第106話 転職活動

 そんなわけで転職を考えたが、私は大学医局に属したこともなく、初期研修医、後期研修医を終えてすぐに診療所にやってきたので、自ら動いて転職するという経験もなかった。なので、いくつか信頼できそうな医師転職サイトに登録した。転職に際しての希望は三つ。一つはまともな(家族が食べて行け、貯金ができる程度の)給料をくれること。分不相応な給料は望まない(お金についてはそこまでこだわらない)。


 私は総合内科専門医として、心療内科を除くすべての内科分野についてcommon diseaseについては病院のレベルに応じて対応可能(療養型病院であればそれなり、急性期病院であればガッツリ)。カテーテル検査や内視鏡での止血処置やEMRなど、専門性の高い検査や治療はできないが、それらについても診断し、適切に紹介、あるいは私自身である程度の管理できる。訪問診療も可能。プライマリ・ケア認定医として小児科領域についてもある程度の診断、治療ができ、ワクチンや小児の健診を行なうことができる。産業医として働くことができる。

 医師としてこれらの能力を持つ私を、その能力を有する医師として適切と思われる給料を払ってくれるところを希望した。


 二つ目は、人間らしい生活を行なうことができること。当直や夜診が入ったとしても、それ以外の日は家族と夕食を食べることができる生活を送れること。


 三つめは、院長や所長、部長などの役職につかないことが希望であった。肩書のない、内科医・プライマリケア医として仕事をしたかったからである。


 各紹介会社から、医師免許証のコピー、あるいは写真、初期研修修了証のコピー、あるいは写真、履歴書の送付を依頼された。最近はPCでのやり取りができるのがありがたい。履歴書も1通PC上で作成し、それを各紹介会社に送付した。その後は会社によっては面接を受けたり、メールや電話でのやり取りなどを通して、自分自身の医療に対する考え方、これまで歩んできて学んだこと、死生観などを各会社のエージェントさんにお話しし、紹介を待った。候補となる病院を複数紹介してくださり、こちらも紹介いただいた病院のホームページなどを確認し、自分に合いそうか、そうでないかを考えて、希望を伝えていた。その中に、現在お世話になっている病院も入っていた。


 今お世話になっている病院には、浅からぬ縁を感じていた。一つは、当院の理事長は、診療所の上野先生、北村先生と同時期に同じ大学で学生運動に参加しておられ、学生時代から仲良く付き合われていたこと、一時期、診療所も、当院の医療法人に短期間ではあるが参加していたこと、上野先生は「この方はT病院で若いころ勤められていた方です」などと、上野先生から病院の名前を聞くことも多く、同法人の精神科クリニックには、上野先生のかかりつけの患者さんが、心の病気を発症された場合などに上野先生がよく紹介状を作成されていたことで、名前になじみがあったのであった。


 その後、いくつかの病院で面接を受けた。どの病院も悪い印象はなかった。どの病院でも、自分を合わせることは可能だと思っていた。


 以前にも書いたが、各病院にはそれぞれローカルルールがあること、そのローカルルールが「ローカルルール」であることにほとんどのスタッフは気づいていないこと、そして大事なことは、まず最初はそのローカルルールに自分の方が合わせることである。各病院の長い歴史の中で、そのルールが形成されてきたので、そのルールが存在するには何らかの理由がある(あるいは「あった」)のである。その理由を理解せずに自分のスタイルを押し通そうと騒いでも混乱を招くだけである。まず自分が職場に受け入れてもらうこと、そのうえでゆっくりと自分の意見を出していくことが大切だと思っている。


 これは、私がチーフレジデントを修了するときに、師匠が配ってくれた文章に記載されていたことである。その文書は、九田記念病院の属するグループの機関紙に載っていた文章であり、その文章が記載されたときに、読んで心に残っていたのだが、再度師匠から、

 「後半は提灯記事だからスルーしていいけど、前半は今後の皆さんの医師としての人生を歩んでいくうえで大切なことです。ぜひ心にとどめておいてください」

 と言って配ってくださったコピーのエピソードから学ぶべき内容であった。


 そして、現職場の面接も受けた。副院長兼医局長との面接であった。面接も和やかに終わり、結果はまた後日(10日後くらいに)お知らせします、とのことで面接が終了したのだが、その翌日、エージェントさんから電話があり、

 「副院長先生から、『是非保谷先生に当院に来ていただきたい』とのメッセージをいただきました」

 とのこと。やはり縁があったのか、上野先生が導いてくださったのか、とてもありがたいメッセージをいただいた。労働条件も悪くはなく、何よりそのメッセージをすぐに送ってくださったお気持ちがとてもありがたかった。その一言で、私はこの病院にお世話になることを決めた(浪花節だなぁ)。


 他のエージェントさんに連絡し、以降に予定していた面接は中止していただくこととし、現職場にお世話になることにした。


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