第99話 出血傾向のサイン

 診療所時代、時々

 「子供がしょっちゅう鼻血を出すので、白血病とか、何か血液の病気ではないですか?」

 とご心配され、受診される患者さんがお見えになることがあった。


 どこで仕入れた知識なのか忘れてしまったが、

 「出血傾向がある場合は鼻血にとどまらない」

 と読んだことがある。確かに出血傾向は全身で起こっていることなので、一部のところにとどまっていることはない、というのは確かだろうと思っていた。


 なので、そのような訴えの患者さんが来られたら、口腔内の診察、全身の皮疹の確認、両下腿前面の点状出血や出血斑の有無を確認し、それらが全く見られなかったら、

 「鼻血を繰り返すのは鼻粘膜の問題が多く、まず耳鼻科で相談された方がいいでしょう。お身体を診察しましたが、白血病などで見られる出血傾向を示唆する所見は現時点ではないです」

 と伝えて、採血はせずに帰宅してもらっていた。そのような患者さんが圧倒的に多かった。


 その一方で、白血病患者さんで見られる出血斑がどんな感じのものか、本物を見たことがなかった。なので、自分で説明しながら、自分自身がちょっといい加減やなぁと思っていた。ただし、鼻出血の原因として最も多いのは鼻粘膜の炎症であることは間違いないので、私の診断が間違っていたとは思わないのだが。


 そんなある日、12歳の男の子がお母さんと一緒に来院された。主訴は

 「ぶつけていないのに痣ができる」

とのことだった。


 お話を聞くと10日ほど前から、特にぶつけた覚えもないのに身体のあちこちに青あざができてきたとのことだった。その他の症状はなく、痣のところも痛くはないとのことだった。診察を行なったが、発熱は認めず、結膜はやや貧血様、口腔内を診察すると、口腔内に3か所ほど、コインほどの大きさの出血斑を認めた。

 「あっ、これが口腔内の出血斑か!」

と思いながら、全身を見せてもらうと、体幹や四肢に、複数の直径数cm大の出血斑を認めた。

 「これが全身に出血斑が広がった状態か!」

と実物を見ることができた驚き1/4,想定される疾患の重さに心つぶれそうなのが3/4とアンビバレントな心持ちの中で、

 「これだけの出血斑がぶつけてもいないのにできるのは不自然ですし、口の中にも出血斑が認められました。血液の病気を強く疑うので、院内で緊急で出る採血項目と、外注の採血項目について、検査をさせてください」

 とお伝えし、採血を行なった。


 CBCではWBC 3万、Hb 8.0,plt 4.3万と明らかな3系統の血球異常を認めた。 

 おそらく急性白血病だろうと判断した。お母さんに結果の説明を行ない、血球の検査では急性白血病の可能性が高いこと、あちこちに出血斑ができており非常に出血しやすい状態であり、筋肉内や場合によっては突然に脳内出血などを起こす危険もあることなどを説明した。


 お母さんにかかりつけ医のことを確認すると、患者さんは別の疾患でO市立総合医療センターに定期通院中とのことだった。診察券も持ってきておられたので、すぐに同院の病診連携室に連絡、

 「貴院に定期通院中の方で急性白血病を疑う患者さんを紹介したいです。緊急の対応をお願いします」

 と伝えた。

 「すぐ調整します」

 と一旦電話を切られたので、その間に紹介状を作成。15分ほどして同院から連絡があり、

 「この足で至急来院してほしい」

 とのことであった。その旨をお母さんに伝え、診療所からはタクシーを使ってもらって、同院に受診してもらった。


 数日後返信が届き、急性リンパ性白血病と診断、速やかに寛解導入療法を開始します、とのことだった。


 患者さんやご家族には、長い闘病生活が待っており、患者さんご本人もまだまだ若いので、これからのことを思うと本当に大変だと思う。その一方で、今まで実際に経験したことのなかった

 「急性白血病による全身の出血斑」

を経験できたのは大変勉強になった。


 診療所ではあるが、年に1~2人、白血病や悪性リンパ腫など命に関わる血液疾患に出会っているように思う。イメージよりも、頻度の高い疾患なのかもしれないと思う。

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