第4話
「いらっしゃい! ちょうど今焼き上がったアツアツのがあるよ、何人前だい?」
サーラを追いかけてやって来たのは焼きツナギの露店。一足先に店先へたどり着いたサーラへ中年太りの商人がにこやかに声をかけていた。
「九枚ちょうだい!」
「まいどあり! えーと……、六シールが九枚だから……五十四シールだな」
いきなり九枚もの肉を注文したサーラにテミスが横から口を挟む。
「ちょっとサーラ、いくら何でも買いすぎじゃないの? 私は食べないわよ」
「大丈夫! わたしが四枚食べて、お兄ちゃんが二枚食べるから!」
「残りはどうするのよ?」
「持って帰って三時のおやつにする!」
「そうよね……。貴方はそういう子だったわね……」
ため息を吐いているテミスを見て僕も苦笑する。サーラが大食いなのは彼女もよく知るところ。むしろ焼きツナギを四枚しか食べないということは、おそらくシチューの方もしっかり食べるつもりなんだろう。
「はい、百四シールね」
「ん? 四シール多いぞ?」
支払いのためにサーラが百シール硬貨一枚に加えて一シール硬貨四枚を渡すと、店主が首を傾げた。
「だからお釣りを五十シール硬貨でちょうだい!」
「え? なんで五十シール?」
店主は意味がわからないといった感じで眉を寄せる。
そんな彼に向かってサーラはその理由を丁寧に説明しはじめた。
「百シールだとお釣りは四十六シールになるでしょ? それだと枚数が多くて邪魔になるの。余分に四シール渡すから、四十六シールと四シール分の合計五十シールをお釣りでくれれば良いんだよ」
「え? 計算……合ってるのか?」
サーラの説明を聞いてもいまいち理解できないらしく、店主は半信半疑のようだ。
「んもう、だからあ。こうして百シール払うよね。そしたらお釣りは四十六シールでしょ?」
しびれを切らしたサーラは実際に店主とお金のやり取りをしながら説明を続ける。
「おう、それはわかるぞ」
サーラの出した百シール硬貨に対して、店主は六枚の硬貨を組み合わせて四十六シールを用意した。その四十六シールにサーラが自分の四シールを加える。
「じゃあそこに私が四シール余分に渡すよね? それで合計五十シールになるから、四十六シールのお釣りと余分に渡した四シールを合わせて返してよ」
「そうすると……。ああ、確かに五十シールになるのか」
理解したのかできていないのか、店主は言われるがまま三種類の硬貨で組み合わせられた五十シールをサーラへ返そうとしてダメ出しを食らう。
「そうじゃなくて、それを五十シール硬貨にして返して欲しいの」
「ああ、こういうことか」
ようやくここに来てサーラのやりたいことを理解したのだろう。店主は新たに五十シール硬貨を取りだしてサーラに手渡した。
普段こういったお釣りのやり取りをすることがなかったのか、店主はしきりに感心した表情でサーラを褒めそやす。
「嬢ちゃんすげえな。あの一瞬でこれ計算したのか?」
「慣れると簡単な話だよ」
確かに慣れれば大した話ではないのだが、初めてこの計算を教えられれば感心するのも自然なことだと思う。僕自身、サーラにこの方法を聞いたときは思わず唸ったものだ。
ただ、仕組みが分かったからといって誰もが日常生活で使えるものじゃないと思う。
ゆっくりと計算すれば誰にでもわかる話だけど、サーラのすごいところは『商品代金に加えていくらの端数を加えればキリの良いお釣りが返ってくるか』を瞬時に計算できるところにある。計算用の道具も使わずにそれをしてしまうからすごいのだ。
本人はちっともすごいことだとは思っていないみたいだが、僕の見たところ徴税官と同じくらいの計算能力は持っているような気がする。十六歳という年齢でそれができるだけでもすごいんだけど、サーラの場合はもっと小さな頃から平然とそれをやっていたんだからなおさら驚きだ。
サーラに感心しながらも店主は手を止めずに焼きツナギを手持ち用の葉に包んでいる。そのあたりはさすがというところだった。
「味付けは塩?」
自分が食べる分の肉を受け取りながら僕は店主へ訊ねる。
「塩も振ってあるけど、俺の故郷で採れる香草も刻んで練り込んであるんだ。香りが違うだろう?」
「確かに。少し不思議な香りがついているね」
かすかだけど焼いた肉の香りに混じって嗅いだことのない香りがしてくる。これが故郷で採れる香草というやつだろう。
焼きツナギというのは細かくみじん切りにした肉へ穀粉やすりおろした山芋を少量混ぜ、手のひら大に固めた物を焼いた料理だ。くず肉の有効活用法として生み出された料理なので庶民でもわりと手軽に買える金額で売っている。
通常は塩だけで味付けをするような料理だけど、どうやらこの商人は香草を使って他の露店と差別化を図っているらしい。表面にまぶしているわけじゃないからすぐにわかるほどではないけど、かすかに食欲をそそる香りがしている。
「んー、おいしい!」
さっそく受け取った肉を頬張るサーラが、幸せを具現化したかのような表情を浮かべていた。
「サーラ、食べるのはシチューを買ってからにしなよ。テミスだってお腹すいてるんだから」
「あ、ごめんねテミス。わたしの肉少し分けてあげるから機嫌直して」
「誰も機嫌を損ねてなんていないわよ」
そう言いながらもテミスの頬が少し膨らんでいるのを見てつい笑ってしまう。
「ほら、あーん」
「だから要らないわよ!」
「おいしいよ、あーん」
「やーめーなーさーい!」
このテミスという少女、自分では立派な淑女を体現しているつもりなんだろうけど、結構頻繁に素が出ている。もともと男の子に混じって木登りをするような子供だったらしく、本人の努力とは裏腹に快活というか溌剌とした面がときおりのぞいてしまうようだ。黙っていれば深窓の令嬢といった見た目なんだけど……。
ん? 気が付けばなんかテミスの視線が僕に突き刺さっている。
「どうしたテミス?」
「いや、なーんか失礼なこと考えてなかった?」
何でわかったんだろう。女の勘ってやつか? こういう時だけ無駄に女を発揮するのはやめて欲し――。
「ぐふっ……」
口に出してもいないのに考えが伝わってしまったのか、テミスの肘が僕の脇腹に食い込んだ。洒落にならない激痛が僕を襲う。
「ちょ……、本気で肘入れなくても……」
かろうじて持っていた肉を取り落とさずにすんだのは、日頃怠らなかった鍛錬の賜物だろう。
そんな僕とテミスをよそにサーラは一枚目の肉をすでに平らげ、二枚目を口にしている。もとはと言えばサーラがテミスに無理やり食べさせようとしたのが発端なのに……。
「なんだ兄ちゃん。両手に華だからって調子乗ってたら、肘じゃなくてそのうち刃物で刺されちまうぞ」
一気に売れた商品を補充しようと新たな肉を焼きながら店主が僕を見て笑っていた。
「そういうんじゃない。こっちは同じ部隊の僚友でそっちにいたっては妹だ」
「なんだ、兄妹だったのか。でもたとえ恋人じゃなくても美人ふたりに挟まれるってのは羨ましい限りだな。まあ兄ちゃんも負けず劣らず良い顔してるけど」
良い顔と評されて悪い気がするわけじゃない。半分以上は大量に肉を買った客へのリップサービスなんだろうけど。
「はは、そりゃどうも」
だがこの場には約一名、そのリップサービスを真に受けてしまう人間がいた。大口を開けて肉を頬張っていたサーラが横から突撃兵の如く会話へ割り込んでくる。
「そう、お兄ちゃんはカッコイイの! おじさんよくわかってるじゃない! カワイイは正義だけど、カッコイイも正義なの!」
大きな身振りで必死に訴えるサーラに詰め寄られ、店主は一歩後退る。
「ねえノア。またサーラがわけのわからない事を言い出したわ」
「気にしないで。長年一緒に暮らしていた僕だって理解できないんだから」
難しそうな顔で何とかサーラを理解しようとするテミスだが、ハッキリ言って無駄な努力だと僕は思う。現に今だって、なぜ『格好が良い』と『正義』が結びつくのか僕にはさっぱりわからない。
「そんな見る目のあるおじさんには良いこと教えてあげる! 焼きツナギを使った革新的な料理だよ!」
満面の笑みでそう切り出す我が妹。
自信満々で『良いこと』とは……まるでその料理が間違いなく成功するような物言いだ。実際サーラの作る料理はどれもおいしいから、頭から否定はできないんだけど。
「この焼きツナギをね、パンで挟むの!」
「パンかい? そりゃまあそういう食べ方をする人もいるだろうけど、肉の旨味が損なわれるんじゃないか」
驚きの計算能力を発揮したサーラに一目置いているのか、店主は手を動かしながらもその言葉に耳を傾ける。
「うーん、単にパンへ挟むんじゃなくて、肉の形にあわせて丸く焼いたパンを薄く切ってね……」
「パンの方を肉に合わせるのか?」
「うん。それでパンと一緒に淡白な味の葉物野菜とかを一緒に挟むの。できれば野菜は漬けたものじゃなくて丹念に水洗いした生の野菜を使った方がおいしいんだけど、鮮度の問題とかもあるんだよねえ……。あとはパンや野菜で味が薄くならないように、肉汁から作った濃いめのソースをパンの内側に塗っておけばおいしいと思うよ」
サーラの話していることをそのまま形にすると、焼きツナギとはまったく別の料理になりそうだ。むしろ焼きツナギ自体が食材の一部になるという感じだろうか。
しかし肉とパンに野菜……、一回の食事で出てくる食材を丸ごとひとつの塊にしてしまおうということかな。食事処で出すのには向いてないだろうけど、こうやって食べ歩きが前提の露店なら向いているのかもしれない。
「へえ、なるほど……。それなら片手で持ったまま食べ歩けるし、肉だけじゃなくてパンや野菜も一緒に食べられるか。満足感も高そうだし、面白そうだな」
サーラの話を聞くうちに店主も新しい食べ方に興味が湧いたらしい。
「試しに一度作ってみるよ」とずいぶん前向きな事を口にしていた。
そんな様子を眺めていた僕にテミスがあきれ半分感心半分といった感じで話しかけてくる。
「ホント、あの次々湧き出てくるアイデアはどこから発想を得ているのかしら? さっきの計算も一瞬だったし。あの子、頭が良いのか悪いのかよくわからないわね」
「頭は良いと思うよ。昔からサーラはそうだったから。二歳の時には掛け算や割り算も理解してたし」
「そういうすぐにばれる嘘はやめなさいよ」
僕が冗談を口にしたと思ったんだろう。テミスが冷たい目を向けてくる。
嘘じゃないんだけどなあ。
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