第17話 先生!便秘じゃないですよ!(鑑別診断考えようよ Part2)
とある日の夜診、担当は上野先生と、当直も担当する私の二人だった。受付時間も終了し、患者さんもほぼいなくなった。すると上野先生から、
「保谷先生、今一人、便秘の患者さんが処置室に残っているんです。今おなかを温めていて、浣腸の指示を出してます。便が出たら帰ってもらって結構です。では私は先に帰りますね」
と引継ぎを受けた。
「わかりました。診ておきます」
と伝え、上野先生には帰っていただいた。
患者さんは90代の男性。「便が出なくておなかが痛い」という主訴で来院されていた。
「高齢の方の便秘、おなかが痛い」
という主訴は、落とし穴が隠れていることが多くて要注意である。九田記念病院時代に後輩が、「便秘でおなかが痛い」という主訴でER受診された患者さんを、身体所見だけで便秘と判断、酸化マグネシウムを処方し帰宅、としたところ、翌日CPA(心肺停止)となって搬送された症例があったり、私自身も、初期研修医時代に金谷病院で、
「おなかが張る」
という主訴で受診された、腹痛の訴えのない方が、下部消化管穿孔でおなかの中が便まみれ、という症例を経験しており、この患者さんも、甘く見ない方がいいなぁ、と注意していた。
上野先生の指示通り、一定時間おなかを温めた後、浣腸処置をするがやはり便は出ない。看護師さんから、
「浣腸しても便が出ません」
と報告を受け、患者さんとご家族のもとに。
「上野先生から引き継ぎを受けた、当直医の保谷と申します。もう一度お話と診察をさせてもらえますか」
とあいさつをし、病歴を確認した。最終排便は2日前に普通便。腹痛は波のある痛みとのこと。腹部手術歴はあったように記憶している。身体を診察させてもらう。身体に熱感はないが、おなかは緊満感があり、打診所見は腹部全体がtympanicだった。
「お話と、今のお身体の所見、来院してからの治療に対する反応を総合すると、腸閉塞の可能性が高いように思います。おなかの写真を撮らせてもらっていいですか?」
とお願いし、立位と臥位の腹部単純レントゲン写真を撮影した。出来上がった写真を見ると、立位像では、教科書に載せたいほど典型的な、ニボー像とケルクリングひだを持つ拡張した小腸が写っていた。明らかに小腸閉塞であった。
ご本人、ご家族に結果を説明。腹部のレントゲン写真では典型的な小腸閉塞の像を呈しており、高次医療機関での精密検査、腸閉塞の治療が必要となることを説明した。そして、いつものように転送先を探す。某病院の外科が受け入れ可能、とのことだったので紹介状を作成し、ご家族の運転で某病院に向かってもらった。
翌朝、上野先生に
「先生、昨日の患者さん、浣腸で便が出ず、腹部単純写真で典型的な小腸閉塞像が見られたので、転送しました」
と報告した。そしてその日の午後、その某病院からFaxが届き、
「前日紹介していただいた患者さんですが、当院到着後急速に全身状態が悪化し、先ほど永眠されました」
とのことだった。
小腸閉塞、見逃さずに転送していてよかった、とほっとしたことと、やはり寿命だったのかなぁ、という気持ち、そして、腸のトラブルは時に命にかかわるよなぁ、と強く実感したことを覚えている。やはり、高齢者で「便秘」というときにはよくよく注意が必要だと痛感した。
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