第41話 BLS(Basic Life Support)
とある日、第一診察室に源先生、第二診察室に私、という体制で午前の診察を行なっていた。午前の診察はAM9:00~12:00までが受付時間で、一応受け付けた患者さんの診察が終わるまでが午前の診察の担当時間、ということになっている。
午前10時過ぎころだったか、急に診察室裏の通路がバタバタした。少しバタバタしたが、その後は普段通りに戻ったので、待っておられた患者さんも多かったこともあり、手を休めず外来診療を続けた。
外来が終わって、外来看護師さんに
「何かあったのですか?」
と聞いたところ、
「40代の障害を持つ患者さんが、しんどい、ということで源先生の外来を受診されたんです。しんどいので処置室で休んで待ってもらっていたんですけど、10時過ぎくらいに、付き添いで来られていた入所施設の職員の方から、『ご本人の様子がおかしい』とナースコールがあり、様子を見に行くと呼吸が止まっていたんです。すぐ源先生に報告して、源先生は患者さんを診察され、死亡を確認しました。その後に来たご家族の方に説明して、死亡診断書を作成されました。施設でお身体をきれいにする、とのことで帰って行かれました」
とのことだった。
いやいや、おかしいことだらけやん。障害を持つとはいえ、40代の方が心肺停止になることがまずおかしい(この「おかしい」は、医学的にとんでもないことが起こっている、という意味で「おかしい」)。付き添いの方が
「様子がおかしい」
と呼んでくれているので、目撃者のある心肺停止であり、当然心肺蘇生術を行なうべき状態である。しかも、心停止直後から心肺蘇生術を行なっていれば蘇生率は高い。なので、心肺停止している、と判断した時点で速やかに心肺蘇生術をしていないのは「おかしい」(医学的判断が正しくない、という意味で)。
少なくとも上野先生も北村先生も外来担当がなく、freeの状態なので、助けを呼んで心肺蘇生術をしなければならない(医学的にも、倫理的にも)。隣の診察室で仕事をしている私にその状況を誰も伝えにこなかったことも問題だと思う(そんな状況だとわかっていたら、大慌てでCPRをしたよ)。そして、診察を受ける前に心肺停止状態になっているので、本来なら異状死として対応すべきところを、「病死・または自然死」として対応し、死亡診断書を書いていることもおかしい。ご家族が納得されて帰られた、とのことなので、そこをほじくり返そうとは思わないが、おかしいことだらけである。また、看護師さんには厳しい言葉かもしれないが、心肺停止、と判断したら、医師の判断を仰ぐと同時に、心肺蘇生術を開始しなければいけない。
心肺蘇生術(CPR: CardioPulmonary Resuscitation)は、AHA(American Heart Assosiation)の設定したBLS(Basic Life Support)と、ACLS(Advanced Cardiopulmonary Life Support)やPALS(Pediatric Advanced Life Support)などがあるが、BLSは特に医療従事者でなくても、実施可能なものである。
具体的には、心肺停止かどうかの判断、心臓マッサージ、人工呼吸の3つであり、状況によっては人工呼吸も不要とされている。普通の人が車の免許を取るときに、事故時の対応で習う心臓マッサージ、人工呼吸と本質的に同じものである。なので、医師の許可などは不要であり、必要であればだれでもが行うことができるのである。
CPRの開始が遅れれば遅れるほど、心拍再開の可能性は下がり、重篤な後遺症のリスクは上昇することがわかっている(医療従事者であれば当然の知識)ので、まずBSLを始めなければいけない。ということも、意思統一されていなかったようだった(「意思統一」ではなく、医療従事者としては当然のことのはずなのだが)。
これは極めてまずい!ということで、院内勉強会として時間を空けている水曜日の午後に、私が中心となって、BLSの講習会をすることにした。私はAHAのインストラクターではないので、何か資格を与えることはできないが、少なくとも、職員みんなが協力して、BLSで患者さんの命をまず最初につなぐ、ということができるようになってもらおうと考えた。
ありがたいことに院内に、CPR練習用の人形(バッグバルブマスク換気、心臓マッサージに対応)があったので、それを使って、処置室で待機中の方が心肺停止になった、という想定で、速やかに人を呼んで、心臓マッサージ、人工呼吸用のアンビューバッグの用意とアンビューを使った換気、看護師さんにはそれと同時に生食での点滴路確保と採血の用意を練習することにした。職員はシフト制で、水曜日が休みの人、水曜日に訪問診療に出かける人がいるので、職員を2チームに分けて、2回、同じ内容のトレーニングを行なった。最初はみんなオロオロしていたが、看護師さんたちは昔取った杵柄、すぐに身体が動くようになった。事務スタッフはしばらくオロオロしていたが、人をたくさん呼ぶことと、心臓マッサージをすることに注力してもらうことで動きがよくなってきた。(残念ながら、最も動きが悪いのが医師であった)。
年に1,2度はこのような講習会をやって、スタッフの連携が取れるようにしたいと思っていたのだが、その後、私が水曜日の訪問診療に出ることになってしまい、講師がいなくなってしまったので(私以外の先生、何とかなりませんか?)、尻切れトンボになってしまった。極めて残念である。
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