第92話 Courvoisier兆候
内科学の教科書を見ると、“Courvoisier兆候”とは、無痛性の胆嚢拡張で、触診で風船状に拡張した胆嚢を触れ、総胆管の悪性閉塞を示唆する所見、とある。
Yさんは診療所の古くからのかかりつけの方であったが、私が診療所に勤め始めたころから、認知機能が低下し始め、以前は定期的に下剤をもらいに来ていたのに、次第に不定期になってきていた。ご家族のお話などを振ってみても、何とも的を射ない答えが返ってきて、ただ、便が出なくて苦しい、と言っては不定期に私の外来に来るようになられた。
いつだったか、数か月ぶりにYさんが外来に来られた。訴えは
「いつもの薬が無くなった」
とのことだったが、何となくYさんの顔色が黄色い。手のひらを見せてもらっても黄色い感じがする。結膜を見ても何となく黄色いが、高齢の方は結膜が黄色っぽく見えても黄疸ではないことが多い。悩ましいところだが、どう見てもいつものYさんの肌色ではないように思えた。ただ、私たちはいわゆる「黄色人種」であり、黄疸はないのに、確かに黄色っぽい感じの皮膚を持つ人もそれなりにいるのである。
おなかを見せてください、と伝え、腹部の診察をした。腹部もやはりいつもより黄色い感じがする。右季肋部を触診すると、まるで水風船を触っているような構造物を触れた。特に痛みはなさそうで、Yさんはケロッとされていた。
「あぁ、これか!」
と私は思った。初めて経験したが、まさしく教科書通りの“Courvoisier兆候”である。やはり黄色いのは私の気のせいではなく、閉塞性黄疸であろう。胆管癌、膵頭部癌、十二指腸乳頭部癌など、悪性の可能性が高い。
精査加療目的で高次の医療機関への受診が必要だが、そこで「どうしよう」と悩むことになった。認知症のYさんは、ちゃんと病院に行ってくれるのか?ということである。今すぐ慌てて搬送が必要、というほどの重篤感はない。この数日のうちに消化器内科の一般外来を受診していただくことでいいと思うのだが、こちらの思うように受診してもらえるか、不安だった。
とにかく、S病院消化器内科の予約を取り、ご本人には、
「Yさん、今診察させてもらうと黄疸が出てるようです。大きな病院で、黄疸の原因を詳しく調べてもらいましょう」
と伝え、紹介状と予約表を受付でお渡しし、受診してもらうこととした。
2週間ほどして、S病院の消化器外科から返信が届いた。やはり膵頭部腫瘍だったとのこと。全身検索を行ったうえで、手術の適応かどうかを判断します、とのことだった。
それから数か月後、
「便の薬が無くなった」
という訴えで久しぶりにYさんが受診された。皮膚の色は前回より白く、やはり前回の受診時は黄疸だったのだと思った。返信を持ってこられたが、結局精査で手術適応なしと判断され、総胆管にステントを挿入し、BSCとしました、とのことだった。
その後半年ほどは、時々いつも通りに便の薬をもらいに来られていた。最後の受診は、発熱を主訴に受診された。右季肋部痛があり、皮膚にも黄疸が出現。おそらくERBDチューブ閉塞に伴う急性化膿性閉塞性胆管炎と考えた。S病院に緊急で搬送をお願いし、その後しばらくして、永眠されました、との返信が届いた。
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