第89話 果たせなかった約束
Hさんは、診療所の古くからのかかりつけの方であった。私が入職した年の正月にお餅をのどに詰め、誤嚥窒息、その後誤嚥性肺炎を起こし、正月から4月頃まで診療所に入院しておられた。退院後、上野先生から勧められ、赴任後すぐの私の外来に通院するようになられた。入院中に、代替栄養はしないと決意されていた。娘さんと二人暮らしをしており、通院にはいつも娘さんがついてきてくれていた。誤嚥するほどの年齢、体力なので、自力で通院することは難しかったのである。
Hさんは加齢のせいか、誤嚥傾向があるせいか、食事量が少ないのが悩みだった。ご本人に聞いても、
「あまりおなかが空かない」
とのこと。娘さんは、Hさんがご飯を食べないのが心配で、
「点滴してもらえませんか?」
ということでしばしば診療所に連れてこられていた。薬も少し多めではあったが、消化管の運動をよくするような薬や、時に副腎不全を考え、ステロイドを使ってみたりもしたが、あまり効果はなかった。
数年の経過で、徐々に全身も衰弱し、痰が絡んで喀出できず、酸素の状態が不安定、とのことで繰り返し入院されるようになった。退院後は訪問看護師さんのサポートをつけたりしたこともあったのだが、ベースに老衰があるので、状態はなかなか改善せず、長期入院となっていた。娘さんは日中は仕事があるため、日中独居となり、在宅での療養はできない状態であった。ケアマネージャーさんが施設を探し、ここなら良さそう、という施設のめどがついたのだが、以前にも書いた、上野先生が亡くなられたらすぐに診療所を去ってしまった訪問看護師さん、その方が別の訪問看護ステーションの責任者になっておられ、その訪問看護ステーションの関連施設をご家族に強く推してこられた。
そんなわけで、その関連施設に入所されることになった。施設は診療所から遠方で、訪問診療を受けるのはおおむねこの範囲、という地域を越えていたが、長年のかかりつけの方、ということで無理をして訪問診療に行くことにした。
その施設は、とある旧家を借りて運営しており、古くからの地域の旧家なので家も大きく、複数の人を受け入れることができた。もちろんもともとが家だったので、いわゆる「施設」という感じがしないところだった。Hさんは当初は、庭の見える明るい部屋におられ、
「いい場所ですね」
とお話ししていたのだが、数か月後、Hさんのお部屋だと思って、その部屋に入ろうとすると、施設スタッフが
「先生、そちらじゃないんです」
と私たちを押しとどめ、別の部屋に案内した。その部屋はロフトがあり、ロフトにはいろいろな物品が置いてあるようだった。Hさんは、いわば物置部屋にお引越しされていた。施設側にもいろいろな事情はあったのだろうが、その後1年間以上、Hさんは物置部屋で過ごされていた。
経過とともに、徐々に衰弱して来られていたが、Hさんは
「また来てな」
と毎回言ってくれていた。Hさんや娘さんとは
「私が最期まで診ます」
とお伝えしていた。徐々に全身も衰弱しており、いつ緊急コールがあってもおかしくない状況となった状態で、数か月、Hさんは過ごされたが、とある日の午前診の最中に、施設に訪問看護に行った訪問看護師さんから連絡がかかってきた。
「今朝から意識レベルが低下しています」
とのことだった。
「バイタル(バイタルサイン)を教えてください」
「血圧、脈拍も安定しており、熱もありません」
とのことだった。この時点でバイタルサインが崩れていたら、すぐに診療所に搬送し、看取りモードに入っていたと思う。しかし、バイタルが安定している、と言われたので、ひどく逡巡した。
うちに来てもらい、そのまま、十分な検査もできずにさらに衰弱し、亡くなられていくのを見ていくだけ、というのがいいのか、バイタルサインに異常がなければ、低血糖などの鑑別を考え、高次医療機関で精査してもらうのがいいか、Hさんにとってどちらが適切な行為なのか、幸せな選択なのか、一生懸命考えた(前にも書いたが、すぐに方針を決定するので、考えていないのではないか、と思われるくらいすぐに答えを出す)。バイタルが安定しているのであれば、高次医療機関で精査加療を行ない、原因の同定ができた時点で、当診に転院の受け入れをする方がいいだろうと判断した。
「わかりました。バイタルサインが安定しているなら、余裕はあると思うので、急性期病院で精査を受けてください。病態がわかり、こちらに連絡下されば、入院の対応はすぐに取らせてもらいます」
と伝え、急性期病院への搬送を指示した。
バイタルサインは安定している、と言っておられたのだが、残念なことに、救急車内で心肺停止となり、搬送された先のERで蘇生処置を受けたが反応せず、そのまま永眠されてしまったのであった。
「救急車内で心肺停止となるんだったら、うちに来てもらえばよかった」
と搬送先の病院からの連絡を受け、とても後悔した。
「最期まで僕が診るよ」
とHさんと交わした約束を破ってしまった。非常に申し訳ないと思った。その後時間を見て、娘さんにも連絡、お悔やみの言葉と、
「最期まで診ることができず、大変申し訳ありませんでした」
と謝罪した。約束を破ってしまったことは、今でも心に刺さっているとげの一つである。
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