第10話 いや、おかしいやん!!

 私が入職してしばらくしてから、土曜日の午後の診察が、源先生担当から源先生以外の私、上野先生、北村先生での交代制になった。土曜日の午後の診察は、他の医療機関が開いていないので、いつもにもまして多様な患者さんが来られる。


 確か診療所は、「内科・小児科」のはずなのだが、

 「滑り台のてっぺんから落っこちました」とか、

 「包丁で指先を切って血が止まりません」など、

 「それは内科・小児科か?」

 と思う患者さんが来ることも珍しくなかった。ただ、九田記念病院ERで6年間修業してきているので、そういった方の対応に困ることはそんなになかったが、転送が必要な時の転送業務が、高次医療機関では休日体制になっているので、平日の転送よりも手間がかかるのが大変であった。


 ある土曜日、私の外来担当日に5歳の女の子、2週間前から39度台の発熱が続いて下がらない、との主訴で受診された。診察室に入られて、主訴を付き添いのお母さんから聞いた時点で

 「いや、おかしいやん!!」

と思った。2週間前から39度の熱が続いている、ということそのものが、よくある感染症とは異なる、頻度の低い、特殊な検査が必要になる疾患の可能性が高いこと、ただことではない、という意味で

 「おかしいやん」

また、39度の発熱を2週間様子を見続けたことも

 「おかしいやん」

そして、2週間も発熱が続いていて、どうして医療の手薄な

 「土曜の午後」

を選んで受診するのか、同じ土曜でも午前の診察であれば、高次医療機関へのアクセスも容易なのに、

 「なんで今なん?!おかしいやん」

と思った。もちろんこんなことは私の心の中だけで思うことで、顔や態度には出さないように気を付ける。


 「2週間前からそんなに熱が高かったら、ご本人もしんどいし、お母さんも心配だったでしょう。症状の経過を詳しく聞かせてもらえますか?」

 と、症状の経過、他の症状について確認する。誘因なく発熱は出現し、自覚症状には乏しい様子。咳や鼻汁、耳の痛みなどはなく、下痢嘔吐、腹痛もなかったと。食欲はあまりないとのことであった。身体診察を注意して行う。


 外観はややsick、BT 38.9度、SpO2 98%(Room Air)、全身に明らかな皮疹を認めず。結膜に充血なく、貧血様でもない。咽頭に発赤なく、舌もイチゴ舌ではなかった。扁桃腫大、膿栓の付着はなし。両耳とも鼓膜の発赤や外耳道の充血などもない。頚部リンパ節に腫脹圧痛なし。心音は熱のため頻拍だが、心雑音は聴取せず。呼吸音は清でラ音は聴取せず。腹部は平坦、軟、圧痛を認めなかった。CVA叩打痛を認めず。四肢の関節腫脹なく、口腔内や下肢などに紫斑も認めなかった。指の硬性浮腫や、皮膚の剥離(川崎病では指の硬性浮腫の後、皮がめくれてくるので、2週間の経過なら、皮がむけているころである)は認めなかった。

 川崎病も否定的であり、身体所見では有意な所見を認めなかったが、それでも2週間続く39度台の発熱はおかしい。高次医療機関への紹介が必要と考え、某病院の小児科へ連絡、精査をお願いした。


 同院の当直の先生から

 「採血結果はどうですか?」

と尋ねられ、

 「いや、こちらでは採血はしていません」

と答えた。採血をしなかった理由は二つ。


 一つは、診療所で緊急で出る採血結果はごく限られたものであり、当診の採血結果では原因は同定できないと推測されること、病歴そのものが診療所で対応できる疾患ではないものだと示しているので、ここで採血することに意味はないと判断したこと、


 もう一つは、紹介先でもやはり再度採血を行なうので、5歳の子供に2回も採血するのは本当にかわいそうだからである。


 すると、向こうの先生から

 「なぜ採血もせずに、転送しようとするのですか!!」

と強い口調で叱られた。

 「いや、おかしいやん!!」

と思った。5歳の子供に当診で、診断の根拠につながらない採血を行なうことに意味があるのか、小児科専門医なのに、子供に痛い思いを2回もさせて、かわいそうだと思わないのだろうか、と少し腹が立った。とはいえ、言い合いをする場でもないので、前述のように、

 「当診での緊急採血項目は限られており、病歴だけで、重篤な疾患を示唆しているので、当診での採血は意味がないと判断しました。また、貴院でも採血すると思ったので、5歳の子供に2回も採血するのはかわいそうだと思ったんです」

 と伝えたが、

 「そちらで採血をして、結果を見てからまたご連絡ください!(ガチャン)」

と電話を切られてしまった。


 しょうがない。もう一度患者さん、お母さんに診察室に入ってもらい、状況を説明して採血を取らせてもらった。院内の採血結果は、WBC 12000,Hb 13.1,Ht 38.8,Plt 14万、生化学検査はGOT/GPT、CPK、Amyは基準値内。CRPは3.8とそれほど高くない。院内でできる検査はこれで精いっぱいである。2週間39度の発熱が続いているとのことで、仮に細菌感染症や、何らかの炎症疾患であればCRPはもっと上昇しているはずなので、その仮説と病態は合わない結果であるが、数字だけを見れば、びっくりするようなデータではない。

 再度同院に連絡し、採血結果を報告。向こうの先生は面倒くさそうに

 「そしたらこちらに来てください」

とのこと。ご家族にお話しし、紹介状を作成し、転送とした。


 次の週の水曜日ころだったか、同院から返信が届いていた。

 「精査したところ、末梢血に多量の芽球が存在し、急性白血病と診断しました。当院での治療が困難なため、O市立総合医療センターに紹介、転送しました」

とのこと。


 「ほら、やっぱり病歴だけでおかしかったやん。2回も採血することになって、かわいそうやったなぁ」

 というのが正直なところだった。命にかかわる病気だったので、治療も大変やなぁ、と悲しい気持ちになった。


 このご家族は、ご兄弟も含め、当診のかかりつけ患者さんだったのだが、数か月後に、別の兄弟の受診の時に、

 「そのお子さんが亡くなられた」

 と、お母さんから看護師さんに伝えられたそうだ。私は看護師さんから、そのことを聞いた。診断が遅れたから、とかではなく病気そのもののために亡くなられたのだろう。しかし、

 「いや、おかしいやん!!」

 と思うことがいくつもあったので、心に残っている。子供の急性白血病の寛解率は高いのだが、それでも亡くなってしまう患者さんがいることは避けられない。ということがわかっていても、それでも残念である。

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