第31話 総合内科専門医試験、プライマリ・ケア認定医試験

 診療所に移った最初の年に総合内科専門医試験を受けた。試験勉強、といっても根をつめて勉強したわけではない。専門医試験の問題は当時公開されていなかったので、内科学会ホームページで公開されていた認定医試験の問題を数年分繰り返したことと、腎生検の所見と骨髄像は、普段見慣れていないので、医学生用の教科書を買ったり、学生時代の教科書を見直すぐらいであった。


 総合内科専門医試験の合格率は6割に満たない、と風の噂で聞いたことがあり、緊張していた。会場も、認定医試験の時は関東と関西に会場が設けられていたが、専門医試験は横浜会場だけだった。認定医試験の時は、前日の夜に台風直撃のため急遽神戸に前乗りしたことを覚えているのだが、専門医試験の時は前乗りしているはずなのだが、新横浜あたりで泊ったような気がするくらいで、ほとんど記憶がない。


 試験問題は思ったほど難しいものではなかったように記憶している。今は、内科学会から過去問集が販売されているが、その当時はそういったものはなかった。でも、それまで身に着けていた内科の知識で乗り切れるレベルのものだった。試験会場に同期がいないか見回すと、ほとんどしゃべったことのない大学時代の女性の同期が見つかった。でも、なんとなく声をかけづらく、スルーしてしまった。よく勉強をしている人だったので、おそらく彼女は合格するだろう、とおもっていた。九田記念病院の同期は見つけることができなかった。


 何となくやり切った感があり、その後帰宅、新横浜駅でお土産に何を買って帰るのか、苦労したことは覚えている。


 試験からどれくらいたっただろうか、それも覚えていないが、日本内科学会から通知が届いた。専門医試験の結果である。少しドキドキしながら封筒を開ける。結果は無事「合格」だった。内科の各分野の自分の得点と、平均点が記載されていた。すべての分野で平均点を上回っていたので、結果は「良かった」ととらえるべきだろう。 

 内科医に進むことを選択してから大きな目標の一つだった「総合内科専門医」、無事に取得できた。これで、自分のことを「内科医です」と名乗ってもよいだろう、と思った。また、九田記念病院でのトレーニングが効果的でもあったのだろう。ただ、専門医を取って実感したのは、専門医を取る前と、取った後とで、私の実力がそう変わるわけではない、ということであった。イケてる時もあれば、イケてないときもある。それは変わらないなぁ、と思った。


 プライマリ・ケア認定医を取得したときは、プライマリ・ケア連合学会に何かあったのだろうか、それまで、結構厳しい症例ポートフォリオの提出を要求していたのに、その期間、症例の提出なしで、試験だけで認定が取れる、という特例を設けた。診療所で、まさしくプライマリ・ケアに従事していたので、「これは取らないと」と思い、迷わず出願した。


 試験会場は東京新橋の少し駅から離れたビルだった。問題は必修問題2問と、選択問題を2問選択し、4問回答する、というものだった。自分自身の出来はまずまずだと思ったのだが、一つ、私が選択した問題で、う~ん、と思った問題があった。それは小児の予防注射の問題であった。この文章を書いている時点で、小児のワクチンから離れて1年近くたつので記憶があいまいになっているが、私が診療所でワクチン外来を担当していた時は、2か月からアクトヒブ、プレベナー、HBVワクチンが接種可能。3か月からDPT+ポリオ4種混合ワクチンが可能。アクトヒブ、プレベナーは接種開始時期によって接種回数が異なるが、2か月から接種するのであれば初回は28日以上の間隔をあけて3回接種、その半年~1年後、1歳を超えたころに追加接種。4種混合ワクチンも初回は28日の間隔をあけて3回接種、HBVワクチンは初回接種、4週間後、20週~24週の3回、1歳になればMRワクチン、水痘ワクチンなど生ワクチンが接種可能。BCGは4か月~1歳の間に接種となっていたと記憶している。

 

 その設問は、小児の予防接種の定期接種の種類、接種間隔などを問うものであった。当時は同時接種が一般化されていないころだったので、ワクチンプログラムを作るのは大変な仕事だったのだが、それはそれとして、各ワクチンのルールが非常に複雑なので、記憶するのが大変、というか、記憶するとミスをする、と思って私はワクチン接種の時は必ずワクチン接種期間をまとめた用紙を確認して、間違いがいないことを必ず確認して接種していた。


 航空機であれ、鉄道であれ、あるいは軍隊であれ、トラブル時の手順はそれぞれマニュアル化されており、航空機では出発前の点検もマニュアル化されているのだが、原則としてそのマニュアルは

 「

 となっているのである。ポケットブック化されており、トラブル時には必ずそのマニュアルを見ながら、一つ一つ手順を確認して行うのが基本なのである。記憶して、記憶に基づいてトラブルシューティングをすると、非常事態であれば人間は何かしかのミスをするものである。平常時でも、思わぬ単純なミスをするのが人間である。以前にも”To Err is Human.”と書いたが、思わぬところでヒューマンエラーが起こり、それをなくすことは不可能なのである。なので、特に緊急時のマニュアルについては

 「記憶に頼っておこなわない!必ず手順書を一つ一つ確認しながら対処する」

というのが危機管理の原則なのである。


 なので、その問題を選択し、回答を書いたその下に、

 「上記と記憶しているが、実臨床では私は必ず書かれたものを確認してワクチン接種を行なっており、あえて『記憶しない』ことを徹底している。ヒューマンエラーをなくすことはできず、そのためには記憶に頼らない手順書を用意することが危機管理の原則であり、この問題は医療事故を防止する観点から考えるなら、愚問と言わざるを得ない」

と書いた(今考えると、なんて偉そうなんだろうと恥ずかしくなる。若気の至りそのものだ)。


 それでもプライマリ・ケア認定医を私に与えてくれた学会には感謝している。


 そんなわけで、診療所に来てからではあるが、総合内科専門医、プライマリ・ケア認定医を取得できたのである。



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