第94話 かわいい名前のご年配

 Jさんも、古くからの上野先生かかりつけの患者さんだった。上野先生の診察がなくなったので、私の外来に来られるようになられた90代の女性だった。


 ファーストネームが、若い人でも良く使われている可愛い名前だったので、初めて診察室にお呼びしたときは、若い女性が入ってくると思って少し緊張していた。ところが、入ってこられたのがご年配の女性だったので、びっくりしたことを覚えている。


 Jさんも90代なのにお元気で、毎回お一人で外来に通院されていた。上野先生の頃から、血圧の薬が出ていたので、その薬を継続して経過をfollowしていた。


 Jさんは娘さんご家族と同居されており、娘さんも私の外来に定期通院されていたのだが、娘さんとは苗字が違っていたので、お二人が親子だと全く気づかなかった。お二人同時に診察室に入ってこられたことがあり、その時に初めて「親子」なのだと知った。気づいてみれば、お二人そっくりであった。


 お二人で一緒に受診されたのは訳があり、Jさんは診察室で見る限りでは、しっかりされているのだが、ご自宅では認知症が強く、片付けができなかったり、失禁されたりしているようであった。


 診療所の在宅支援センターに連絡し、介護保険の申請、ケアマネージャーを引き受けてもらい、介護保険を導入して、自宅での生活をサポートしてもらうように手配した。それと同時に、認知症で娘さんと衝突が増えた、とのことだったので、少しmajor tranquilizerを処方した。


 介護保険を使って、当院のショートステイを適宜利用しながら、その後3年ほどは自宅で生活することができた。


 年明けのある日、「熱が高い」との主訴で私の外来を受診された。身体診察では右背側にcoarse crackleを聴取。血液検査とレントゲンを確認すると右中肺野に浸潤影を認め、炎症反応の上昇を認めた。右の肺炎と診断した。娘さんに病状説明し、急変時には人工呼吸など蘇生処置を行わないことを確認、当診での入院加療を希望されたので、私が主治医として入院加療を開始した。


 CTRX 1g/日で炎症反応は改善、発熱も落ち着いたが、やはり90代の方の肺炎は命取りになるのだろう。血液検査や胸部レントゲンが改善しても、全く食欲がなくなってしまった。飲み込みやすい形態のゼリー食としたが、それも飲み込めなく(飲み込まなく?)なってしまった。


 Key personの娘さんには、肺炎は治癒したが、お食事をとろうとされなくなっており、いわゆる「老衰」の経過です、とお伝えした。500ml/日の点滴を続けたが、徐々に活気もなくなり、1ヶ月ほどで永眠された。年齢を考えると「大往生」であった。


 「長い闘病生活、お疲れ様でした」

 と、最期にJさんに声をかけた。


 今でも、初めての診察の時、診察に入ってこられたJさんを見て、てっきり若い人が入ってくると思っていたので「ありゃ~?!」と思ったことは忘れられない思い出である。

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