第28話 若い女性の高血圧管理

 とある日の午前診、事務部長の知り合いの施設に勤務している女性の方が、高血圧を主訴に私の外来に受診された。お話を伺うが、特に自覚症状はなく、ただ、血圧を測ると職場でも、自宅でも収縮期血圧が160台で推移している、とのことだった。職場で当診受診を勧められた、とのことでお見えになられたそうである。


 身体診察をするが、血圧は確かに160/90台と高め。体格は中肉中背で、明らかな肥満はなし。その他身体所見に異常を認めなかった。食習慣についても尋ねたが、外食はあまりせず、自宅で一人暮らしで食事をしているが、特に味付けが濃い、と言われたりしたことはなく、お野菜もきっちり食べているとのことだった。


 20代の女性で高血圧、と考えるとやはりしっかりと二次性高血圧の精査が必要だと考えた。一般採血、検尿に加えて、ARR(アルドステロン/レニン比)(原発性アルドステロン症のスクリーニング)、カテコラミン3分画(褐色細胞腫)、甲状腺機能、副腎機能などを検査したが、いずれも異常を認めなかった。


 結婚や妊娠の予定について確認したが、その時点では予定はない、とのことだったのでARBで加療を開始した。ARBの単剤で自宅血圧は130台に改善したので、投薬を継続、

 「もし、恋人ができたり、妊娠を考えるようになったら、必ず知らせてください」

 と伝え、治療を開始した。


 1年半ほどは、投薬を継続し、血圧も安定していた。そんなある日の診察で、

 「先生、来月結婚することになりました」

 と報告を受けた。ご自宅も、診療所の近くから、ずいぶん遠方になってしまう。

 「妊娠についてはどう考えてますか?新居近くの病院に紹介状を書きましょうか?」

 と確認したが

 「今のところは共働きを続けるつもりで、妊娠は考えていません。こちらでお世話になりたいです」

 とのことだった。なので、血圧の薬はARBを継続、ARBの胎児への催奇形性について説明し、

 「この薬を使っている間は避妊してください。妊娠を考えることになったらすぐ教えてください」と伝え、投薬を継続した。


 ARB使用中は血圧は130台と安定していたが、いよいよ、患者さんから

 「そろそろ妊娠のことを考えようと思います」

 との報告があった。妊婦さんに使えるある程度安全な降圧薬は極めて限られており、ヒドララジン、α-メチルドーパ、あとは妊娠中期以降のβブロッカーくらいである。


 「妊娠を考えるのであれば、血圧コントロールも産婦人科のある総合病院で高血圧専門医に診てもらうのが適切ですよ」

 と専門医の受診を勧めたのだが、

 「いや、先生にお願いしたいです」との言葉。


 当初はヒドララジンを処方したが、血圧はあまり下がらず、頭痛がひどい、とのことでα-メチルドーパに変更。最大容量は6錠/日なので、徐々に薬の量を増やしていったが、中々140の壁を下回ることができなかった。妊娠してしまえば、目標の血圧は120未満であり、現状では不十分だった。


 そして、とうとうめでたいことに

 「先生、妊娠しました」

 との報告があった。妊娠されて、使える薬を使ってこの血圧では安全な妊娠のコントロールはできないと判断した。


 「妊娠おめでとうございます。本当に良かったですね。ただ、『血圧の治療』という点で見ると、現行の薬を結構な量飲んでもらっていますが、140を下回らない状態です。妊娠中は120未満を目標に血圧コントロールが必要なので、産婦人科があり、高血圧の専門医もおられる病院で、専門医のコントロールを受けてもらう必要があります」と説明した。


 その時彼女は他市にお住まいだったので、ご自宅近くの国立医療センターの産婦人科、循環器内科・高血圧内科宛にこれまでの経過、現在の投薬を記載した紹介状を作成し、同院に転院とした。後日、両科から返信があり、しっかり管理していきます、とのありがたい返信をいただいた。


 その後、風の噂で、元気な赤ちゃんが生まれたと聞いた。本当に良かったと思った。

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