第42話 うまい縫合、しっかりした縫合

 上野先生の訪問診療を受けていたOさん、当初はご夫婦で訪問診療を受けていたのだが、先に奥様が旅立ち、ご主人がお一人で生活されていた。Oさんも徐々に認知症が進み、ある日転倒し、左大腿内側にかなり大きな挫創を作ってしまったとのこと。創は10cm近くあり、大腿の付け根近くから、膝関節近くまで裂けてしまったらしい。


 ヘルパーさんから連絡があり、上野先生が緊急で往診、縫合処置を行ない、創は1週間で抜糸した。創は閉鎖したようだったが、しばらくすると、また転倒し同じところが裂けてしまった。その日もヘルパーさんから連絡があり、また上野先生が縫合処置をされ、1週間で抜糸された。創は閉鎖していたそうだが、また、転倒して創が開いてしまったそうだ。今回は、土日を挟んでおり、受傷からの時間が不明であったこと、熱も出てきた、とのことで私の外来に受診された。上野先生からも「保谷先生、入院をお願いします」と言われたので、診察をした。

 創は感染兆候はなさそうだが、筋膜まで見えており、創は深かった。受傷からのゴールデンタイムを逃していると思われるので、単純に縫合するのは適切ではない。創内を流水で十分に洗浄。debridementを必要とする壊死創はなかったので、行わず。診療所にはペンローズドレーンのような便利なものはないので、ガーゼを使って、wet to dry drainageを行ない、創については荒く垂直マットレス縫合で縫合した。縫合創を見た上野先生は「保谷先生、縫合はうまくないねぇ」と仰られた。確かに私は不器用なので、縫合創は外科の先生が縫われるほどきれいではない。しかも、ドレナージ用のガーゼを入れて、垂直マットレス縫合で、荒く縫っているのでなおさら美しくない。それはそれで先生のおっしゃる通りだった。

 発熱していたので採血をすると、白血球、CRPも高めであった。入院して抗生剤で治療することとした。抗生剤のターゲットは表皮ブドウ球菌などを考え、MINO 100mg×2回/日で開始した。


 入院後から、Oさんは不穏になった。何とか初日は乗り切り、翌日、創を確認。感染兆候がなかったので、ドレーンとして入れていたガーゼを除去。創はガーゼ貼付で管理し、閉鎖療法は感染のリスクがあるので行わなかった。Oさんの不穏は強く、入院は2日間が限界だった。


 あとは、上野先生が往診でfollowされることになり、MINOは内服で1週間続けることとした。1週間後に抜糸、創はきっちり癒合していたと。


 その後しばらくして、上野先生から言われた。

 「保谷先生に縫合してもらった時、『上手くないなぁ』と思ったんだけど、あれからOさんの傷、全然裂けないんだよ」と。


 上野先生にはお伝えしてないが、たぶん、上野先生の縫合は浅かったんだと思う。真皮の深さの縫合になっていたのだろう、と思っている。筋膜が見えるほどの深さの傷なので、その深さまで縫合する必要があったのだが、表面だけを閉じたので、傷が閉じたと思っても、その下が閉じていなかったのですぐに開いたのだと思う。私の縫合はうまくなかったけど、深い層まで糸を通した(垂直マットレス縫合)なので、創がきっちり閉鎖し、開かなくなったのだと考えている。


 美しくはないけど、しっかり縫合した。これも九田記念病院ERでのトレーニングのたまものである。

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