第14話 内因性?外傷性?
とある日の朝、出勤すると当直だった源先生から
「保谷先生、すぐCT取ってくれませんか」
と依頼を受けた。かかりつけの患者さんであるHさんが、朝の散歩中に急に倒れて、ご自身の横にあったコンクリートの塀に頭を強くぶつけたらしい。その後から様子がおかしい、とのことで、先ほどご家族に連れられ、診療所に来られたそうである。
とりあえずCTの機械を立ち上げ(使えるようになるまで15分ほどかかる)、白衣を着てすぐに外来に降り、患者さんをさっと診察、評価した。意識レベルは混乱状態、開眼し、発語はあり、問いかけに対しては混乱した言葉を返してくる。四肢に明らかな麻痺はない。
九田記念病院でも何度も経験したが、意識はあるものの、命にかかわる重篤な状態(特に頭蓋内疾患)の場合には、よく
「大便がしたい」
「小便に行きたい」
と言って周りの言うことを聞かず、無理やり動こうとする状態になる。これは尿道カテーテルが入っていても一緒で、
「おしっこの管が入っているから、気持ち悪く感じるけど、おしっこにはいかなくて大丈夫ですよ」
とか
「おむつをつけているから、このまま便を出してもらっていいですよ」
と声をかけてもトイレに行こうとする。僕らはこれを
「うんこ・おしっこ症候群」
と呼んでいたが、この状態は非常に危険な状態であることを示唆している。
この患者さんも、
「うんこしたい」
「おしっこが漏れる」
と言って、安静を保つことができなかった。やはり脳内で命にかかわる重大なことが起きているのだろうと思った。
機械が立ち上がったので、すぐに患者さんをCT室に移動してもらい、頭部CTを撮影した。
CTでは、いわゆる「ペンタゴン」と呼ばれる部位やSilvius裂と呼ばれる部位が高吸収となっており、典型的なクモ膜下出血の画像であった。脳挫傷を示す”Salt & Pepper appearance”は認めず、頭部の皮下血腫や骨条件での骨折像もなく、写真は内因性のクモ膜下出血を強く疑う像だと私は判断した。
「お散歩中→内因性くも膜下出血発症→ふらついて横の塀に頭を強打→意識変容」
というストーリーを考えた。Hunt & Kosnik分類ではGrade 3、緊急手術の適応だと考えた。
源先生にその旨伝え、源先生は紹介状作成、私は転院先の病院探しに必死になり、A病院が受け入れ可能、との返事を下さった。急いで救急車を呼び、私が救急車に同乗してA病院まで付き添い、向こうの脳外科の先生に引継ぎと、源先生が作成した紹介状をお渡しし、診療所に戻ってきた。
その日の夜に、患者さんが息を引き取った、と連絡が入った。同院ではクモ膜下出血は外傷性と判断、手術適応なしと判断されたとのこと。つまり、
「お散歩中→何かの拍子でふらついて転倒した→頭を強く打ち、外傷性くも膜下出血を発症→意識変容」
と考えられたようだ。診療所のCTはそれほど性能がいいわけではないが、頭蓋骨の骨折も、打撲による皮下血腫も目立たなかったように記憶している。外傷性くも膜下出血は当然強い外力が脳にかかっているので、脳挫傷や硬膜下血腫など、他の外傷性変化も伴うことが多いのだが、それは見られなかったと記憶している。
源先生がどのような内容の紹介状を書いたのかはわからないし、A病院 脳神経外科の先生が、どのような所見をもとに、外傷性くも膜下出血と診断したのかもわからないが、私個人的には(その後の経過も含め)、私の診断推論の方が正しかったのではないか、と思ったことを覚えている。
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