第88話 適切な転送。
子供の頃から当診かかりつけのMさん。年齢は私より数歳お若い方で、お仕事で世界中を飛び回っている方だった。定期通院が必要な病気は持っておらず、体調の悪いときに、診療にお見えになられていた。私の実家の近くにお住まいで、子供の頃から、お互いに面識はある方だった。
とある日、外来をしているとMさんが受診された。お話を聞くと、「最近、倦怠感が強いのです。また、職場の健診でコレステロールが高い、とも言われたので、一度採血をしてほしいです」とのこと。
お身体を診察したが、特に問題になるような所見を認めなかった。
「お仕事も忙しいので、疲れがたまっているのでしょうか?血液検査を行ないますが、コレステロールは外注検査になるので、1週間後くらいに結果を聞きに来てください」
とお伝えし、その日は帰宅とした。
1週間後、Mさんが再診。コレステロール値はそれほど高くなく、吹田スコア(年齢、コレステロール値、家族歴、生活習慣を複合的に考え、冠動脈疾患の発症リスクを評価する値)を考えると投薬は不要なレベルだった。しかし、LDHが700台と不自然に高値。その他、スクリーニング検査では特記すべきものはなかった。
「Mさん、採血検査でLDHという、身体の細胞すべてが持っている酵素が極端に高くなっています。身体のどこかで、細胞が合成と破壊を激しく行っている所見です。お身体の所見でははっきりしませんが、精密検査が必要です。体のだるさは、おそらくその病気が原因だと思うので、大きな病院でしっかり検査を受けてもらいましょう」
とお伝えし、急性期病院に紹介状を作成、予約を取って帰宅とした。
その1週間後、紹介先から返信が届き、
「悪性リンパ腫と診断しました。血液内科で治療を行なっていきます」
とのことだった。身体所見や血液検査の白血球分画でも異常がなかったので、とてもびっくりした。
Mさんのお母さんも当院かかりつけで、北村先生の外来に定期通院されていた。Mさんの返信から2か月後くらいだったか、北村先生の診察を受けられたついでに、私の外来に顔を出してくださり、「今、骨髄移植を受け、治療中です」と教えてくださった。骨髄移植は命懸けの治療であり、お話を聞いて、ぜひうまくいくよう願った。
それから1年ほど経ったころだろうか?Mさんが紹介状を持って、私の外来に受診に来られた。
「今日は、体調不良ではなく、紹介状をもって報告に来ました。先生が紹介してくださったおかげで、命拾いをしました。本当にありがとうございました」
とのお言葉。
「いえ、Mさんが治療に頑張られたから、お元気になられたのですよ。でも、厳しい治療を乗り越えられて、お元気になられ、本当に良かったですね」
とお伝えした。
その後、Mさんは復職され、また元の仕事に戻られ、世界中を飛び回っているとのことだった。風邪を引いたりしたときに受診され、念のため血液検査は行なっているが、再発を疑う所見はなく、対症療法薬を使って、速やかにお元気になられていた。
お元気になられて、本当に良かった。
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