第16話 同級生、そのご家族。

 診療所のかかりつけの患者さんであるHさんご一家。ご主人は反復する脳梗塞で寝たきり状態となり、施設に入所されていた。胃瘻を造設されておられ、誤嚥性肺炎で何度も入院されていた。奥様は糖尿病で定期通院されていたが、数年前に交通事故にあわれ、前頭葉を広範に受傷され、後遺症として高次脳機能障害をお持ちであった。短期記憶障害と、失行、感情の起伏が激しくなられ、誘因なく突然怒ったりすることがあった。


 ご主人の介護は長男さんが主に担われ、奥様の介護は次男さんが担っていた。私が入職する前の入院記録を見ていると、私の記憶が間違っていなければ、次男さんは私の同級生だったはずだ。小学生、中学生時代には五分刈りの頭におむすびのような顔をした、サッカー好きで元気な彼だったのだが、その面影はなく別人のように彼の雰囲気は変わっていた。背が高くて穏やかな優しい雰囲気に変わっていた。子供の頃の無邪気な印象は全くなかった。


 地元の診療所に戻っているので、時に同級生や友人が受診に来ることがあった。そんな場合でも、向こうから「ほーちゃん?」と聞いてくるまでは、自分から「同級生だよ」ということは言わない。他の患者さんと同じ距離感で診察をしていた。相手が、少し微妙な表情をして、「もしかして『同級生の保谷君?』」と思っていそうな顔をしていても、こちらからは言い出さないようにしていた。


 親しかった友人は「あーっ、ほーちゃんやん」と声をかけてくれることが多かった。その時には、友人モードで「久しぶりやね」と言いながら診察をしていた。もちろん、友人であろうがなかろうが、診察することは同じ。どの人にも全力で診察をしていた。


 Hさんの次男さん(H君)は、私が同級生とは気づいていないのか、気づいていても態度に出さないだけだったのか、本当のところはわからないが、あくまで普通の「患者さんのご家族」として接して来られた。もちろんこちらも同じスタンスで対応した。


 Hさんのご主人は、誤嚥性肺炎で発熱を繰り返し、徐々に衰弱され、私が入院でお看取りをした。奥さんは、糖尿病の併存症を持っており、コントロールは非常に悪かったが、高次脳機能障害のため、食事制限も困難であった。前医のときから持効型インスリンを使用されていた(次男さんが注射しておられたと)ので、インスリンの単位調整と、投薬で何とか私が診始めた直後のHbA1c 10台から8台前半に改善した。ただ、加齢とともに、高次脳機能障害が進行、ご家族の介護では危険な行動なども増えてきたため、ご家族だけでは介護が困難となったため、最終的にはご主人が元々入所していた施設に入所となり、当診での継続治療は終了となった。

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