第38話 介護用病床
診療所の病棟は、以前にも記載したように2階と3階に分かれていた。3階の部屋の一部は、介護保険で使用する介護用のベッドであった。診療所にかかりつけの患者さんが、何らかの理由で、介護保険を使ってショートステイをするときに使う病床である。かかりつけの患者さんでショートステイのニーズはそれなりにあり、病棟には医療で入院されている方、介護保険で短期入所されている方がいた。
もちろんパッと見はわからないので、医療で入院の方は白い用紙、ショートステイの方は緑色の用紙を使っていた。ショートステイは介護保険の話になるので、その詳細はよく分からないのだが、事務部、看護部から「ショートステイの方も毎日回診して、カルテを書いてください」とのことだったので、入院、ショートステイに関わらず、全員の回診を行なっていた。
時に、ショートステイ中の患者さんが発熱したりして入院に変わるときがあり、その時は、続けて白い入院用紙に所見を記載する、というわけではなく、新たに入院用カルテを用意(Admission noteを作成)する必要があるので、結構カルテ作成が手間だった。
時には命に関わる急変もあり、大慌てすることもあり、あるいは転送した後の経過の速さに「え~っ!」とびっくりすることもしばしばだった。
パーキンソン病をお持ちのWさんは、当院の非常勤ケアマネージャーさんのお母さんだった。穏やかな方で、よくショートステイを利用されていた。
ある朝、回診のためナースステーションに顔を出すと、当直Ns.から
「先生、昨日の晩、Wさんが食事を嘔吐して、それから食欲ないみたいやねん」
と報告を受けた。Wさんの診察に向かうと、確かにいつもの穏やかなWさんの表情ではない。しんどそうな表情をされている。どんな病気でも嘔吐することがあるので、「嘔吐」という症状だけで、病気を絞り込むことはできない。お身体を診察すると、昨日は平坦だったおなかがずいぶんと張った感じがして、打診をすると、tympanicだった。前日はここまでガスが溜まっていたわけではない。
今、Wさんはショートステイ中なので、医療行為ができない。医療行為をするためには入院に切り替えなければならない。しかし、前日とは全く違うおなかの張り方をしておられ、何かおなかに起きていることは間違いなさそうである。
看護師さんに、
「Wさん、入院に切り替えよう。院内緊急で血液検査と、腹部CTを今から機械を立ち上げて、撮影するから、その結果を見て判断しよう」
と指示し、CTの機械を立ち上げ、採血を行ない、CTの機械が用意でき次第、腹部CTを撮影した。
血液検査では著明な白血球増多、CRP >7.0と振り切れており、腹部CTでは、直腸~S状結腸がパンパンに張っている。径を測定すると下部結腸なのに6cm近くに拡張しており、周囲の脂肪組織の濃度上昇もあった。結腸(大腸)の直径が6cmを超えると穿孔(穴が開く)する危険性が極めて高くなる。
「これは急性期病院での精査加療が必要だ」と判断し、Wさんの娘さんを呼んでナースステーションで血液検査、腹部CTの結果をお見せし、「何か、大腸に急激なトラブルが起きているようです。今から病院を探して転送します」とお話しした。
大急ぎで近隣の急性期病院に連絡し、某病院が受け入れOKとのことだった。救急車を呼んで、Wさんと娘さんに乗っていってもらい、某病院に救急搬送とした。Wさんの出発を確認してから、大急ぎで白い入院カルテを作成し、経過、検査結果を記載した。
翌朝、娘さんが、私のところに来て、「今朝の未明に母が亡くなりました」と報告を受けた。あまりに急な経過だったのでびっくりした。これからすぐに自宅に帰って、葬儀の用意をするとのことだった。数日後に転院先から返信をいただき、診断名は「中毒性巨大結腸症、原因は不明」とのことだった。高齢の方だったので、腸管虚血を起こしたのかもしれない。腸管のトラブルは、時々、あっという間に人の命を取っていくので、怖いものである。
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