第37話 気づけよ!!(鑑別診断考えようよPart3)
インフルエンザがそれなりに流行している冬のある日、源先生の外来に40代の女性が受診された。3日前にA型インフルエンザと当診で診察され、抗ウイルス薬、解熱剤を処方されていた。前日に
「身体がひどくだるい」
とのことで午後の診察を受診、北村先生の診察を受け、点滴を受けて帰宅となっていた(カルテには看護師さんがとったバイタルサイン(正しくは体温、血圧、脈拍数、呼吸回数、意識状態の5つを指し、命と直結しているのでバイタルサインという。呼吸数は数えるのが手間なので、SpO2で代用されていることも多い)が記載されており、体温は36度台に改善していたが、低血圧と頻脈が見られていた)。その日も、
「点滴してもしんどくて、いつもの体調不良とは全く違う」
とのことで受診されていた。その日も発熱はないが、血圧は80代、脈拍は120台だった。源先生は、脱水と診断し、点滴 500ml×2本の指示を出し、点滴終了後、帰宅と指示していた。
患者さんは点滴を受けたが、点滴終了後も体調は改善せず、
「もう一度診察してほしい」
と希望された。源先生はその時には訪問診療に出られており、前日診察した北村先生に診察依頼がかかったようだ。北村先生はCBC、CRPの項目のみ院内採血を提出し、さらに輸液を200ml追加を指示した。CBC、CRPの異常はなく、点滴も終了近くとなったが、低血圧、頻拍、全身倦怠感は変わらず、
「全然よくなりません」
と看護師さんに訴えられた。看護師さんも
「やっぱりおかしい」
と思ったようで、私に連絡があった。
患者さんのベッドサイドに行き、病歴を患者さんから確認、看護師さんから、本日の指示内容と院内での経過を確認した。インフルエンザの診断を受けてから、水分は自宅でこまめにとっていたとのことであり、また、前日のバイタルサイン、本日のバイタルサイン、輸液量にもかかわらず状態が改善しないことから、「脱水」という診断はどう考えても不自然であると考えた。
お身体の診察をすると、お身体は少し冷や汗をかかれている。呼吸苦を感じておられたためか、ベッドは半坐位になっていた。頚静脈圧の診察には適切な体位であり、頚静脈は下顎角のあたりまで怒張しており、明らかに頚静脈圧が上昇していることが分かった(頚静脈圧は45°半坐位で胸骨角から4.5cmまでが正常。頚静脈圧の上昇は右心系の心不全を示唆する)。口腔内はmoistで、やはり脱水とは思えない。胸部聴診では両背側にcrackleを聴取、下腿浮腫も見られ、A型インフルエンザの先行感染があることを考えると、ウイルス性心筋炎による心源性ショックの可能性が高いと考えた。北村先生の採血項目に、院内採血で可能な生化学検査をすべて追加し、採取した検体を再検査、さらに胸部レントゲン、心電図を指示した。
胸部レントゲンでは、明らかな心拡大とbutterfly shadow(心不全で特徴的なレントゲン所見)が見られ、心電図は全体的に低電位で、心筋梗塞とは異なり、不規則な誘導でST―T異常を認めた。生化学検査ではGPTは基準値内だが、GOT、CPKが高値を示しており、やはりウイルス性心筋炎に伴う心源性ショックと診断した。心筋炎は、心臓の筋肉がダメージを受けて心機能が低下している状態で、重症なら心臓が止まってしまうこともある。患者さんを連れてこられたお母様と、ご本人に病状説明。
「ご挨拶が遅れました。内科の保谷と申します。点滴をしても状態がよくならないとのことで、私が診察させてもらいました。血圧が低く、脈拍が速く、少し冷や汗もかいておられ、何らかの原因で、身体の隅々にまで酸素や栄養が送られない、医学的に『ショック』という重症の状態です。北村先生の検査にいくつか追加の検査をさせてもらうと、心臓の筋肉にダメージが起きて、心臓の機能が落ちることによっておこる『心源性ショック』という状態だとわかりました。インフルエンザにかかってから急に調子が悪くなっているので、インフルエンザウイルスが心臓の筋肉に悪さをして、心臓の筋肉が弱っている状態です。非常に重症の状態なので、救命救急センターから、受け入れ病院を探していきます」
と説明した。お母様は
「ほかの先生の説明は納得できなかったけど、先生の説明でよく分かりました。納得できました。転送をよろしくお願いします」
とおっしゃってくださった。
すぐに近隣の救命救急センターに連絡、
「A型インフルエンザ感染に起因する急性心筋炎、心源性ショック」
との診断で転院を依頼したい、とお願いし、速やかに紹介状を用意し同院の病診連携室に送信。しばらくして、受け入れ可能と連絡が診療所に入り、市の救急車を要請、患者さんとお母様を乗せて、救命救急センターに患者さんは向かわれた。
数日後に、救命救急センターから、
「急性心筋炎による心源性ショックだが、カテコラミンで心機能は維持できており、全身状態も改善している」
との報告があり、ほっとした。
それまではしばしばその患者さんは当診を受診してくれていたのだが、この出来事以来、受診されることはなくなってしまった。おそらく信頼を失ったのだろう。残念なことである。
バイタルサインの異常に気付き、ご本人が
「水分は取っている」
と言っておられ、口腔内も湿り気があるのだから、脱水による低容量性ショックは考えにくい、と考えるべきだし、インフルエンザの合併症で頻度はまれだが(ほとんどの人は合併症なく治癒するので)、心筋炎などの原因となりうる、と知っていれば、もっと早く診断はついただろうと思う。
バイタル異常がある人ほど、ちゃんと鑑別診断を考えて医療を行なおうよ!と思った。
看護師さんには、
「バイタルサイン異常の人が来たら、遠慮せず私を呼んでください」
と伝えた。診療所の中では、新入りの私が最もその辺りに長けているようである。九田記念病院での訓練が生かされているのであろう、ありがたいことだと思った。
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