表情で言ってのけたそうだ。


「地続きじゃないとだめなんだったら、矢の後ろに長い紐を付けて弓とつなげておけば問題ないでしょ」


 それでもダメだと言う両親にサーラは呆れ顔を浮かべたらしい。


「矛盾してるよ。それがダメなら鞭や投網だってダメってことになるじゃない」


 癇癪を起こすでもなく、地団駄を踏むでもなく、ただ淡々と理論を下敷きにして無知な人間へ諭すように語るその様子を見て、サーラの両親は初めて自分の子供へ恐怖を感じたんだとか。


「そもそも『飛ぶ』という言葉があるってことは、空を飛ぶ生き物や道具が昔は存在したって事でしょ? なかったら『飛ぶ』という言葉自体生まれるはずないんだから」


 なるほど道理にかなっている。場合によっては旧態依然とした学説に対して新たな問題を提起する考えかもしれない。だが問題はそれを口にしたのが長年学問に人生を捧げてきた学者ではなく、ろくに教育を受けていないはずの三歳児だということだ。


 結局サーラの両親までもが彼女を避けるようになり、最終的には育児を放棄するようになってしまった。そして誰も引き取ろうとしなかったサーラの養育に名乗りを上げたのが僕の両親だったというわけだ。


 こうしてサーラは僕の義妹となった。以後兄妹として同じベッドで眠り、同じテーブルで食事をとり、気味悪がって近付かない同世代の子供たちに代わって僕がサーラの遊び相手となる。


「お兄ちゃんは私のこと嘘つきって思わないの?」


「うーん……。だってぼくは知らないことがたくさんあるもん。知らないってことはサーラの言うことがウソだと決めつけるりゆう……? わけ……? えーと……」


「根拠?」


「そう、こんきょ! こんきょがないもん」


 そう言った幼い頃の僕にそれよりも幼かったサーラは目を見開くと、まるで偶然の幸運でお宝を見つけたかのような、喜びに満ちた顔で僕を称賛した。


「すごい! お兄ちゃんは本当に賢い人なんだね!」


「ぜんぜんかしこくないよ? まだ文字もぜんぶ書けないし、知らないことがいっぱいあるもん。サーラのほうがむずかしいことばもたくさん知ってるし、すごいよ」


「文字なんて勉強すれば誰でも書けるようになるし、知らないことがあるのは誰だって同じだよ。子供なのに自分が知らないということを知っていることがすごいんだよ!」


 サーラが言っていたことの意味がわかるようになったのは、僕が十歳になってからのことだ。その時、やっぱり僕の妹は普通じゃないんだとつくづく実感した。もちろん気味が悪いとはこれっぽっちも思わなかったけど。


 僕自身もわりと早熟な子供だったらしく、うちの両親はサーラが幼くして大人顔負けの言葉を操っても気にしていない様子だった。

 今思えば僕の両親もある意味大人物だよなと感じる。そのおかげでサーラに居場所ができたのは本当に良い事だったけど。


 ときおりわけのわからない言葉を使い、聞いたことのない知識を口にするサーラへ村の人間たちは近寄ろうとしなかった。だけど僕自身は不思議と忌諱感がなかったので、自然と仕事や家事で忙しい両親の代わりにサーラの世話を僕が見ることになり、気が付けばやたら賢い妹は僕にべったりとくっついて回るようになっていた。


 成長するに従ってサーラは美しくなっていったし、いったいどこから得たものなのかわからないけどその知識で生み出された料理や発明品は村の生活を一気に豊かなものに変えていく。


 それでも結局村人のサーラに対する態度は改善しなかった。良くて中立、人によってはあからさまに怯える始末だ。サーラにとって結局あの村は最後まで居心地の良い場所じゃなかったんだろう。僕が対天魔の戦いに参加するため村を出発するとき、当たり前のようにサーラがついてくるのを誰ひとり止めようとする者はいなかった。まあ僕の両親は苦笑いしてたけど。


「じゃあおいしいのができたら食べに来るからね!」


 どうやらサーラと店主の話は終わったらしい。しっかりと美味いものを食べさせろと言外に釘を刺したサーラがこちらに駆け寄ってくる。


「お待たせお兄ちゃん! さあ、次はシチュー食べに行こう!」

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