第9話 病棟管理
まだ診療所にアルバイトで来ていたころ、診療所かかりつけの方が、心臓弁膜症に起因すると思われるうっ血性心不全を起こされて受診された。病棟も空いていたし、ご家族も入院を希望されたので、入院してもらうことにした。九田記念病院での入院では、重症者が多いので、
「経過によっては命にかかわることもあります」
と説明して入院してもらうことが多かった。その時の患者さんは90代の半ばだったので、入院後のリスクは同様に高いと思い、九田記念病院での説明と同様に、
「弁膜症からの心不全なので、うまく心不全のコントロールができず、経過によっては命にかかわることがあります」
とご本人、ご家族に説明したところ、ご家族の方がショックを受けて、倒れそうになってしまった。たまたま上野先生が仕事で来院されていて、ご本人、ご家族にフォローを入れてくださり、私には
「保谷先生、そこまで厳しくお話ししないでいいですよ」
とたしなめてくださった。
診療所の病棟は2階と3階に分かれていて、ナースステーションは2階のみにあった。上野 孝志先生がおられたころは、2階は手がかかる高齢の方、重症の方で、小児の入院は中等症程度の方が多かったので3階で管理していたようである。自分で動いても転倒のリスクが低い人は3階で管理していたのであるが、孝志先生が退職され、小児科の入院を取らなくなってからは、3階の利用率が極端に悪くなった。高齢の方は転倒すると往々にして、大腿骨頚部骨折、あるいは脊柱圧迫骨折を起こすので、目の届きにくいところに患者さんを入院させにくいのである。
また、診療所の検査設備もあまり十分ではなかった。一度、患者さんの転送でお世話になっている病院から、肺がんの患者さんで病状はある程度安定しているが、低ナトリウム血症を有する患者さんの管理をお願いしたい、という依頼があった。九田記念病院後期研修時代にいくつか書いているが、ナトリウムの管理は結構シビアで、低ナトリウム血症であれば、尿中ナトリウム値で低ナトリウム血症の大まかな原因(摂取不足か、必要以上に漏れているか)を推測し、身体所見から体液量のおおよその評価を行ない、そこから鑑別診断を考え、原疾患を検索、その原因を考慮しながら頻回に採血評価をしてナトリウム補充量を調整する必要がある。
九田記念病院時代の私は、以前に記載の通り、低ナトリウム血症は多くの場合ICUで管理していたのだが、その時の診療所では、院内でナトリウム値を測定できなかった(数年後に測定できる機械に更新された)。結果が帰ってくるのは早くて翌日、場合によっては2日後、日曜日を挟んでしまったら3日後になってしまう状態であった。そんな状況で低ナトリウム血症の管理なんてありえない。患者さんのご自宅は、診療所から自転車で5分程度の場所にあり、今後のこと(訪問診療への移行など)を考えると受け入れたい患者さんではあったのだが、いい加減なことはできないと考え、お断りした。
これも、もし他の先生が病棟担当であれば受け入れていたのかもしれないなぁ、と思っている。でもそれが本当に患者さんのためになるのかどうなのか、よく分からない。少なくとも、低ナトリウム血症についてはその当時の診療所では受け入れるべきではない、ということについては、少なくとも私の判断は間違っていないと考えている。
腰痛症の患者さんもよく入院されていた。上野先生や源先生から
「筋筋膜性腰痛症だから、1週間ぐらいで帰れると思いますよ」
と言われて入院を担当するのだが、私が病棟を担当していた期間でその診断が正しかったことは1度もなかった。その頃の診療所は、紙ベースで動いていたため、私が赴任する前の腰痛症の患者さんの入院期間を確認すると、やはり1ヶ月以上の入院がほとんどであった。
私が腰痛症の患者さんを担当したときは、
「高齢の方なので、脊椎圧迫骨折を起こしている可能性があります。お手間をかけますが別の病院でMRIを撮らせてください」
とご家族にお願いし、高次病院に紹介状を作成、検査日程を調整しご家族に付き添ってもらってMRIを撮ってもらっていた。担当したすべての症例で、痛みの位置とほぼ一致して新鮮圧迫骨折が見つかっていた。内心、
「ほら、ちゃう(違う)やん!」
と思いながら、ご家族に結果説明。新鮮な脊柱圧迫骨折であれば、「ダーメンコルセット」という、圧迫骨折部位の固定と、除圧を目的とするコルセットを作成、装着し、リハビリを行なう、というのが標準的な治療である。
なので再度ご家族に病状説明を行ない、今度は整形外科あてに紹介状を作成し、受診日を調整、またご家族の方にご足労をかけて整形外科に診察に行っていただいた。診察は基本的には、コルセット作成のための受診と、できたコルセットの微調整、引き渡しのための受診と受診が2回必要であった。(だから患者さんは、3回高次医療機関に行くことになる)。
コルセットができれば、後はリハビリ、ということになるのだが、診療所には二人のリハビリスタッフが在籍していたが、訪問リハビリが仕事で、病棟患者さんのリハビリは、施設条件が整わず、病棟患者さんをリハビリしても、治療費を請求できなかったのであった。なので、こちらから無理を承知でお願いをし、そのような患者さんのリハビリを、空き時間に行っていただいていた。
他院受診日は入院基本料が70%となってしまい、もともと安い診療所の入院基本料がさらに減額、ということになっていた。腰痛の患者さん、うちに古くからかかりつけの方ではあるが、ご家族に何度も高次病院に連れて行ってもらい、リハビリスタッフには、お金にならない仕事をしてもらって、
「これでも、腰痛の人を当診で入院管理した方がいいのかなぁ」
とジレンマを感じていた。そんなこんなで、時にモヤモヤしながら、仕事をおこなっていたのである。
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