第79話 蟹工船?(どれだけ私は働けばいいの?)

前項の続きです。


 事務課長の言動が厳しく、時にパワハラともとれるような言動をとるようになり、古くからの事務スタッフを含め、事務スタッフの退職が相次いだ。これが医師の当直の体制に非常に大きな影響を与えた。


 夜間の当直帯は、男性の事務スタッフ(防犯の意味も兼ねているので、女性には入ってもらっていなかった)一人、看護師さん一人、医師一人の3人で当直体制を組んでいたのだが、男性職員の退職が続き、男性の事務当直が回らなくなってしまった。しばらくは事務課長が無理をして、事務当直の連直をして穴を埋めてくれていた。


 私もかつて事務当直のアルバイトをしていたので、事務当直の仕事のしんどさはわかっていた。なので、こまめに、

 「Oさん、体調は大丈夫ですか?無理をさせてしまい、すみませんね。休めるときには身体を休めてくださいね」

 と声をかけていた。これについては、彼が退任の時に文書で

 「保谷先生は連直している僕に、労いと身体を心配してくれる声をよくかけてくれていたが、理事長からは一言もなかった」

 と書いているほどなので、声掛け自体はありがたく思ってくれていたのだろうと思っているのだが。


 ただ、その後、理事会での源先生とOさんの対立が破局的となり、Oさんは理事解任、ご自身で退職の申し出をされたが、これで、完全に事務の当直体制は崩壊してしまった。


 どうしても事務当直がいない夜ができてしまうことになってしまった。非常勤医の当直の時は、どうしても不慣れなので事務当直が必要だろう、ということで非常勤医に優先的に事務当直をつけることとした。そして当初は、『常勤医である源先生と私の二人は、事務当直と医師当直を兼任』、という形で当直をする、ということに決定した。事務部をまとめる人もいなくなったので、源先生は元事務部長のTさんをもう一度診療所に呼び戻し、もう一度事務部長として動いてもらうこととなった。


 事務当直と医師当直の兼任については事務部長が素早く動き、は、診療所出入りの業者さんにアルバイト、ということで事務当直をお願いし、事務当直がついたのだが、結局私には最後まで事務当直スタッフが付くことはなかった。


 もともと、アルバイトで事務当直をしていた、ということもあり、当初は理事長も私も事務当直兼任で医師当直を行なう、となっていたので、夜の診察後、事務スタッフが残っているときに、医療事務作業用の電子カルテの使い方を教えてもらい、現在の事務当直の仕事を覚え、結局1年ほど事務当直兼医師当直として、当直業務を行なった。しかしふたを開けててみれば、結局のところ、医師と事務職を兼任したのはだったし、兼任したからといって、私の給料に何か加算されたわけでもなかった(事務当直分は完全に、ということですな)。


 医師当直だけなら、夜の診察が終わったら、病棟を確認し、食堂で夕食、その後当直室に入って呼ばれるまでは仮眠、ということになるのだが、事務当直を兼任すると、当然のことながらこれだけでは済まない。


 事務職の仕事として、夜の外来が終了したら、夜の外来の清算、確認を行ない(これは事務スタッフが助けてくれることが多かった)、所内の見回り(見回りが終わるまで残業してくれるスタッフが多かったことは助かった)、そして、出入り口のカギを全て施錠し必要以外のところの電気を消して、少し休憩。

 しかし、いつ電話がかかるのかわからないのでなかなか気は休まらない。合間に夕食を食べて、日付変更線を過ぎるまでは待機。


 日付変更線を過ぎると、すべてのPCをシャットダウン、レセプト用のPCも終了処理をしてシャットダウンし、サーバーのバックアップ業務を開始。バックアップ作業には40分ほどかかり、その間も待機。バックアップ処理が終わると、事務用のPCシステムと、検査機器用のPC、診察室の電子カルテ用PCの電源を立ち上げてから就寝(AM1時ころ)となる。もちろん、深夜帯にかかってきた電話には対応することになる。

 そしてAM5時過ぎに起床し、検査機器用のPCを再起動、電子カルテも二つの診察室のものを立ち上げ、事務用PCも立ち上げ、深夜帯の精算を行ない、その日一日分の精算を確認。そのあと必要なところは解錠し、解錠すると不審者が入ってくることがあるので、受付で待機しながら、領収書の日付印やカルテ用の日付印が正しくなっているかを確認し、事務スタッフが来るのを待機する、という仕事であった。


 事務当直に入った事務スタッフは、当直明けは朝からoffになるのだが、こちらは医師なので、当直後も従前のまま、夜診まで、また通常通りの仕事である(医師の仕事もしている分、私の方がハードなはずなのだが?)。


 これは患者さんが来なかった時の流れで、一番困ったのは、私一人の時に複数の患者さんが来院されたときである。

 事務当直スタッフがいれば、私が診察、薬を調剤(薬の調剤は薬剤師の独占業務であるが、自分自身が処方箋を書いたものについては、処方箋を書いた医師自身が調剤することは可能である)する間に、患者さんの精算処理(しかも事務スタッフなので慣れている)をしてもらい、分業することでスムーズに患者さんの処理ができる。

 しかし、ひとりで全部しなければならなければ、仕事量は指数関数的に増加する。一度、10分ほどの間に3人患者さんが来られたことがあり、とても大変だった。


 それぞれの患者さんの健康保険証を預かり、電子カルテの登録内容と比較、その日は、一人保険証が変わっていたので、その入力にも時間を取られた。そして電子カルテの用意ができたら診察。一人一人、診察して、調剤して、精算して、とすると時間がかかるので、3人分カルテを用意して、3人を続けて診察、いずれの方も重症ではなかったので検査をすることなく、投薬で対応できた。


 しかし、調剤も3人分となると結構大変で、特に一人は子供さんだったので、粉薬を秤で測って調剤、分包機にかけて、という作業となった。そんなわけで、調剤もそれなりに時間がかかり、今度は精算。

 不慣れな中、ミスをせずに内容を確認し、精算用の電子カルテ画面を入力、領収書と薬の説明書を印刷し、薬袋にお名前を書いて、間違わずに薬を入れて、お一人ずつ薬の説明とお金をいただき、発行した領収書に領収印を押し、おつりとともにお渡しした。


 結局その時は3人の方を診察、調剤、精算してお帰りいただくまでに1時間以上かかった。診察、調剤以外のところで、もうくたくたであった。そんな当直が1年近く続いたのであった。もちろん、2倍の仕事をしているにもかかわらず、当直に何がしかの手当てがつくことはなかった。まったく私の一人損である。



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